[スポンサーリンク]

一般的な話題

ショウリョウバッタが吐くアレについて

[スポンサーリンク]

Thozoです。最近齢を取ったせいかよく昔のことを思い出すのですが、筆者の住居はDO-INAKAがほとんどで(こちらの記事参照)虫も多くそこらじゅうに登っちゃ落ち鎖骨を割ったり斜面を転げて落ちた先のアスファルトの上で手首の骨膜を裂いたりしながら男子に交じって虫を色々集めていたのですが、どんくさいため憧れのスズメガとかオニヤンマとかそう簡単に捕まえられない種類は早々に諦め、比較的手の届きやすいショウリョウバッタ(別名チキチキバッタ/漢字で書くと「精霊飛蝗」・参考リンク)をよく捕まえていました。

ファイル:Shoryobatta 06z1482sv.jpg

Wikipediaから引用 リンク

ただこのチキチキバッタ、捕まえた時に吐くモノが臭いのと見た目汚い。胴体を掴むとオェーという感じで盛大にやや透明かつ茶色の爪の先ほどの量を〇ロを吐きます。手に付くと臭いのでなおさらイヤで見た目も悪かったのを覚えている方も多いのではないでしょうか。

こんなイメージ 「えの素」5巻より リンク

で、本題はこの排出物の成分が何なのか、ということ。当時は何も知らないまま手に付いちゃ欄干になすりつけたりして嫌がっていただけなのですが先日芝生の刈られている匂いを嗅いでこの体験を思い出し、そういえば一体あの液体は何だったのか非常に気になり、また諸々調べてみましたのでお付き合いを。

【ショウリョウバッタが吐いていたモノとその成分】

実はもうあちこちで書かれていますが基本的には「消化液を含んだ、草などの繊維の混じった半消火物」(たとえばこちらのリンクなど)でした。つまりゲロです。緊張と混乱のあまり吐いてしまうようで、潔癖症の筆者が嫌がっていたのも頷けます。アゲハチョウの幼虫が危機に陥った時に出すアレと同じような、何らかの攻撃力を持ったものではと期待していたのですがそれとはモノが違うわけです。

文献1より引用 溶媒中に入れて透過照明で撮影
これの腹の中のモン(茶色線内)が
筆者の手やら顔についていたものになります

・・・ただ、その詳細な成分は実はわかりませんでした、すみません。歴史上でおそらく一番初めてショウリョウバッタ Longhead Locustsの胃の内容物が詳細に調査されたであろう文献(Morgan, M.R.J., 1976., Acrida 5, 45–58.)は見つけたのですが古すぎるのとニッチすぎてpdf化されてないようでオンラインでは入手が難しい次第で。

とはいえ、一応ショウリョウバッタと同系統のバッタを同様に調べている文献がちらほらとあったのでそこらへんから推定することにしました。具体的には中国でそのあたりを調べていた方の論文[文献2]を中心に、その他[文献1,3,4,5]の文献に頼りました。

それらによるとあの半消化物には植物などの未消化分が入っている以外に糖や配糖類を分解できる酵素であるカルボヒドラーゼ(上の1976年の論文のタイトルも”Gut carbohydrases in locusts and grasshoppers”/基本的には以前唾液の記事で書いたアミラーゼの一種)や、同様に糖を分解できる効果をもつグルコシダーゼ、そして繊維を分解できるセルラーゼの3種類の酵素が少なくとも含まれているようなのです[文献1-5]。

代表的な胃の中の消化酵素類 図は英語版wikiより引用
実際にはもっと多くの構造の酵素を持っているおり、詳細は
[文献7]のイントロに非常に詳しくまとまっているのでそちらを参照のこと

[文献3]より引用 酵素の総合的な消化能力はイナゴの方が高いもよう
草食系の中にも肉食男子が居る、みたいなイメージでしょうか

ショウリョウバッタの常食であるイネや雑草などには糖なども少量含まれるのですが基本的に極めて消化しにくいセルロースが大量に含まれています。それをそのまま食うと消化できないので腹が詰まるか腹を壊すかするはず。そうしたものも効率よく分解して消化できかつ動くためのエネルギーとなる糖に変換するために上記のような酵素を持っていて、活用して栄養として吸収していることになります。そう考えるとバッタといえど化学反応を巧みに使いこなして生命活動を維持しているという面から感動しますね。また[文献3]には、そうした酵素を利用してセルロース類から糖やアルコールを高効率で製造できるような取組をしている点も採り上げられており、インドや中国でもそうした論文は広く出ているようで、まさに農業バイオの技術が活きる分野と言えるでしょう。

こうした酵素はべつにショウリョウバッタに特別なものではなく、草を食べる虫の胃の中には広く存在するようです[文献3]。ただ不思議なのが、一体この酵素類をどこで合成しているのかということ。人間の唾液にアミラーゼが含まれるのと同様たぶんバッタの腹の中にそういう分泌器官があるのだろうと思いきや実はそうしたものは持っていなさそう(※注:コオロギや白アリやゴキブリには大腸菌に頼らずともセルラーゼ等の酵素そのものを合成する器官を保有している種がおり[文献6,7]バッタの特定の種に体内にそうした器官が無いとは断言できません・ただ今回調査したバッタ類の文献の大半はそうした器官の存在に言及していなかったため基本的にこの路線で話を進めます)。ではどこから採っているのか。

その起源を色々見ていくと、どうもだいたいのバッタの中に住んでいる細菌類がその酵素を作り出しているようなのです。FSHなどの医薬品に使われる蛋白質を人工合成するために遺伝子組み換え大腸菌や小動物の卵細胞が使われることは以前別の記事に書いたため、野生の細菌が特定のたんぱく質を合成していても全く不思議な話ではないわけで。しかもその細菌がどこから来たかというと葉や土の上にフツーに存在するらしい[原論文探索中]。ということを考えるとこうした細菌類は増えて発展していくためにワザと飛蝗の腹の中に入る工夫をしているんでは、というのは筆者の妄想ですが。

またある種の白アリやゴキブリにおいては群れの中でそうした酵素精製能力をもつ腸内細菌を伝える能力を持つ[文献6]行動を示すなどしているため、ショウリョウバッタの間でもなんらかの手段でこうした菌をトランスファーする行動を行っていても不思議ではありません(嘘)。コアラも母親の糞を子供が食べるという行為でユーカリの消化に必要な微生物・細菌類を腹の中に移行させているわけですから、きっとバッタ間でも連綿とそうした行為は続けられているに違いないのです(根拠なし&妄想)。

子供・仲間に経口でエサを与えることで体内細菌類を継ぐ
クチキゴキブリの一種 エサキクチキゴキブリ
動きは非常に緩慢で弱弱しい 
[文献6]より引用

ということで飛蝗といえども生きぬいていくために様々な工夫していることに驚くことばかりです。いや、『虫けら』などとんでもない、人間と同じように菌をうまく使って生活しているわけで、虫けらのように動く働きアリ会社員にもそうした優しい目を向けて頂きたいところです。

おわりに

バッタのゲロから色々また余計なことを知ってしまったのですが、昆虫の世界も非常に奥が深く、たとえば最近もある種類の飛蝗は自分が鳥に食われないよう自分で劇物に該当するPAN(フェニルアセトニトリル)を自分で合成するばかりか、襲われた時には何とそれを分解してHCN(シアン化水素)を放出するという非常に興味深い論文がScience Advanceに出たりしています[文献9]。残念ながら(?)これはバッタ体内にもともとある酵素によるもので上記に述べてきたような細菌類によるものではないのですが、腹の中の細菌だけでなくセルフ合成酵素も使いこなすとは一体全体何事でしょうか。そもそもこの著者たちがどうしてこういうことに気づいたのか三日三晩問い詰めたいわけです。

[文献9]より引用した同論文の代表図
孤立するとカモフラージュ能力が増し、群れると劇物の合成能力を得るという
なんとも驚きの能力を持つことを明らかにした

また植物や土壌、海洋生物から有効成分を単離するという天然物合成は非常に大きな分野になっておりその中でも昆虫から重要な材料が単離されて新聞沙汰になったということはやはり農業科学の観点から重要なテーマであり、たとえば個人的に調べたトコジラミフェロモンの件(記事リンク 1 2)など害虫駆除に繋がる観点からも継続して取り組んでいかねばならん分野でしょう。実際虫からの天然物(フェロモンなど)の単離と合成といったテーマを研究している方々は実際には日本だけでも多数居られます(下記以外にも多数みえるはず・ご指摘有れば追記いたします)。

〇京都科学先端大学 清水伸泰准教授 リンク

〇広島大学 太田伸二教授 リンク

〇岡山大学 清田洋正教授 リンク

〇東北大学 桑原重文教授 リンク

〇東京農業大学 本田洋教授 リンク

〇東京農業大学 矢島新教授 リンク

また一般にこうした昆虫は集めにくい、種類によっては鱗粉が付く、キ〇い、数量が集まらない等色々面倒もあると思うのですが、意外に足元に居るようなショウリョウバッタのような身近ないきものに思わぬ切り口が隠れているのかもしれんな、と思う次第です。たとえばデンプンをトレハロースへ分解する酵素を見つけた旧林原の丸田研究員は、その酵素を合成してくれるとっかかりの細菌を自社の研究所の土から見つけたという、嘘のような本当の話もあるのですから。筆者にとってもこの「足元を見忘れない」、ということは極めて大きな示唆を与えてくれるキーワードだと思います。『未来なんかいくら探したってどこにもありませんよ、探すなら自分の反省という泥の中から見つけなさい』ということは誰が言ったか忘れたのですが、やたら将来将来騒いでいる色々な組織が今一度振り返らねばならん讒言だと思いますね。

まぁこの年齢になってからは昆虫はあまり好きではないのが正直なところですが、昆虫学者の小松貴氏のようなひたむきで素晴らしい方のご活躍を見ていると子供の頃に戻ってまたムシと戯れてもいいかもしれんなと思ったりしています。最近あまり外に出ていない皆様もたまには近くの草むらを覗くなどしてみてはいかがでしょうか。

それでは短いですが今回はこんなところで。

[2019/7/26 筆者注記:諸々記載不備や単語不適部、修正致しました(シアン化フェニル×, 大腸菌× →PAN, 腸内細菌)

 Y先生(facebook)、T先生(Twitter) ご指摘有難う御座いました]

【参考文献】

  1. “昆虫の内部構造の可視化について”, 千葉大学教育学部 畑中恒夫殿, 2015年, リンク
  2. “Cellulolytic activity and structure of symbiotic bacteria in locust guts”, Genetics and Molecular Research 13 (3): 7926-7936 (2014) リンク
  3. “土壌浄化植物のエネルギー転換利用のための酵素の探索”, 日本大学生命科学研究所 2014年講義資料,  リンク
  4. “新規セルラーゼおよびその利用”, 2014年, (特許), リンク
  5. “Cellulose digestion in the locust, Schistocerra gregaria”, Journal of Entomology Series A, General Entomology, 48(2), 213–215., 1974, リンク
  6. “食材性ゴキブリ類における社会構造と木材消化能力の関係”, 嶋田敬介, 2012, 石川県立自然史資料館研究報告第2号, ,  リンク
  7. “The regulation of digestive enzyme release inthe two-spottedfield cricket Gryllusbimaculatus (de Geer): effectsof endogenous and environmental factors”, Kumulative Dissertation zur Erlangung des Doktorgradesder Naturwissenschaften (Dr. rer. nat.)der Fakultät für Biologie, Chemie und Geowissenschaftender Universität Bayreuth, 2013 リンク
  8. “Characterization of cellulolytic activity from digestive fluids of Dissosteira carolina (Orthoptera: Acrididae)”, Comparative Biochemistry and Physiology, Part B, Volume 157, Issue 3, November 2010, Pages 267-272 リンク
  9. “Phenylacetonitrile in locusts facilitates an antipredator defense by acting as an olfactory aposematic signal and cyanide precursor”, Wei et al., Sci. Adv. 2019; 5 : eaav5495 23 January 2019,  リンク
Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 投票!2016年ノーベル化学賞は誰の手に??
  2. 誰でも使えるイオンクロマトグラフ 「Eco IC」新発売:メトロ…
  3. 第三回ケムステVプレミアレクチャー「夢のある天然物創薬」を開催し…
  4. 第37回反応と合成の進歩シンポジウムに参加してきました。
  5. クリック反応の反応機構が覆される
  6. ビアリールのアリール交換なんてアリエルの!?
  7. マテリアルズ・インフォマティクスにおける従来の実験計画法とベイズ…
  8. カルシウムイオン濃度をモニターできるゲル状センサー

注目情報

ピックアップ記事

  1. サラシノール salacinol
  2. Thomas R. Ward トーマス・ワード
  3. 不斉アリル位アルキル化反応を利用した有機合成
  4. エッフェル塔
  5. タイに講演にいってきました
  6. マイケル・レヴィット Michael Levitt
  7. アジズ・サンジャル Aziz Sancar
  8. 化学かるた:元素編ー世界化学年をちなみ
  9. 身近な食品添加物の組み合わせが砂漠の水不足を解決するかもしれない
  10. リック・ダンハイザー Rick L. Danheiser

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP