[スポンサーリンク]

一般的な話題

ボールペンなどのグリップのはなし

[スポンサーリンク]

Tshozoです。

皆様よくお使いのこれのグリップ、ようやく手に馴染んで気に入ってきたと思ったらネタネタする時ありませんでしょうか。

ネタネタしつつあるのは下側のグリップのほう
上側は嫌になってグリップを外したほう

以前から何なのかなあと気にはなってましたがその正体は実は、と勿体ぶるまでもなくゴム/表面コート材の分解物、又はゴムに浸みこませていた油分と可塑剤というケースがほとんどです。

おわり。

・・・ではつまらんので少し拡げましょう。上のネタネタする原因材料はキュレーションメディア((Г()Г))含むあちこちのサイトに採り上げられているのですが、もう少し詳しく突っ込んだ記事が書けたらと思って話を進めてみます。短い話ですがお付き合いを。

どういう材料で、何から出来てて、どうやってつくってるのか

そもそもがこのグリップゴム、どういう材料から出来てんねん、ということから(以下、ゴムという名称は少し誤解を呼ぶ場合があるので、弾性に富む高分子類ということで、まとめて「エラストマー」に統一します)。

コストや材料制約、供給先により相当な種類があるので実際のグリップに使われている材料組み合わせについては漏れがあるかもしれませんが、一応だいたいのところをおさえた(つもりの)表が下記になります。材料としては元々は軟質塩ビやポリウレタン系エラストマーが使われていたそうなのですが、現在は熱硬化性エラストマー(主にシリコーン系)熱可塑性エラストマー系(スチレン系・ポリオレフィン系・ポリエステル系)がハバを利かしているもよう。成形性や成形サイクルの関係、耐候性を考慮した結果なのでしょう。なお分子構造図はあくまで一例かつ代表的なもので、架橋構造などは大体が各社でチューニングしているケースが多く、さすがにそこまで詳細には調べきれないのでご容赦ください。

関係者としては上の表に書いたとおり、原材料メーカは三井化学エクソンモービルをはじめ三菱ケミカルモメンティヴ(旧東芝シリコーン)・JSR東洋紡クラレプラスチックスアロン化成西田技研住友化学等の高機能製品を扱っているゴム原材料各社殿(コンパウンド含む)、それを成形する数多くの樹脂加工メーカ(ぺんてるケミカル殿をはじめ、トーホーポリマーキムラテイピー共和工業横浜化成三協化成リケンテクノスなど)、出来上がったグリップ部品を組み付けて販売する完成メーカ殿(パイロットゼブラ三菱鉛筆トンボ鉛筆など)です。成形は完成メーカ殿が社内で一体成型をやってるケースもあるのでご注意を。また添加剤メーカも一応調べたのですがあまりにも広範なため、今回は見送ります。お許しください。

また製法として一番イメージしやすいのが上記のトーホーポリマー殿のHPに描かれているプロセス(こちら)。原料(ゴム+添加物+触媒など)をバンバリーミキサーやニーダ、及びロールミキサーなどで練り合わせ、射出成型機で高温の金型に流し込む、又はコンプレッション成形で形をつくる、といったかんじで成形します。熱硬化タイプの場合だと成形後に加熱(アフターキュアとも言います)で架橋度を上げるとともに未硬化分子や後ほど述べるブリードの原因となる低分子化合物をとばしたりする処理が入りますね。料理で言うとケーキを小麦粉から練り上げて砂糖と塩、あとバニラエッセンス加えて焼き固めるようなイメージでしょうかいな。

なおこうした作業を行うため、一般にゴム成形の現場は結構な香りがします。昭和の時代に比べると作業環境はだいぶ良くなってはいるようですが・・・、靴のゴムの臭いが好きな筆者にとってはそっち系のゴムの現場は全く苦にならなかったのですけど人によっては大分しんどくなるかもしれません。

一応、以下も釈迦に説法と思いますが、熱硬化タイプのエラストマーと熱可塑タイプのエラストマーの分子構造イメージを下記に示しておきます、ご参考まで。

分子構造はあくまで一例で、ポリブタジエンがメイン構造のもの
三次元構造を持つ点ではフェノール樹脂などと同じだが、
主鎖がやわらかく、バネ性を持つ点が異なる(実際渦状分子構造のケースもある)

なんで浸み出してくるのか、防げないのか、安全性はどうなのか、除去できるのか

浸み出してくる主な原因は、①こうしたエラストマーが劣化して低分子化(≒ベタ液状)したり、②元々添加していた液状の各種材料とエラストマーの「リンク」が切れてしまい、そこで圧力や相分離作用などが働いて表面に押し出されるから(こういう浸み出しを一般的に”ブリード”という)です。エラストマーはバネ性を内在した糸状の高分子の鎖が実質(又は見かけ上)架橋していて言わば「超高分子体」になっているのですが、これらの糸状部分はあまり化学的に安定でない場合が多く、劣化して部分的にプチプチ切れたりして低分子量のカスが出てきます。これがベタツキの原因①。

一方原因②。こうしたエラストマー(熱硬化・熱可塑いずれも)に元から入っている色々な混ぜ物は、つくりたてはまぁキッチリ内部に均一に混ざっていたり保持されていたりするのでいいのですが、上記のように劣化し出すと徐々にまけ出てくることに。イメージとしてはエラストマーがスポンジに近い分子構造を持っており、そこに浸みこんでいた液が諸々の劣化によって滲み出るような感じでしょうか。

ブリードのイメージ あくまでもイメージ

なんでこんなにボコボコ添加物を入れるのか。エラストマーはガスや酸素を通しやすい「(比較的)傷みやすいナマモノ」を構造に内在しているためです。加えて人の手が触れるということに対する機能性を維持しなければならない。その結果熱安定剤(成形時の酸化劣化・黄変防止)、光安定剤(特に紫外線対策)、酸化防止剤(酸素/酸化物対策、ゴム性の維持)、タック性改質剤(触り心地改善)、場合によっては防カビ剤(入れないと手の皮脂を中心にカビが生えることがあるそうです)と、あれこれ入れることになります。もちろん無機材、染料も。いちおう、本体のエラストマーとの相溶性・分散性は考えて作っているはずですが流石に何年も持つような組成にはなかなか出来ないもんです。というか、使用側のニーズがぐだぐだ膨らむからこういうことになるわけで(略)

なお上記の劣化パターン(モード)は様々ですが、物理的なストレス、空気中の酸素による酸化劣化、手の皮脂からの油による膨潤、紫外線による光分解、空気中の湿気による加水分解、そして高温によるこれらの加速、といった要因が考えられます。実際この手のエラストマーを夏の直射日光の車内に1週間とか置いておいたりするとエライことになったりしますしね。

こうした劣化を防げるかどうかについては現段階ではなんとも言えません。上記に書いたように色んなモードがあり、これら全てを防ぐことはコストや成形性、あと触感などの制約上非常に難しいからです。仮に出来たとしても、高級品からの採用になると思うので100円ショップ専任の筆者の手元に届くのは相当先になるでしょう。一番最初に書いた表で示したようにシリコーン系のエラストマーはかなり化学的安定性が高いため期待は出来ますが、耐油性では他のものと基本的には似たり寄ったりですから万能とは言えません。あと繰り返しになりますがこれらの現象を予想できるかは、劣化に至る過程がそれぞれで千差万別のため、基本的に非常に難しいでしょう。材料設計上は結構な余裕をみているケースが多いですがやっぱり万能ではありませんので。

また撒け出てきたベタつく汁の安全性ですが、原材料、添加材料、分解物材料がさまざまである上に、これらの材料に対する個人差がありますのでひとくちに「安全です」とは言いがたいです。このためもし手が荒れてしまうようなことがあればきちんと医師に受信されたうえでメーカ殿に問合せるべきかと。基本的には各メーカとも、人体に影響の少ないタイプの材料を使ってはいると推定されますが・・・ただあくまで個人的にはそういうことを過剰に気にしてしまってストレスになる方がよっぽど健康に悪い気がします。

最後にこのベタツキを取り除けるかどうか。色々なサイトにやれエタノールで拭けばいいだの合成洗剤で洗えばいいだの、色々書かれていましたが、基本的に低極性の「油成分」であることが多いですので、洗剤なり石鹸が一番適しているでしょう。もっともシリコンオイル系だと石鹸でもほとんど取れず、ゴムが膨潤するようなベンジン系でないと綺麗には拭い取れない場合があります。そのうえ上記のように劣化の途中にあるので一時しのぎにしか過ぎず、石鹸成分がゴム内に入っていくことにもなり劣化を進めてしまう可能性があることを十分にご留意ください。

おわりに

色々調べていた中、PNASにこういう論文(“Why pens have rubbery grips”)が上がってるのを見ました。まさに「なんでゴムグリップがペンに必要なのか」を改めて問い直した力作なのですが、皮脂の影響によってガラスとエラストマーでグリップ力が上がるタイミングが大きく異なることを著した、面白い内容になっています。こういう基本的な材料調査は結構好きです。

っと言いながら、実はここまで記事を書いていてなんですが、筆者はこのグリップゴムのベタツキがあまり好きではなく最近は下記のような鉄系の重いタイプのペンを使っています。・・・というか最近はそんなに長時間ペン持って仕事しておらずPCばっか触ってっからそういう硬いボディのシャーペンでもよくなっただけで、筆者が大して仕事とか勉強していないのがバレバレなのが本件のオチでありました。

ということで1日12時間くらいペンを使って勉強されてるであろう受験生や研究者の方々が、是非長時間握っても疲れないペンに出会えることを本件のシメといたします。

それでは今回はこんなところで。

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. リアル『ドライ・ライト』? ナノチューブを用いた新しい蓄熱分子の…
  2. SciFinder Future Leaders in Chem…
  3. 近赤外光を吸収する有機分子集合体の発見
  4. 異なる“かたち”が共存するキメラ型超分子コポリマーを造る
  5. 光を吸わないはずの重原子化合物でも光反応が進行するのはなぜか?
  6. レーザー光で実現する新たな多結晶形成法
  7. 実験化学のピアレビューブログ: Blog Syn
  8. 無保護環状アミンをワンポットで多重官能基化する

注目情報

ピックアップ記事

  1. アルキルラジカルをトリフルオロメチル化する銅錯体
  2. 金属を使わない触媒的水素化
  3. 谷口 透 Tohru Taniguchi
  4. 気になるあの会社~東京エレクトロン~
  5. 知の市場:無料公開講座参加者募集のご案内
  6. 湿度によって色が変わる分子性多孔質結晶を発見
  7. 18F-FDG(フルオロデオキシグルコース)
  8. 従来製品の100 倍以上の光耐久性を持つペンタセン誘導体の開発に成功
  9. ノーベル街道起点
  10. 2012年分子生物学会/生化学会 ケムステキャンペーン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

岩田浩明 Hiroaki IWATA

岩田浩明(いわたひろあき)は、日本のデータサイエンティスト・計算科学者である。鳥取大学医学部 教授。…

人羅勇気 Yuki HITORA

人羅 勇気(ひとら ゆうき, 1987年5月3日-)は、日本の化学者である。熊本大学大学院生命科学研…

榊原康文 Yasubumi SAKAKIBARA

榊原康文(Yasubumi Sakakibara, 1960年5月13日-)は、日本の生命情報科学者…

遺伝子の転写調節因子LmrRの疎水性ポケットを利用した有機触媒反応

こんにちは,熊葛です!研究の面白さの一つに,異なる分野の研究結果を利用することが挙げられるかと思いま…

新規チオ酢酸カリウム基を利用した高速エポキシ開環反応のはなし

Tshozoです。最近エポキシ系材料を使うことになり色々勉強しておりましたところ、これまで関連記…

第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り拓く次世代型材料機能」を開催します!

続けてのケムステVシンポの会告です! 本記事は、第52回ケムステVシンポジウムの開催告知です!…

2024年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!

大変長らくお待たせしました! 2024年ノーベル化学賞予想の結果発表です!2…

“試薬の安全な取り扱い”講習動画 のご紹介

日常の試験・研究活動でご使用いただいている試薬は、取り扱い方を誤ると重大な事故や被害を引き起こす原因…

ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects

縮退した電子状態にある非線形の分子は通常不安定で、分子の対称性を落とすことで縮退を解いた構造が安定で…

鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化

鉄とキラルなエナミンの協働触媒を用いたアルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化が開発された。可視光照…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP