[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

抗薬物中毒活性を有するイボガイン類の生合成

[スポンサーリンク]

イボガ型アルカロイド類の生合成および半合成が報告された。抗薬物中毒活性を有する(–)-イボガインは天然からの供給が困難なため、安定した供給が期待できる。

抗薬物中毒活性を有する(–)-イボガイン

薬物依存症の治療は困難であり、米国では、薬物の過剰摂取による死亡者が年々増加傾向にある。医療現場において、ガンの疼痛などに処方される薬物(モルヒネなど)による死亡者数に大きな変化はなく、違法薬物中毒者の死亡数が、増加の大きな原因である(1)

1962年、イボガ型アルカロイドである(–)-イボガイン(1)に、ヘロイン渇望や急性アヘン禁断症状を緩和する抗中毒活性があることが報告された(図1A)。1のもつ毒性が原因で、医薬品としての承認は遅れているが、中毒治療に対する処方への期待から、研究が盛んである(作用機序の解明、副作用の有無など)。

また、同様に精神活性作用を示す類縁体も発見された(25)。しかし、1を合成する植物である”イボガ”は栽培が困難であり、植物からの供給が望めないことから、および類縁体の安定供給が求められている。

マックス・プランク研究所のO’Connor教授らは以前、1と基本骨格が同様で、エナンチオマーの関係にある(+)-カタランチン(4)の生合成を報告した(図1B)(2)

ステムアデニン酢酸(6)が、2つの酸化還元酵素(CrPASとCrDPAS)によりジヒドロプレコンジルカルピン酢酸(8)へと変換される。その後の脱酢酸を経て生じたジヒドロセコジン(9a)が異性化し、最後に環化を担う酵素(CrCS)によってDiels–Alder反応が進行し、4が生成する。

今回著者らは、4のエナンチオマー体が得られるDiels–Alder反応様式を触媒する酵素(TiCorS)を同定し、(–)-ボアカンギン(3)の生合成を解明した(図1C)。加えて、1の半合成経路を改善する脱エステル化酵素(TiPANE)を発見した。

図1. (A) イボガ型アルカロイド (B) (+)-catharanthineの生合成 (C) 今回の報告

 

Biosynthesis of an Anti-Addiction Agent from the Iboga Plant
Farrow, S. C.; Kamileen, M. O.; Caputi, L.; Bussey, K.; Mundy, J. E. A.; McAtee, R. C.; Stephenson, C. R. J.; O’Connor, S. E. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 12979. DOI: 10.1021/jacs.9b05999

論文著者の紹介


研究者:Sarah E. O’Connor
研究者の経歴:
-1995 B.A., University of Chicago, IL, USA
-2001 Ph.D., Massachusetts Institute of Technology (MIT), MA, USA
2000-2003 Posdoc,Harvard Medical School, Boston, USA
2003-2007 Assistant professor, Department of Chemistry, MIT
2007-2011 Associate professor, Department of Chemistry, MIT
2011-2018 Project Leader, The John Innes Centre and The University of East Anglia, Norwich, UK
2018- Director and Professor, Max Planck Institute for Chemical Ecology, GER
研究内容:天然物の生合成経路の解明、既存の天然物に新たな活性結合を導入した新規天然物の合成

論文の概要

はじめに著者らは、イボガのトランスクリプトームから、4の生合成を担う酵素に対応したイボガ内の3つのPAS、2つのDPAS、2つのCSを同定し、クローニング及び異種発現を行った。その結果、3つのPAS及び2つのDPASは、各々CrPAS、CrDPASと同等の生化学的機能を有しており、6から8への変換を進行させた。この際、NADPHが過剰に(8当量以上)存在すると、プレコンジルカルピン酢酸(7)が過剰還元され、続く環化により(–)-ビンカジホルミン(11)が得られることを発見した(図2A)。
次に、重要な環化を担う2つのCSの機能を検討した。TiTabSを用いた際は、9bから、4の生合成とは異なるDiels–Alder反応様式を経由し、タバソニン(12)が得られた(図2B)。一方、TiCorSを用いた際、4のエナンチオマーである2が得られた(図2C)。種々の検討により、2はセコジン(10)を経由せず、異性化した9dが環化し、13を経由して生成することが分かった。その後、著者らが以前報告した酵素を用い、C10位へメトキシ基を導入することで、3の生合成に成功した(3)(図2D)。また、トランスクリプトームから追加で明らかとなった3つのPNAEを用いることで、3の脱エステル化、続く加熱による1の半合成にも成功した。

図2. (A) (–)-vincadifformineの生合成 (B) tabersonineの生合成 (C) (–)-coronaridineの生合成及びLC-MS(左)、CDスペクトル(右)の結果 (D) (–)-voacangineの生合成及び(–)-ibogaineの半合成

 

以上、本生合成経路解明研究により、3の生合成に成功した。また、脱エステル化酵素の発見により、1の半合成が達成された。今後、この経路の発見により、イボガ型アルカロイド類研究の進展が期待できる。

参考文献

  1. Scholl, L.; Seth, P.; Kariisa, M.; Wilson, N.; Baldwin, G. Morb Mortal. Wkly. Rep. 2018,67, 1419.
  2. Caputi, L.; Franke, J.; Farrow, S. C.; Chung, K.; Payne, R. M. E.; Nguyen, T.-D.; Dang, T.-T.; Soares Teto Carqueijeiro, I.; Koudounas, K.; Dugé de Bernonville, T.; Ameyaw, B.; Jones, D. M.; Vieira, I. J. C.; Courdavault, V.; O’Connor, S. E. Science2018, 360, 1235. DOI: 1126/science.aat4100
  3. Farrow, S. C.; Kamileen, M. O.; Meades, J.; Ameyaw, B.; Xiao, Y.; O’Connor, S. E. J. Biol. Chem. 2018, 293, 13821. DOI: 10.1074/jbc.RA118.004060

用語

  • トランスクリプトーム: 特定の状況下に置いて、細胞中に存在する全てのmRNA(または一次転写産物)の総体を指す呼称のこと。
  • CS (catharanthine synthase): Catharanthus roseus内に存在する、加水分解酵素の1つで、ジヒドロセコジンからカタランチンに変換される際の環化を担っている。
  • PNAE (polyneuridine aldehyde esterase): キョウチクト科植物ウや、Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ)などにも見られる加水分解酵素の1つで、主にカルボン酸エステルに作用する。
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 電気化学と金属触媒をあわせ用いてアルケンのジアジド化を制す
  2. 無機材料ーChemical Times 特集より
  3. 不安定さが取り柄!1,2,3-シクロヘキサトリエンの多彩な反応
  4. Org. Proc. Res. Devのススメ
  5. ほぅ、そうか!ハッとするC(sp3)–Hホウ素化
  6. (+)-sieboldineの全合成
  7. γ-チューブリン特異的阻害剤の創製
  8. コロナウイルスが免疫システムから逃れる方法(1)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第93回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part I
  2. カネボウ化粧品、バラの香りの秘密解明 高級香水が身近に?
  3. 実現思いワクワク 夢語る日本の化学者
  4. 石テレ賞、山下さんら3人
  5. 第41回「合成化学で糖鎖の未知を切り拓く」安藤弘宗教授
  6. natureasia.com & Natureダイジェスト オンラインセミナー開催
  7. フロインターベルク・シェーンベルク チオフェノール合成 Freunderberg-Schonberg Thiophenol Synthesis
  8. いろんなカタチの撹拌子を試してみた
  9. 採用面接で 「今年の日本化学会では発表をしますか?」と聞けば
  10. 地域の光る化学企業たち-1

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

細谷 昌弘 Masahiro HOSOYA

細谷 昌弘(ほそや まさひろ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の創薬科学者である。塩野義製薬株式…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP