[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

ペプチドの草原にDNAの花を咲かせて、水中でナノスケールの花畑をつくる!?

[スポンサーリンク]

第477回のスポットライトリサーチは、岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 池田研究室の杉浦 進太郎(すぎうら しんたろう)さんにお願いしました。

池田研究室では、近未来型医療に資する分子システムの設計・合成・制御に関する研究を行っています。具体的には、病気の細胞やウィルスあるいは細菌などを見つけ除去する機能を発揮することを目指した刺激応答性超分子システム・ナノバイオ材料の開発などで成果を挙げられています。

本プレスリリースの研究内容は、ペプチドとDNA分子から作るナノスケールの構造体についてです。本研究グループでは、ペプチド分子から繊維状のナノ構造体である「ナノファイバー」と、環状の DNA 分子からフラワー状のナノ構造体である「DNA ナノフラワー」を、それぞれの構成要素となる複数種類の分子が同一空間に共存した混合溶液状態を出発にして、規則正しく作り出せることを見出しました。

この研究成果は、「Nanoscale」誌に掲載され、Front Coverにも採択されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Design of supramolecular hybrid nanomaterials comprising peptide-based supramolecular nanofibers and in situ generated DNA nanoflowers through rolling circle amplification

Shintaro Sugiura, Yuki Shintani, Daisuke Mori, Sayuri L. Higashi, Aya Shibata, Yoshiaki Kitamura, Shin-ichiro Kawano, Koichiro M. Hirosawa, Kenichi G.N. Suzuki, Masato Ikeda

Nanoscale, 2023, 48, 1024-1031

DOI: 10.1039/D2NR04556G

研究室を主宰されている池田 将 教授より、杉浦さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

杉浦くんは、晴れの日も雨の日も毎朝1時間以上かけて(自転車も使って)大学に通っているにも関わらず、研究室で俊敏に実験していて、感心しています。この研究をまとめたこと、そして、このように取り上げて頂いたことは、きっと自信になると思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ペプチド誘導体からなる超分子ヒドロゲルの中でDNA鎖を伸長し、ペプチドのナノ構造体とDNAナノフラワーが共存するナノ材料を温和な条件で構築することに成功しました。

図1 (A)本研究の概略、ペプチドファイバーとDNAナノフラワーが共存するナノ材料の(B)CLSM画像、(C)SEM画像

ペプチドは複数のアミノ酸が結合した分子で、特定のアミノ酸配列を有するペプチドは水中で緻密な繊維状構造体を形成し、「超分子ヒドロゲル」と呼ばれるゼリー状の素材をつくることが知られています。一方、DNAナノフラワーは、環状の鋳型DNAにDNAポリメラーゼを作用させてDNA鎖を伸長する「ローリングサークル増幅(RCA)」という手法を用いることで得られる花状のDNA構造体です。近年、DNAナノフラワーはタンパク質や抗がん剤などを内包できることが報告されており、新しい薬剤輸送キャリアーとして注目を集めています。

今回、私たちの研究グループは、ペプチドや環状DNA、DNAポリメラーゼなどを水中で混ぜるだけで、ペプチドの超分子ヒドロゲル内にDNAナノフラワーが内包されたナノ材料をつくることに初めて成功しました(1A)。この単純なプロセスで作製したナノ材料について、ペプチドからなる繊維状構造体(ペプチドファイバー)とDNAナノフラワーをそれぞれ別の蛍光染色剤で染色し、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)を用いて観察したところ、ペプチドとDNAが共存する環境でそれぞれの構成分子に由来するナノ構造体が構築されたことを確認しました(1B)。また、走査電子顕微鏡(SEM)を用いた観察では、DNAナノフラワーがペプチドファイバーに絡まっている様子が観察されました(1C)。今後は、このナノ材料を細胞培養用の培地や薬剤の輸送キャリアーなどに応用する研究を進めていくことを計画しています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究テーマは私が研究室に配属された直後に選んだテーマで、いわば私の「デビュー作」なので思い入れは深いです。中でも特に思い入れがあるのが、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)を用いたペプチドファイバーとDNAナノフラワーの共存状態の観察実験です(1B)。CLSM観察は、ペプチドファイバーあるいはDNAナノフラワー単体の構造を鮮明に可視化するのは難しくありません。しかし、二成分系の観察では難易度が跳ね上がります。片方の構造体を鮮明に見ようとすると、もう片方の構造体がぼやけて見えてしまうことや、それぞれの構造体を染色している染色剤の蛍光強度の差が大きすぎて可視化できないことが頻繁にあり、この研究において一番時間を費やしました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

繰り返しになるかもしれないですが、この研究テーマにおいて特に難しかったのは、ペプチドファイバーとDNAナノフラワーをCLSMで観察する際、それぞれの構造体を選択的に染色する蛍光染色剤を見つけることでした。当初は、ペプチドファイバーの染色にはNile redという蛍光色素を使っていたのですが、実験を進めていく中でNile redはDNAナノフラワーも染色してしまうことが分かりました。そこで、他の蛍光色素を検討した結果、タンパク質凝集体の染色に用いられる分子ローター色素ProteoStat®がペプチドファイバーだけを染色することを突き止めました。また、DNAナノフラワーの染色については、当初は蛍光色素のCy5を標識したdUTP(デオキシウリジン三リン酸)をDNAナノフラワーに組み込ませて染色することを試みました。しかし、遊離のdUTPがペプチドファイバーも染色してしまったため、別の染色方法を考える必要に迫られました。そこで、過去の文献をヒントに、DNAナノフラワーの塩基配列と相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドにCy5を標識した染色剤を用いたところ、DNAナノフラワーを選択的に染色することに成功しました(2)。この経緯は論文では触れませんでした。

図2 ペプチドファイバーとDNAナノフラワーの選択的な染色(ペプチドファイバーはProteoStat®のみで染色され、DNAナノフラワーはCy5を標識したオリゴヌクレオチドでのみ染色されている)

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

この研究テーマに取り組んだことで有機合成や核酸合成、ナノ構造体のイメージング、スペクトル解析などの多岐にわたる技術を習得することができました。今後は、有機化学や核酸化学、超分子化学に限らず多種多様な分野の知識や技術を習得し、将来は複数の分野が組み合わさった最先端の融合研究に取り組みたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

表現が適切でないかもしれませんが、研究は一種の謎解きゲームだと私は思っています。クイズ本や電子端末の謎解きゲームで謎を解くのと同じように、研究ではある課題をクリアするために、過去の研究報告や文献をヒントに自分の知識・思考力を総動員して攻略法を見つけていく必要があります。まだ経験が浅いですが、私は、そんな攻略法を追究する過程に研究の楽しさと大変さを感じながら、日々の研究に取り組んでいます。あくまで個人的な意見ですが、研究をすることは、誰も攻略法を知らないゲームに挑戦し続けることと同じだと思います。そう考えると、研究は途方もない挑戦ですが、その分、課題をクリアした時に感じる達成感は大きいと感じました。

最後になりましたが、本研究の遂行にあたり熱心にご指導頂きました池田将教授、構造解析にご協力頂きました名古屋大学の河野慎一郎講師、岐阜大学iGCOREの鈴木健一教授、研究室の皆様、並びに本研究を取り上げて下さったChem-Stationのスタッフの皆様にこの場を借りて心から感謝を申し上げます。

研究者の略歴

杉浦 進太郎(すぎうら しんたろう)

所属: 岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 池田研究室 修士課程1年 (Advanced global program)

研究テーマ: 生体分子を基盤とした超分子材料の創製に関する研究

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 【十全化学】新卒採用情報
  2. 高分子鎖デザインがもたらすポリマーサイエンスの再創造
  3. 化合物と結合したタンパク質の熱安定性変化をプロテオームワイドに解…
  4. 不斉をあざ(Aza)やかに(Ni)制御!Aza-Heck環化/還…
  5. Independence Day
  6. 有機無機ハイブリッドペロブスカイトはなぜ優れているのか?
  7. 紫外線に迅速応答するフォトクロミック分子
  8. 化学者のためのエレクトロニクス講座~配線技術の変遷編

注目情報

ピックアップ記事

  1. 材料・製品開発組織における科学的考察の風土のつくりかた ー マテリアルズ・インフォマティクスを活用し最大限の成果を得るための筋の良いテーマとは ー
  2. CAS Future Leaders Program 2023 参加者インタビュー
  3. 大日本住友製薬が発足 業界5位、将来に再編含み
  4. 決め手はケイ素!身体の中を透視する「分子の千里眼」登場
  5. カルボン酸をホウ素に変換する新手法
  6. マット・ショアーズ Matthew P. Shores
  7. グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体選択的な酸化的カップリング反応
  8. 第15回光学活性シンポジウム
  9. 生命の起源に迫る水中ペプチド合成法
  10. ドナルド・トゥルーラー Donald G. Truhlar

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP