[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

AI翻訳エンジンを化学系文章で比較してみた

[スポンサーリンク]

ケムステではGoogle 翻訳の登場時、いち早くその実力を紹介しました(参考: Google 翻訳の精度が飛躍的に向上!~その活用法を考える~)。あれから3年あまりが経ち 、AI 翻訳も大きく進化を遂げています。

読者の皆さんが気になるところは、「専門用語を含む学術的文章でも十分対応出来るのだろうか?」「教育・研究・情報取得のため、どの程度の信頼を置いていいのだろうか?」という点だと思います。

ですので今回は、実際にいくつかの化学系文章でAI翻訳エンジンの性能を比較してみました!

比較したAI翻訳エンジン3つ

今回比較してみたのは「Google翻訳」「みらい翻訳」「DeepL」の3つです。いずれも多言語からの和訳が可能であり、長めの文章でも翻訳可能なことが特長です。 ブラウザだけで回数制限なく、無料で使えるのも嬉しい点。

Google翻訳・DeepLでは追加ソフトも公開されており、ブラウザ窓からいちいち開くことなく使用できることも利点です。

化学系ニュース

まずは皆さんご存じアメリカ化学会運営のニュースサイト、Chemical & Engineering News(C&EN)から「Chemistry departments deal with coronavirus closures」という記事を取り上げます。

筆者が一読して違和感のあった和訳表現は、赤文字でマークしてあります。

「juggling」という単語の取扱いに差が出ている様子です。ここでは「to change things or arrange them in the way you want, or in a way that makes it possible for you to do something」の語彙が適切でしょう。そこをDeepLは自然にクリアしている様子ですが、どういうわけか同じ箇所の和訳が2回繰り返して出力されていました。

学術系TIPS記事

学振申請シーズンでもありますし、研究TIPSの古典的文書「Picking a Research Problem — The Critical Decision」を取り上げます。

いずれも文意はほぼ妥当に出力されていますが、翻訳としての自然さはDeepLに軍配が上がります。

化学系学術論文

先日のJACSに掲載されていた、「カテナンは力でちぎれにくい(A Catenane as a Mechanical Protecting Group)」という学術論文のアブストラクトを訳してみます。

「メカノフォア」「カテナン」といった専門用語はちゃんと区別されています。そのままの訳文だと、主語-述語の関係には少し注意する必要がありそうです。またいずれも「mechano-」という接頭語を「機械的」と訳しています。もちろん直訳としては正しいですが、この論文は機械をテーマとしているわけではなく、分子構造にかかる物理的な力を扱っているため、「力学的」という訳を充てるほうが妥当だと感じます。訳文の自然さはGoogle翻訳だと苦しい印象です。

中国語の化学記事

手前味噌ですがケムステ中国語版の化学者インタビュー「跌倒过才是最美的人生—藤田诚 教授」を取り上げます。もとになった日本語版記事とも比較してみました。かなり含蓄に富む文章表現なので、訳すこと自体かなり難しいはずですが、はてさて。

まずもって、中国版スタッフがなかなか上手く訳してくれていることを、改めて知ることが出来ました(!)。筆者は中国語が読めないため評価は難しいのですが、文意を大づかみするだけなら、どれもそこそこいい感じに見える一方で、2回の翻訳を挟むと細かなニュアンスはやはり消えて無くなりますね。DeepLが東大を「東洋大学」と訳しているのはいかがなものでしょう(苦笑)

おわりに:AI翻訳エンジンとの付き合い方

概して文章の自然さという観点では、DeepLが圧倒的だと思います。ただいずれもご覧の通り、完璧というわけではありません。表に出せる訳に仕上げるには、自ら手直しと推敲が必須です。

このようなツールが普及すると、日本語・英語ともにハイレベルな推敲基準を自分の中で持っておかないと、どう直して良いか分からなくなる局面も増えそうに思えています。実のところこれからは、「骨太の文章を読んで書かせる教育」に、よりいっそう価値が出てくると筆者は信じています。若者達の間では動画での情報伝達が主流になりつつあるようですが、伝達時の明快さ・正確さ・厳密さ・時間対効果・修正容易さを考慮するに、文章を上手に読み書きするスキルの価値はなんら損なわれるものではないからです。また習得困難ながら使用頻度の高い技術ほど、鍛える価値があるものになりますので、特に母国語の推敲力は高めておくに越したことは無いでしょう。

「英語文章はAI翻訳を使って下書きしても全く構わない」という教育スタンスに既に筆者は徹しています。学生達にその使用を禁じたとしても、明らかに便利なものを使わない理由がないですし、ここまでくればむしろデメリットのほうが大きい話です。ならば最初から使用OKにしたうえで、適した教育プログラムを組み立ててしまうが建設的です。実際、学生が持ってくる英文草稿は、ここ数年でかなりグレードアップしており、明らかにAI翻訳の力が効いている実感があります。

そのうえで美しくハイグレードな文章・言い回しなどを学びたいのであれば、やはり多読文例暗記などの泥臭い方法をとるしかないでしょう。その考え方は、また別の機会に取り上げてみたいと思います。

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 遷移金属を用いない脂肪族C-H結合のホウ素化
  2. カチオンキャッピングにより平面π系オリゴマーの電子物性調査を実現…
  3. 2018年 (第34回)日本国際賞 受賞記念講演会のお知らせ
  4. 磁気ナノ粒子でガン細胞を選別する
  5. MOFを用いることでポリアセンの合成に成功!
  6. 標準物質ーChemical Times特集より
  7. 立体障害を超えろ!-「London分散力」の威力-
  8. 日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (3)
  2. 誤解してない? 電子の軌道は”軌道”ではない
  3. エリック・ソレンセン Eric J. Sorensen
  4. 画期的な糖尿病治療剤を開発
  5. 【ジーシー】新たな治療価値を創造するテクノロジー -BioUnion-
  6. ハリース オゾン分解 Harries Ozonolysis
  7. 経験の浅い医療系技術者でも希望にかなう転職を実現。 専門性の高い職種にこそ求められる「ビジョンマッチング」
  8. アラインをパズルのピースのように繋げる!
  9. カーボンナノチューブ薄膜のSEM画像を生成し、物性を予測するAIが開発される
  10. 三種類の分子が自発的に整列した構造をもつ超分子共重合ポリマーの開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

先端の質量分析:GC-MSおよびLC-MSデータ処理における機械学習の応用

キャラクタライゼーションの機械学習応用は、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)およびラボオートメ…

原子半径・電気陰性度・中間体の安定性に起因する課題を打破〜担持Niナノ粒子触媒の協奏的触媒作用〜

第648回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)博士課程後期2年の松山…

リビングラジカル重合ガイドブック -材料設計のための反応制御-

概要高機能高分子材料の合成法として必須となったリビングラジカル重合を、ラジカル重合の基礎から、各…

高硬度なのに高速に生分解する超分子バイオプラスチックのはなし

Tshozoです。これまでプラスチックの選別の話やマイクロプラスチックの話、およびナノプラスチッ…

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

アキラル色素分子にキラル光学特性を付与するミセルを開発

第644回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 総合研究院 応用化学系 化学生命科学研究所 吉沢…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP