[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

治療薬誕生なるか?ジカウイルスのアロステリック阻害剤開発

[スポンサーリンク]

動物に対しても有効なジカウイルスプロテアーゼ阻害剤が新たに開発された。またX線結晶構造解析によりその阻害様式も明らかにした。

 ジカウイルスプロテアーゼの阻害剤開発

ジカウイルス(ZIKV)はフラビウイルス科に属するRNAウイルスであり、デングウイルス(DENV)や西ナイルウイルス(WNV)と同様にヤブカにより媒介される。ヒトに感染すると発熱、発疹、嘔吐などの諸症状が現れるほか、ギラン・バレー症候群の発症リスクが高まる。また、妊婦が感染した場合は母子感染による新生児の小頭症の原因となりうる。しかしZIKVに対する有効な薬やワクチンはなく、抗ウイルス剤の開発が望まれる。
ZIKVやDENVのRNAがコードするNS2B–NS3プロテアーゼはウイルスの複製に必須であるため創薬標的として注目されてきた[1]。フラビウイルス間で高度に保存されており、高いアミノ酸配列類似性をもつ。NS2B–NS3プロテアーゼの構造研究や阻害剤開発はDENVを中心になされてきた[2]。ZIKVのNS2B–NS3プロテアーゼに対する阻害剤もこれまでにいくつか知られているが、Kleinらが報告したcn-716(1)などのペプチド系阻害剤は膜浸透性や代謝安定性が低く、細胞や動物モデルに対して顕著な抗ウイルス活性を示さない[3]。一方、非ペプチド系阻害剤はLiらによってtemoporfin(2)やNSC135618(3)が報告されているものの阻害活性が比較的弱く、プロテアーゼとの結合様式も不明である(図1B)[4]
今回、Songらはヒストン修飾酵素阻害剤ライブラリーのスクリーニングとSAR研究により、ZIKVに対して高い抗ウイルス活性を示す阻害剤4の創製に成功した(IC50= 200 nM)。またX線結晶構造解析により、4がNS2B-NS3プロテアーゼのアロステリック阻害剤であることを明らかにした。さらにZIKV感染モデルマウスに対して4を投与しin vivoにおける抗ZIKV活性を示した。

図1.(A) ペプチド系ZIKVプロテアーゼ阻害剤 (B) 非ペプチド系ZIKVプロテアーゼ阻害剤と今回見出した阻害剤

 

“Discovery, Xray Crystallography and Antiviral Activity of Allosteric Inhibitors of Flavivirus NS2B-NS3 Protease”
Yao, Y.; Huo, T.; Lin, Y.-L.; Nie, S.; Wu, F.; Hua, Y.; Wu, J.; Kneubehl, A. R.; Vogt, M. B.; Rico-Hesse, R.; Song, Y. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 6832.
DOI: 10.1021/jacs.9b02505

論文著者の紹介

研究者:Yongcheng Song (YouTube: https://youtu.be/CPPOVDS0tvY)
研究者の経歴:
-2000 Ph.D, National University of Singapore
2001-2003 Post-Doctoral Fellowship, Tokyo Institute of Technology
2003-2008 Post-Doctoral Fellowship, University of Illinois, Urbana-Champaign
2008- Assistant Professor, Baylor College of Medicine
研究内容:がんや感染症の関連タンパク質を標的とした新規小分子阻害剤の開発

論文の概要

著者らは、化合物スクリーニングから得られた5(IC50= 21.7 µM)および6(IC50= 3.14 µM)をリード化合物として4をはじめとする計7種類の誘導体を合成した(詳細は論文参照、図2A)。SAR研究の結果ZIKVプロテアーゼの阻害活性にはエーテル結合、中心のピラジン骨格、末端のフラン骨格が重要であることが明らかになった。なお、4は他のフラビウイルスに対しても強い阻害活性を示す一方、ヒトの各種プロテアーゼに対してはほとんど活性を示さない。
次に化合物4とNS2B-NS3プロテアーゼ複合体のX線結晶構造解析を行い、4がアロステリック阻害剤であることを示した。フラビウイルスプロテアーゼはセリンプロテアーゼドメインをもつNS3とNS2Bからなる複合体であり、NS2BがNS3を取り囲む閉構造がプロテアーゼ活性を示す(図2B)。解析の結果、阻害剤4とプロテアーゼ複合体は開構造をとることが分かった。また二つのループ構造が外側に押し出されること、阻害剤が入り込むL字型の深いポケットが形成されることも、阻害剤の結合によって引き起こされる特徴的な構造変化である。開構造ではNS2Bがフォールディングできず、プロテアーゼは基質結合部位を形成できない(図2C)。阻害剤はこの開構造を安定化することで、プロテアーゼと基質との結合を妨げることが示唆された。
続いてin vivoでの4の抗ZIKV活性を評価した。ZIKVに感染したマウスに対して4を一日あたり20または30 mg/kgで三日間投与した結果、マウスの生存期間が延長した(図2D)。
以上、in vivoにおいて抗ジカウイルス活性を示す小分子が開発された。またX線結晶構造解析によりその阻害様式も明らかにした。ヒトにも有効なジカウイルス治療薬の開発に期待したい。

図2. (A) SAR研究 (B) プロテアーゼの開/閉構造 (C) プロテアーゼ複合体の結晶構造 (D) in vivoでの活性評価 (論文より引用)

 

参考文献

  1. Kang, C.; Keller, T. H.; Luo, D.Trends Microbiol. 2017, 25, 797. DOI: 1016/j.tim.2017.07.001
  2. Nitsche, C.; Holloway, S.; Schirmeister, T.; Klein, C. D. Chem. Rev. 2014,114, 11348. DOI: 10.1021/cr500233q
  3. (a) Lei, J.; Hansen, G.; Nitsche, C.; Klein, C. D.; Zhang, L.; Hilgenfeld, R. Science 2016, 353, 503. DOI: 1126/science.aag2419(b) Nitsche, C.; Zhang, L.; Weigel, L. F.; Schilz, J.; Graf, D.; Bartenschlager, R.; Hilgenfeld, R.; Klein, C. D. J. Med. Chem. 2017, 60, 511. DOI: 10.1021/acs.jmedchem.6b01021
  4. (a) Li, Z.; Brecher, M.; Deng, Y. Q.; Zhang, J.; Sakamuru, S.; Liu, B.; Huang, R.; Koetzner, C. A.; Allen, C. A.; Jones, S. A.; Chen, H.; Zhang, N. N.; Tian, M.; Gao, F.; Lin, Q.; Banavali, N.; Zhou, J.; Boles, N.; Xia, M.; Kramer, L. D.; Qin, C. F.; Li, H. Cell Res. 2017, 27, 1046. DOI: 1038/cr.2017.88(b) Brecher, M.; Li, Z.; Liu, B.; Zhang, J.; Koetzner, C. A.; Alifarag, A.; Jones, S. A.; Lin, Q.; Kramer, L. D.; Li, H. PLoS Pathog. 2017, 13, No. e1006411. DOI: 10.1371/journal.ppat.1006411
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 水入りフラーレンの合成
  2. 有機化学実験基礎講座、絶賛公開中!
  3. 鉄触媒によるオレフィンメタセシス
  4. 生化学実験:プラスチック器具のコンタミにご用心
  5. 安全なジアゾ供与試薬
  6. 信じられない!驚愕の天然物たちー顛末編ー
  7. MEDCHEM NEWS 32-3号「シン・メディシナルケミスト…
  8. 鴻が見る風景 ~山本尚教授の巻頭言より~

注目情報

ピックアップ記事

  1. フロンよりもオゾン層を破壊しているガスがある
  2. 研究費・奨学金の獲得とプロポーザルについて学ぼう!
  3. 自己会合・解離機構に基づく蛍光応答性プローブを用いたエクソソーム高感度検出
  4. 硫黄化合物で新めっき 岩手大工学部
  5. 【マイクロ波化学(株) 石油化学/プラスチック業界向けウェビナー】 マイクロ波による新事業 石油化学・プラスチック業界のための脱炭素・電化ソリューション
  6. 甲種危険物取扱者・合格体験記~カルダモン編
  7. 抗結核薬R207910の不斉合成
  8. ケミカルジェネティクス chemical genetics
  9. タンパク質の構造と機能―ゲノム時代のアプローチ
  10. ヨウ化サマリウム(II) Samarium(II) Iodide SmI2

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

第42回メディシナルケミストリーシンポジウム

テーマAI×創薬 無限能可能性!? ノーベル賞研究が拓く創薬の未来を探る…

山口 潤一郎 Junichiro Yamaguchi

山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう、1979年1月4日–)は日本の有機化学者である。早稲田大学教授 …

ナノグラフェンの高速水素化に成功!メカノケミカル法を用いた芳香環の水素化

第660回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(有機化学研究室)博士後期課程3年の…

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP