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化学者のつぶやき

3回の分子内共役付加が導くブラシリカルジンの網羅的全合成

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ユニークな縮環構造をもつブラシリカルジンA-Dの網羅的全合成が達成された。三回の分子内共役付加により共通中間体の三環式コアを高立体選択的に構築することが本合成の鍵である。

ブラシリカルジンA-D

ブラシリカルジンA-D(1)は、放射性病原菌Nocardia brasiliensisの培養液から単離、構造決定されたジテルペノイドである(1A)[1]。ブラシリカルジンA(1a)は強い免疫抑制作用を示すことが知られており、既存の免疫抑制剤とは異なる作用機序で活性が発現するため、新規免疫抑制剤のリード化合物となる可能性を秘めている。しかし、天然からの十分な供給が難しく、その薬理研究は立ち遅れている。また、1は、anti-syn-antiに縮環したペルヒドロフェナントレン骨格(ABC)にアミノ酸と糖が結合したハイブリッド構造を有しているため、生物活性のみならず構造的にも非常にユニークな化合物である。

これまで部分合成はいくつか報告されているが[2]、全合成は2017年の穴田らによる一例のみである[3]。彼らは、Wieland-Miescherケトンから誘導されるジエノフィルを用いたDiels-Alder反応によって複雑なABC環を構築している(1B)。さらに、合成終盤のグリコシル化の際、選択的脱保護が困難であったC2位の水酸基を初期段階で導入することで1a, 1cの全合成を達成した。

 今回、北海道大学の谷野、吉村らは、共通中間体2に対して合成終盤で糖とアミノ酸を位置選択的かつ立体選択的に導入することで1の網羅的全合成を計画した。本合成の鍵である2ABC環は、ネオペンチルグリコール(6)より10工程で導かれる5から三回の分子内共役付加を経ることで高立体選択的に構築できると考えた(1C)

図1. (A)ブラシリカルジンA-D (B) 穴田らによる合成 (C) 逆合成解析

Asymmetric Total Synthesis of Brasilicardins

Yoshimura, F.; Itoh, R.; Torizuka, M.; Mori, G.; Tanino, K.Angew. Chem., Int. Ed.2018,57, 17161.

DOI: 10.1002/anie.201811403

論文著者の紹介

研究者:谷野圭持

研究者の経歴:
1987 東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻修士課程修了(桑島功教授)
1989 東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻博士課程中退
1989 東京工業大学理学部化学科助手
1994 東京工業大学より学位取得博士(理学)
1998 北海道大学大学院理学院化学専攻助手
1999 北海道大学大学院理学研究科化学専攻助教授
2006- 北海道大学大学院理学研究院化学部門教授
研究内容:有機金属および遷移金属錯体を用いた新奇反応開発、天然物の全合成

研究者:吉村文彦

研究者の経歴:
2002 東北大学大学院理学研究科博士課程修了(平間正博教授)
2002 米国スローン・ケタリング研究所博士研究員
2004 北海道大学大学院理学研究科助手
2007 北海道大学大学院理学研究院助教
2017- 静岡県立大学薬学部准教授
研究内容:複雑構造を有する生物活性天然物の全合成、新奇合成反応の開発

論文の概要

 著者らは、(1: A, B) α,β-不飽和Weinrebアミドに対するα-シアノカルバニオンの共役付加、(2: C) α,β-不飽和エステルに対するビニル銅の共役付加、という二つの分子内反応を駆使することでABC環を構築できると考えた(2)

(1)については、基質の反応性の低さが懸念されたが、塩基としてNaHMDSを用いて安定なキレート中間体7を経ることで反応が効率的に進行した。加えて、A環の構築ではこのキレーションにより双極子反発を避けるような配座をとることで、高立体選択的に反応が進行する。一方、B環の構築では、より嵩高い置換基を有するWeinrebアミドを用いることで生じる立体障害により立体選択性を制御している。C環を構築する(2)では、2006年に著者らが開発した1,1-ジブロモアルケンに対し有機銅アート試薬を用いる環化反応を適用した[4]。系中でビニル銅12を発生させた後、昇温することでα,β-不飽和エステルとの分子内共役付加が進行し、共通中間体2が得られる。詳細は論文を参照されたいが、得られた2に対して合成終盤でアミノ酸ユニットと糖を位置選択的かつ立体選択的に導入することで、ブラシリカルジンA-D(1)の全合成を達成した。

図2. 共通中間体3の合成

 以上、入手可能な市販品6から、37-42工程でブラシリカルジンA-Dの網羅的全合成が達成された。今後、合成研究と構造活性相関研究のさらなる加速が期待される。

参考文献

  1. (a) Shigemori, H.; Komaki, H.; Yazawa, K.; Mikami, Y.; Nemoto, A.; Tanaka, Y.; Sasaki, T.; In, Y.; Ishida, T.; Kobayashi, J. Org. Chem.1998, 63, 6900. DOI: 10.1021/jo9807114(b) Komatsu, K.; Tsuda, M.; Shiro, M.; Tanaka, Y.; Mikami, Y.; Kobayashi, J. Bioorg. Med. Chem. 2004, 12, 5545. DOI:10.1016/j.bmc.2004.08.007
  2. (a) Jung, M. E.; Chamberlain, B. T.; Koch, P.; Niazi, K. R. Lett. 2015, 17, 3608–3611. DOI:10.1021/acs.orglett.5b01712(b) Coltart, D. M.; Danishefsky, S. J. Org. Lett. 2003, 5, 1289. DOI: 10.1021/ol034213f(c) Jung, M. E.; Koch, P. Org. Lett. 2011, 13, 3710. DOI: 10.1021/ol2013704(d) Jung, M. E.; Perez, F.; Regan, C. F.; Yi, S. W.; Perron, Q. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 2060. DOI: 10.1002/anie.201208294
  3. Anada, M.; Hanari, T.; Kakita, K.; Kurosaki, Y.; Katsuse, K.; Sunadoi, Y.; Jinushi, Y.; Takeda, K.; Matsunaga, S.; Hashimoto, S. Lett. 2017, 19, 5581. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b02728
  4. Tanino, K.; Arakawa, K.; Satoh, M.; Iwata, Y.; Miyashita, M. Tetrahedron Lett. 2006, 47, 861. DOI: 1016/j.tetlet.2005.12.002

山口 研究室

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