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化学者のつぶやき

ペプシとヒドラゾンが作る枝分かれフッ素化合物

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gemジフルオロシクロプロパンを原料としたbranch選択的なモノフルオロアルケン合成法が開発された。嵩高い配位子と求核剤としてヒドラゾンを用いたことが本反応の鍵である。

位置選択的なモノフルオロアルケン合成

モノフルオロアルケンはアミドの生物学的等価体であり、ペプチド医薬品としての利用が期待できる[1]。そのため、多数のモノフルオロアルケン合成法が報告されている。その中で、アルケンとジフルオロカルベンから容易に調製できるgem-ジフルオロシクロプロパン(DFCP)を原料に用いる合成法がある。2015年にFuらはDFCPにパラジウム触媒と種々の求核剤を作用させることで、モノフルオロアルケンが得られることを見いだした(図 1A)[2]。2019年にはZhangらがスルホンを求核剤として同様な反応を報告した[3]。これらの反応ではDFCPの立体障害の少ない炭素原子へ求核剤が攻撃し、モノフルオロアルケンがlinear選択的に生成する。

今回、マギル大学のLiらはDFCPに対し、Pd-PEPPSI-SIPr触媒とヒドラゾンを作用させると、モノフルオロアルケンがlinear選択的でなくbranch選択的に得られることを初めて見いだした(図 1B)。本反応は、Morkenらが報告した、塩化アリルとアリルボロン酸エステルを用いたbranch選択的クロスカップリング反応から着想を得た(図 1C)[4]。つまり、DFCPとヒドラゾン、パラジウム触媒からビス(η1-アリル)錯体が生成する。ここで、図1Cの中間体に類似したヒドラゾンを有するビス(η1-アリル)錯体から3,3’-還元的脱離が進行すれば、branch選択的に反応が進行し、対応するモノフルオロアルケンを与えると仮定した。

図1. (A) linear選択的モノフルオロアルケン合成 (B) 本反応 (C) branch選択的クロスカップリング反応

 

“Pd-Catalyzed Defluorinative Alkylation of gem-Difluorocyclopropanes:  Switching Regioselectivity via Simple Hydrazones”

Lv, L.; Li, C.-J. Angew. Chem., Int. Ed.2021, Early View.

DOI: 10.1002/anie.202102240

論文著者の紹介

研究者:Chao-Jun Li

研究者の経歴:

1979–1983 B.S., Zhengzhou University, China
1985–1988 M.S., Chinese Academy of Science, China (Prof. T. H. Chan)
1989–1992 Ph.D., McGill University, Canada (Prof. T. H. Chan and D. N. Harpp)
1992–1994 Postdoc, Stanford University, USA (Prof. B. M. Trost)
1994–2003 Assistant Professor, Associate Professor, and Professor, Department of Chemistry, Tulane University, USA
2003– Professor, Department of Chemistry, McGill University, Canada
研究内容:脱水素型クロスカップリング、ヒドラゾンを用いた反応開発、光エネルギーを用いた反応開発


研究者:Leiyang Lv 吕雷阳

研究者の経歴:

2008–2012 B.S., Qingdao University of Science and Technology, China
2012–2017 Ph.D., Renmin University of China, China (Prof. Z. Li)
2017–2020 Postdoc, Lanzhou University, China/ McGill University, Canada (Prof. C.-J. Li)
2020– Assistant Professor, Department of Chemistry, Renmin University of China, China
研究内容:グリーンケミストリー、生物合成化学

論文の概要

著者らは塩基存在下、gem-ジフルオロシクロプロピルナフタレン(1a)とフェニルヒドラゾン(2a)を用いてパラジウム触媒を検討した(図 2A)。その結果、Pd-PEPPSI-SIPr触媒を用いた場合、branch選択的に反応が進行し、最も高い収率で望みのモノフルオロアルケン3aが得られた。次に基質適用範囲を調査した(図 2B)。本反応ではアリールヒドラゾンのアリール基上の電子的·立体的要因によらず、種々のアリールヒドラゾンが適用可能であった(3b and 3c)。脂肪族アルデヒドから生成するヒドラゾンを用いた場合も、高収率でモノフルオロアルケン(3d)が得られた。gem-ジフルオロシクロプロピルアレーンの、芳香環上にエステル(1e)やトシラート(1f)をもつ基質を用いても本反応は進行した。

種々の機構解明研究により、著者らは次の反応機構を想定した(図 2C)。まずgem-ジフルオロシクロプロパン1の歪んだC–C結合がパラジウム触媒に酸化的付加し、中間体IM1を形成する。続くβ-フッ素脱離により2-フルオロパラジウム-π-アリル錯体(IM2)を与える。塩基により脱プロトン化されたヒドラゾンとIM2が中間体IM3を形成する。IM3IM4との平衡が考えられるが、嵩高い配位子を用いることで、配位子とヒドラゾン上の置換基間の立体反発を避け、IM3が優先的に生成したと考えられる。続くIM3の3,3’-還元的脱離、ジアゼンの分解によりモノフルオロアルケン3を与える。

図2. (A) パラジウム触媒の検討 (B) 基質適用範囲 (C) 推定反応機構

以上、branch選択的モノフルオロアルケン合成法にはヒドラゾンと嵩高い配位子の利用が重要であった。本手法により混み合った位置に官能基を導入できるため、従来合成が困難であったモノフッ素化合物の合成が可能となる。

参考文献

  1. Samuel, C.-B.; Dominique, C.; Xavier, P. Chiral Dipeptide Mimics Possessing A Fluoroolefin Moiety: A Relevant Tool for Conformational and Medicinal Studies. Org. Biomol. Chem. 2007, 5, 1151–1157. DOI: 10.1039/b701559c
  2. Xu, J.; Ahmed, E.-A.; Xiao, B.; Lu, Q.-Q.; Wang, Y.-L.; Yu, C.-G.; Fu. Y. Pd-Catalyzed Regioselective Activation of gem-Difluorinated Cyclopropanes: A Highly Efficient Approach to 2-Fluorinated Allylic Scaffolds. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 8231–8235. DOI: 10.1002/anie.201502308
  3. Ni, J.; Nishonov, B.; Pardaev, A.; Zhang, A. Palladium-Catalyzed Ring-Opening Coupling of gem-Difluorocyclopropanes for the Construction of 2-Fluoroallylic Sulfones. J. Org. Chem. 2019, 84, 13646–13654. DOI: 10.1021/acs.joc.9b01897
  4. Brozek, L. A.; Ardolino, M. J.; Morken, J. P. Diastereocontrol in Asymmetric Allyl–Allyl Cross-Coupling: Stereocontrolled Reaction of Prochiral Allylboronates with Prochiral Allyl Chlorides. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 16778–16781. DOI: 10.1021/ja2075967

山口 研究室

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