[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

水から電子を取り出す実力派触媒の登場!

人工光合成とは

植物は太陽光を利用して、水や二酸化炭素から有機物を創り出す光合成を行っています。石炭や石油も、石炭や石油も昔の植物やプランクトンの化石であることを考えると、我々人類は、植物がずっと昔から光合成により蓄えた貯金を食いつぶして生活できているといえます。「人工光合成」と呼ばれる研究分野では、人類が自ら光エネルギーを化学エネルギーとして蓄え、借金を食い止めたり、将来に貯金したりすることを目指しています。

人工光合成においては、植物の光合成と同様に3つのプロセスがあります。(1)光エネルギーをうまく取り込んで変換し、(2)電子を水から奪い、(3)水やCO2に供給することです。それぞれに困難な課題がありますが、中でも水から電子を奪って酸素を出す反応は非常に困難で、反応も遅いことが知られています。

2H2O → 4H+ + 4e + O2

酸素発生の半反応式は上記の通りですが、この式からわかるように、二つの水分子から4つの電子を引き抜いて2つの酸素原子、もしくはそれに近い状態の酸素原子をくっつけるという反応が必要になります。さらに途中段階で過酸化水素(H2O2)が遊離しやすいために全体の反応を素早く行わなければならないこと、この過酸化水素や他の活性中間体の反応性が高く触媒そのものを分解してしまう可能性があることなど、クリアしなければならない課題がたくさんあります。さらに、ルテニウムなどではなく、植物が使っているマンガンのような安価で豊富な金属を触媒中心に用いることができれば実用化の面でも期待できます。

最近、酸素発生触媒として画期的な材料が分子科学研究所の正岡准教授らの研究グループから報告されました。

“A pentanuclear iron catalyst designed for water oxidation”

Okamura, M.; Kondo, M.; Kuga, R.; Kurashige, Y.; Yanai, T.; Hayami, S.; Praneeth, V. K. K.; Yoshida, M.; Yoneda, K.; Kawata, S.; Masaoka, S.;Nature 2016, 530, 465. DOI: 10.1038/nature16529

正岡グループが酸素発生触媒として選んだのはマンガンよりもさらに安価で豊富な鉄触媒です。そして4電子の授受をスムーズに行うため、なんと5個の鉄イオンが並んだ、鉄5核錯体に着目しました。

鉄触媒が酸素発生触媒となる

この鉄錯体を触媒として用いたところ、1秒間に1900回も反応するというとんでもないターンオーバー頻度(TOF)が達成されるということを見出しました。これは、他の鉄錯体の最高記録の1000倍以上、レドックス安定性の高いコバルト触媒の記録を凌駕し、ルテニウム触媒の世界最高記録と遜色ない素晴らしい値です。人工系では、ルテニウムやコバルト、マンガンなどの錯体触媒や白金ナノ粒子などがよく使われますが、今回の正岡グループの成果は、生物の天然光合成系と遜色ない触媒系を、人工系で、それも鉄系で達成することができることを示しており、興味深い成果であると言えます。

2016-03-29_12-48-19

専門家同士のコラボレーション

この研究は正岡・近藤グループの電気化学・分光電気化学テクニックの上に米田・川田先生らの分子合成技術、倉重・柳井グループの分子軌道計算、速水教授のメスバウアー分光による鉄の価数決定などの技術を結集して、途中状態を厳密に決定することで、確度の高い触媒機構を提案しています。

それがはっきりとわかるのが59ページにも及ぶSupporting Informationです。先に述べたとおり、酸素発生触媒は4電子と2つの水分子を受け取り、酸素原子を取り出し、酸素原子間に結合を作ってから話してまた元の触媒に戻るというとっても複雑な機構が必要となります。

そのため通常では、中間状態の検出や予想はしても、実際の状態を正確にとらえることはなかなか出来ません。中間状態を検出するだけでも大変なものを、4電子反応の各ステップについて詳細に実験を行い、S1およびS2という二つの中間体の単離にも成功しています。

その結果、S2という中間体が【2つの鉄が3価の高スピン状態、1つが2価の高スピン、残り2つが2価の体スピン】であることを決定しています。これが計算結果とも良い一致を示していることは、この論文の説得力を大きく増しているといえます。4電子酸化が起こった後で水分子が入っていくようですが、鉄錯体の構造がゆがみながら水分子が入り込んでいく姿なども計算され、動画も公開されています。

というわけで、今回は、Natureの記事から論文を紹介させて頂きました。

この触媒は、人工光合成の中で、酸素発生という難しい役どころをこなす名俳優の誕生、といったところでしょうか。記事のクオリティの高さがわかる良い論文と思いました。今後の発展を期待いたします!

外部リンク

関連書籍

The following two tabs change content below.

関連記事

  1. アミン化合物をワンポットで簡便に合成 -新規還元的アミノ化触媒-…
  2. 金属錯体化学を使って神経伝達物質受容体を選択的に活性化する
  3. ESIPTを2回起こすESDPT分子
  4. 計算化学:DFTって何? PartIII
  5. 付設展示会に行…けなくなっちゃった(泣)
  6. 超一流誌による論文選定は恣意的なのか?
  7. 化学研究ライフハック: Evernoteで論文PDFを一元管理!…
  8. Appel反応を用いるホスフィンの不斉酸化

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学エンターテイメント小説第2弾!『猫色ケミストリー』 
  2. サレット・コリンズ酸化 Sarett-Collins Oxidation
  3. 求核的フルオロアルキル化 Nucleophilic Fluoroalkylation
  4. メガネが不要になる目薬「Nanodrops(ナノドロップス)」
  5. 2001年ノーベル化学賞『キラル触媒を用いる不斉水素化および酸化反応の開発』
  6. 黒よりも黒い? 「最も暗い」物質 米大学チーム作製
  7. ボタン一つで化合物を自動合成できる機械
  8. ご長寿化学者の記録を調べてみた
  9. DNAのもとは隕石とともに
  10. アーント・アイシュタート合成 Arndt-Eistert Synthesis

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

化学構造式描画のスタンダードを学ぼう!【応用編】

前回の【基本編】に引き続き、化学構造式描画の標準ガイドラインをご紹介します。“Graphical…

アジドの3つの窒素原子をすべて入れる

ホスフィン触媒を用い、アジド化合物とα,β-エノンからβ-アミノα-ジアゾカルボニル化合物を合成した…

工程フローからみた「どんな会社が?」~タイヤ編 その1

Tshozoです。今回の主役はゴムで出来ている車両用タイヤ。通勤時に道路で毎日目にするわりに…

感染制御ー薬剤耐性(AMR)ーChemical Times特集より

関東化学が発行する化学情報誌「ケミカルタイムズ」。年4回発行のこの無料雑誌の紹介をしています。…

有機合成化学協会誌2019年1月号:大環状芳香族分子・多環性芳香族ポリケチド天然物・りん光性デンドリマー・キャビタンド・金属カルベノイド・水素化ジイソブチルアルミニウム

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2019年1月号がオンライン公開されました。今…

リチウムイオンバッテリーの容量を最大70%まで向上させる技術が開発されている

スマートフォンや電気自動車の普及によって、エネルギー密度が高く充電効率も良いリチウムイオンバッテリー…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP