[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

ゾル-ゲル変化を自ら繰り返すアメーバのような液体の人工合成

[スポンサーリンク]

第113回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科博士後期課程2年の小野田 実真(おのだ みちか)さんにお願いしました。

小野田さんの所属する吉田・秋元研究室は、新たな高分子ゲル(ソフトマテリアル)を創製する研究におけるトップランナーと言える研究室です。主に、高分子ゲルを用いたバイオミメティクス、すなわち、生体における機能を代替・模倣する材料やシステムを高分子ゲルを使って人工的に設計・構築する研究が展開されています。

今回インタビューさせていただいた小野田さんは、新しく、かつとってもユニークな高分子ゲルの開発に成功しました。

研究成果がプレスリリースされたことをきっかけに、スポットライトリサーチへの寄稿をお願いしました。

Amoeba-like self-oscillating polymeric fluids with autonomous sol-gel transition

Michika Onoda, Takeshi Ueki, Ryota Tamate, Mitsuhiro Shibayama & Ryo Yoshida

Nature Commun. 2017, 8, 15862.  DOI:10.1038/ncomms15862

小野田さんに対し、指導教員であられる吉田先生からコメントを頂いております。

小野田君は非常に勢いのある優れた学生で、私はただただ驚かされてばかりです。彼は中学時代に陸上競技で全国一位になり高校へスポーツ進学したものの、後に大怪我をして勉学の道に切り替えた苦労人です。それもあってか、研究に対する自分への厳しさ・熱意・体力・行動力のどれをとっても他人を圧倒するものがあります。ゾル-ゲル振動実現のためにABC型トリブロック共重合体を使おう、というのは膨大な試行錯誤の末に辿り着いた彼自身のアイデアです。この研究は彼だからこそ成し得たものでしょう。どんどん道を切り開いていく彼の将来に期待しています。

吉田 亮

とても夢を感じる研究です。筆者の専門とは少し違う分野の研究でしたが、今後も注目していきたいと思いました。また、小野田さんは東大発ベンチャーであるナノティス株式会社の共同創業者であり取締役CTOでいらっしゃるそうです。小野田さんのマルチな活躍にも期待してます!それではインタビューをどうぞ。

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

アメーバのような液体を創りました、という研究です。アメーバはゾルになったりゲルになったりすることで運動しているのですが、これはアクチンという生体高分子が集合と分散を繰り返すことで実現されています。今回の研究では、アクチンに代わって合成高分子がひとりでに集合と分散を繰り返す系を構築しました。外から電気・光・温度変化などを与えずとも、ひとりでにゾルになったりゲルになったりする液体を創ることに成功しました。この結果は、アクチンの機能の一部を人工模倣することに成功したといえます。また、ゾルゲル振動はアメーバ運動以外にもがん細胞の転移・傷の修復・細胞分裂等でもよく見られる現象であり、こうした生命挙動を理解するモデルとなり得ます。将来的には、SF映画で描かれてきたような、自律性を持つソフトマシンを創るのに繋がるかもしれません。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

まさに、分子設計そのものです。この研究では、BZ反応(こちらのケムステ記事参照)による自律的な酸化-還元振動を高分子の集合-分散振動に変換し、更に、その集合-分散が高分子ゲルの形成-崩壊に対応するように材料を設計しています。酸化された高分子がゾル、還元された高分子がゲルになるように分子設計すればよいのですが、非平衡系ではそう単純ではありません。例えば、BZ反応の振動周期と高分子網目の再形成/再崩壊のキネティクスがうまく一致するようにする必要があります。これを実現するために、高分子のマルチセグメント化を施し、条件に適合する最適解を模索しました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

とにかく、最適な高分子配列を見つけるのに苦労しました。考えるべきパラメータが余りにも多かったのです。色々な分子配列を試しましたが、修士課程の2年間に設計した高分子のほぼ全ては失敗に終わり、暗中模索の日々でした。

最終的には、ゲルが形作られる中間構造に注目し、理論・シミュレーション・実験の観点から「異なる機能と異なる分子量をもつ3種類の高分子を直線状に連結させた”ABC型トリブロック共重合体”が最適」と予想するに至りました。そして、各高分子中のモノマー配列や分子量を綿密に設計し、リビングラジカル重合による精密合成に成功しました。ここで、室温付近ではゲルの形成力(架橋点の固さ)を十分に確保しつつ、冷蔵庫内温度では水に極めて良く溶けるようにしたのが隠れたポイントです。これによって、大量の高分子がほんの少しの水にぱっと溶けるようになり、最適条件の模索が格段に簡単になりました。実験現場のカンと理論がうまく結びついたことで今回の結果に繋がりました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

たとえ「それ何の役に立つの?」と言われたとしても、自分の「面白い」をとことん追求し続ける化学者でありたいです。私にとって研究活動は幾らでも没頭できる趣味のようなもので、そんな研究をアカデミアの立場で生涯取り組めたら、こんなに幸せなことはありません。現在私は医療機器開発を行う東大発ベンチャー、ナノティス株式会社の共同創業者として取締役CTOも務めていますが、ビジネスの戦略的なトップダウン思考と研究の理論的なボトムアップ思考は相乗効果を生むと信じています。なんとか両立できる道を模索し、自分の研究を追求していきたいと考えています。まだまだ未熟ですので、精進あるのみです。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

結果が出ない時期はしんどい時もありますが、何かを実現した時の感動はひとしお、それが研究です。「どんな小さな発見であれ、その発見の人類最初の観測者になれる」というのが研究者の醍醐味の1つのように感じます。(初めてアメーバのようなゾルゲル振動を観測したときは、ラボを走り回って喜んで、祝い酒をしたのを鮮明に覚えています笑)読者には研究者の先輩方も多くいらっしゃると思いますが、色んな方々の「最初の発見の感動」を伺わせてください!

最後に、今までご指導して下さった吉田先生、柴山先生、上木さん、玉手さんをはじめとする研究室内外の皆様、そしてこのように研究を紹介する機会を下さったケムステスタッフの皆様に深く御礼申し上げます。

 

研究者の略歴

名前:小野田実真(おのだみちか)

所属:東京大学大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻 吉田・秋元研究室

研究テーマ:ブロック共重合体の時空間構造化による新機能創製

略歴・職歴:

2014年3月 東京大学工学部卒業
2015年9月~ 東京大学大学院統合物質科学リーダー養成プログラム生 (MERIT)
2016年3月 東京大学大学院工学系研究科修了
2016年4月~ 東京大学大学院工学系研究科博士課程後期課程在学中
2016年4月~2017年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2017年4月~ ナノティス株式会社取締役CTO, Co-founder
2017年8月~ ミネソタ大学化学工学科 T. P. Lodge lab. Visiting Researcher

受賞など
東京大学総長賞、東京大学工学系研究科長賞、RSC Soft Matter Presentation Prize、ほか10件

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. 高分子と低分子の間にある壁 1:分子量分布
  2. 学生実験・いまむかし
  3. アジサイの青色色素錯体をガク片の中に直接検出!
  4. サイコロを作ろう!
  5. 生体組織を人工ラベル化する「AGOX Chemistry」
  6. キムワイプLINEスタンプを使ってみよう!
  7. 乙卯研究所 研究員募集 第二弾 2022年度
  8. ビニルモノマーの超精密合成法の開発:モノマー配列、分子量、立体構…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第54回国際化学オリンピックが開催、アジア勢が金メダルを独占
  2. ダウ・ケミカル化学プラントで爆発死亡事故(米・マサチューセッツ)
  3. キラル情報を保存したまま水に溶ける不斉結晶
  4. 春日大社
  5. 研究最前線講演会 ~化学系学生のための就職活動Kickoffイベント~
  6. DNAナノ構造体が誘起・制御する液-液相分離
  7. ウォルター・カミンスキー Walter Kaminsky
  8. 第55回「タンパク質を有機化学で操る」中村 浩之 教授
  9. 量子コンピューターによるヒュッケル分子軌道計算
  10. ウォルフガング-クローティル Wolfgang Kroutil

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP