[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

リガンド結合部位近傍のリジン側鎖をアジド基に置換する

[スポンサーリンク]

フローニンゲン大学・Martin D. Witteらは、ビオチンとアジド導入剤を組み合わせた試薬「DtBio」を開発し、アビジンに対し水中でタンパク質選択的・位置選択的なリジンアミノ基側鎖のアジドへの変換を達成した。

“Targeted Diazotransfer Reagents Enable Selective Modification of Proteins with Azides”
Lohse, J.; Swier, L. J. Y. M.; Oudshoorn, R. C.; Médard, G.; Kuster, B.; Slotboom, D.-J.; Witte, M. D. Bioconjugate Chem. 201728, 913.  DOI: 10.1021/acs.bioconjchem.7b00110 (冒頭画像は本論文TOCより引用)

問題設定と解決した点

 アジド基は生体直交的な反応に関与し、タンパク質修飾にも用いられる有用な官能基である。 アジド基の導入法としては、停止コドンにアジド含有非天然アミノ酸を対応させる方法が知られているが、煩雑な遺伝子操作を必要とする点が問題となる[1]。

 Witteらは天然型タンパク質に対し、リジン側鎖アミノ基→アジド基への直接的な変換を行い、遺伝子操作なしでアジド基を基質及び位置選択的にタンパク質に導入する方法を開発した。

技術と技術のキモ

 基質及び位置特異性を出すために、強力なビオチンーアビジン相互作用を利用している。リガンド配向型化学[2]の応用例の一つと数えられる。

冒頭論文より引用

 van Hestらにより以前開発されたアジド化試薬Dtを活用している[3]。van Hestらの報告では、リジンの表面露出数が多いために残基間の選択性が出せていなかった。タンパク質混合物に対しての反応も、当然ながら無差別に起こってしまう。これをビオチンと繋げて解決した形になる。

主張の有効性検証

 アビジン、ストレプトアビジン、細胞表面に存在するビオチン結合タンパク(BioY)に選択的なアジド基への変換反応を行い、変換位置もビオチン認識部位の近くのみに限定することに成功した。下記の手法でそれを実証している。

①基質選択性の実証

ストレプトアビジン(Strp)とオボアルブミン(OVA)を混合し、それに対して反応を行った(DtBioでアジド化したのちクリック反応で蛍光物質を結合させて検出を行っている)。すると、DtBio試薬はストレプトアビジン選択的に反応していることが分かった(lane 1)。反応前に加熱し変性させる(lane 3)、もしくはビオチンと競合させる(lane 4, 5)と反応が進まないことから、ビオチン―アビジン相互作用が重要なことが分かる。

冒頭論文より引用

また、大腸菌の溶解物(タンパク質混合物)に対してもストレプトアビジン選択的に反応することがわかった。

②位置選択性の確認

DtBioとストレプトアビジンの結合様式から、アジド化部位(Dt)とLys121が近接する。そこで反応後のストレプトアビジンをトリプシン消化後、LC-MS/MSで解析したところ、Lys121にのみ反応が進行しており、他のリジン及びN末端のアミンは変換されていないこと、すなわち、反応は位置選択的に起こっていることが分かった。

③細胞表面タンパクへの反応

細胞表面に対しても標識反応をかけられることを示すべく、ビオチン結合性タンパクBioYを標的とした反応を行った。BioYは適切な位置にリジンを含まないため、遺伝子操作でN79K体へと変異させたものを細胞表面に発現させている。その結果、野生型BioYでは進行しない修飾反応が蛍光検出で観測された。

議論すべき点

  • ビオチンーアビジン相互作用は特別強いので調べやすいのだろうが、他のもっと弱いリガンド相互作用だとどうなるか。
  • 試薬のチューニングはどこまでできるか。今回リンカーの長さは検討されていない。BioYの実験では遺伝子操作でむしろ基質のほうを試薬に合わせている印象。他のタンパク質に対しても、リガンドとリンカー長の調節だけでどこまで対応できるか。

次に読むべき論文は?

  • リジンへの反応で位置選択性を出そうとしている例
  • リガンド配向型化学の総説[2]

参考文献

  1. Chin, J. W.; Santoro, S. W.; Martin, A. B.; King, D. S.; Wang, L.: Schultz, P. G. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 9026. DOI: 10.1021/ja027007w
  2. Tsukiji, S.; Hamachi, I. Curr. Opin. Chem. Biol. 2014, 21, 136. doi:10.1016/j.cbpa.2014.07.012
  3. van Dongen, S. F. M.; Teeuwen, R. L. M.; Nallani, M.; van Berkel, S. S.; Cornelissen, J. J. L. M.; Nolte, R. J. M.; van Hest, J. C. M. Bioconjugate Chem. 2009, 20, 20. DOI: 10.1021/bc8004304

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 【書籍】化学探偵Mr.キュリー4
  2. 「野依フォーラム若手育成塾」とは!?
  3. 君には電子のワルツが見えるかな
  4. 元素紀行
  5. 「化学の匠たち〜情熱と挑戦〜」(日本化学会春季年会市民公開講座)…
  6. 第45回BMSコンファレンス参加者募集
  7. グサリときた言葉
  8. 3Mとはどんな会社? 2021年版

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 世界の化学企業ーグローバル企業21者の強みを探る
  2. カルベンで挟む!
  3. 初めてTOEICを受験してみた~学部生の挑戦記録~
  4. ライセルト インドール合成 Reissert Indole Synthesis
  5. スクリプス研究所
  6. カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの?
  7. 第54回―「ナノカーボンを機能化する合成化学」Maurizio Prato教授
  8. 有機合成のための新触媒反応101
  9. CEMS Topical Meeting Online 超分子ポリマーの進化形
  10. 天然の保護基!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

カルロス・シャーガスのはなし ーシャーガス病の発見者ー

Tshozoです。今回の記事は8年前に書こうと思って知識も資料も足りずほったらかしておいたのです…

巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素層と酸素層の協奏効果―

第580回のスポットライトリサーチは京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 陰山研究室の難波…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP