[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

配位子を着せ替え!?クロースカップリング反応

[スポンサーリンク]

三級アルキルブロミドと種々のアリール求電子剤とのクロスカップリング反応が開発された。ニッケルの配位子を系中で交換させることがC–C結合形成の鍵である。

ニッケル触媒を用いた求電子剤同士のクロスカップリング反応

求電子剤同士でのクロスカップリング反応(XEC反応)は求核剤を調製せずにC–C結合を形成できる強力な手法である。主にピリジル配位子をもつニッケル触媒存在下、アルキルハライドとアリール求電子剤を反応させるとC(sp3)–C(sp2)結合形成ができる(図1A)[1]。四級炭素を構築できる有効な手法だが、アリールクロリドやアリールトリフラートを用いたXEC反応は未発展である。また三級アルキルハライドとのカップリングでは、これまで電子不足なアリールブロミドもしくはアリールヨージドしか利用できなかった[2]
XEC反応はアルキルハライドとNi(I)の反応により生成するラジカルと、アリールハライドがNi(0)に酸化的付加した後の錯体とが反応して、クロスカップリング生成物を与えると考えられてきた。中間体のニッケル錯体が不安定なため反応機構解明は困難であったが、ごく最近複数のグループから、還元条件におけるXEC反応ではNi(I)のみが求電子剤と反応することが提唱された[3]
オハイオ州立大学のSevovらは、XEC反応がNi(I)と同程度の反応速度で反応する2つの求電子剤の間で起こりやすいと推測した(図1B)。実際に、Ni(I)と反応性の高い三級アルキルブロミドや、反応性の低いアリールクロリドとアリールトリフラートではXEC反応が起こりにくい。このような基質適用範囲の制限を改善するため、著者らはNi(0)に改めて着目した。Ni(0)はアルキルハライドとの反応によるラジカル生成よりも、種々のアリール求電子剤の酸化的付加を優先的に起こす。このNi(0)を利用することで、従来想定されていたNi(0)とNi(I)が共存するXEC反応を実現できると期待される。しかし、還元条件下でNi(I)を経由せずにNi(0)を生成することは困難である。ピリジル配位子をもつNi(II)は一電子が関与する酸化還元反応を起こしやすく、また、Ni(0)はNi(II)と均化し容易にNi(I)を与える。一方で、ホスフィン配位子を有するニッケル錯体はNi(I)を生成しにくいことが知られる[4]。そこで、著者らは反応系中でNi上の配位子を交換し、Ni(0)とNi(I)を共存させることを考えた。つまり、ピリジル配位子をもつNi(I)がアルキルブロミドと反応し、続いて配位子交換によりホスフィン配位子が配位したNi(0)がアリール求電子剤と反応することで、XEC反応が進行すると期待した(図1C)。実際に、著者らは反応系中でのニッケル触媒の配位子の交換を実現し、電解反応によって三級アルキルブロミドと種々のアリール求電子剤とのXEC反応が進行することを見いだした(図1D)。

図1. (A) XEC反応、(B) Ni(I)と各求電子剤の反応性、(C) 各求電子剤の活性化法、(D) アリール求電子剤と三級アルキルブロミドとのXEC反応

 

“Controlling Ni redox states by dynamic ligand exchange for electroreductive Csp3–Csp2 coupling”
Hamby, T. B.; LaLama, M. J.; Sevov, C. S. Science 2022, 376, 410–416.
DOI: 10.1126/science.abo0039

論文著者の紹介

研究者:Christo S. Sevov

研究者の経歴:
2005–2009 B.Sc. in Chemistry, University of Notre Dame, USA (Prof. Olaf G. Wiest)
2009–2011 University of Illinois Urbana-Champaign, USA (Prof. John F. Hartwig)
2011–2014 Ph.D. in Chemistry, University of California, Berkeley, USA (Prof. John F. Hartwig)
2014–2017 Postdoc, University of Michigan, USA (Prof. Melanie S. Sanford)
2017–                             Assistant Professor, The Ohio State University, USA

研究内容:有機金属化学、電気化学

論文の概要

検討の結果、著者らはピリジル配位子(bpp)をもつマンガン触媒とホスフィン配位子(iPrQ)をもつニッケル触媒存在下、電解反応により三級アルキルブロミドと種々の求電子剤のXEC反応が進行することを見いだした(図 2A)。メトキシ基を有するアリールブロミド(3a)のほか、インドール骨格のアリールブロミド(3b)やビニルブロミド(3c)も利用できた。ボリル基を有するアリールクロリド(3d)では化学選択的にXEC反応が進行し、抗炎症薬であるインドメタシンも中程度の収率で3eを与えた。また、本反応はアリールトリフラートやアルケニルトリフラートにも適用でき、天然物誘導体においてもカップリング反応が進行して3f3gが得られた。なお、アリールクロリドやアリールトリフラートの反応では、三級アルキルブロミドだけでなく二級アルキルブロミドともXEC反応が進行した。
反応機構は次のように提唱されている(図 2B)。まず、ピリジル配位子を有するニッケル触媒Ni1の一電子還元、続くホスフィン配位子との配位子交換が進行し、安定な0価のニッケル錯体Ni2が生じる。続いてアリール求電子剤1の酸化的付加によりNi3となった後に、再び配位子交換をすることでNi4が生成する。最後に三級アルキルブロミドが1価のニッケル錯体に還元されて生じたアルキルラジカル2′Ni4が反応することで、クロスカップリング体3が得られる。なお、各種機構解明実験により、1) 電解条件下Ni1からNi2が生成すること、2) 三級アルキルブロミド共存下Ni2がアリールブロミドと優先的に反応しNi3を与えること、3) Ni3と三級アルキルブロミドの反応はほとんど進行しないこと、4) Ni3とピリジル配位子(bpp)からNi4が生成し、三級アルキルブロミドとの反応により3が得られることが示されている(詳細は本文参照)。

図2. (A) 最適条件と基質適用範囲 (B) 推定反応機構

 

以上、著者らは反応系中でニッケル触媒の配位子交換をすることで、これまで達成されていなかった求電子剤のXEC反応を進行させた。金属上の配位子を「着せ替える」ようにスムーズな配位子交換が実現されており、同様の配位子交換による更なるXEC反応の発展が期待される。

 参考文献

  1. (a) Wang, X.; Dai, Y.; Gong, H. Nickel-Catalyzed Reductive Couplings. Curr. Chem. 2016, 374, 43. DOI: 10.1007/s41061-016-0042-2 (b) Weix, D. J. Methods and Mechanisms for Cross-Electrophile Coupling of Csp2 Halides with Alkyl Electrophiles. Acc. Chem. Res. 2015, 48, 1767–1775. DOI: 10.1021/acs.accounts.5b00057
  2. 数少ない3級アルキルブロミドを用いたXEC反応の例として以下の報告がある。(a) Wang, X.; Wang, S.; Xue, W.; Gong, H. Nickel-Catalyzed Reductive Coupling of Aryl Bromides with Tertiary Alkyl Halides. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 11562–11565. DOI: 10.1021/jacs.5b06255 (b) Wang, X.; Ma, G.; Peng, Y.; Pitsch, C. E.; Moll, B. J.; Ly, T. D.; Wang, X.; Gong, H. Ni-Catalyzed Reductive Coupling of Electron-Rich Aryl Iodides with Tertiary Alkyl Halides. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 14490–14497. DOI: 10.1021/jacs.8b09473 (c) Liu, J.; Ye, Y.; Sessler, J. L.; Gong, H. Cross-Electrophile Couplings of Activated and Sterically Hindered Halides and Alcohol Derivatives. Acc. Chem. Res. 2020, 53, 1833–1845. DOI: 10.1021/acs.accounts.0c00291
  3. (a) Kawamata, Y.; Vantourout, J. C.; Hickey, D. P.; Bai, P.; Chen, L.; Hou, Q.; Qiao, W.; Barman, K.; Edwards, M. A.; Garrido-Castro, A. F.; deGruyter, J. N.; Nakamura, H.; Knouse, K.; Qin, C.; Clay, K. J.; Bao, D.; Li, C.; Starr, J. T.; Garcia-Irizarry, C.; Sach, N.; White, H. S.; Neurock, M.; Minteer, S. D.; Baran, P. S. Electrochemically Driven, Ni-Catalyzed Aryl Amination: Scope, Mechanism, and Applications. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 6392–6402. DOI: 10.1021/jacs.9b01886 (b) Till, N. A.; Oh, S.; MacMillan, D. W. C.; Bird, M. J. The Application of Pulse Radiolysis to the Study of Ni(I) Intermediates in Ni-Catalyzed Cross-Coupling Reactions. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 9332–9337. DOI: 10.1021/jacs.1c04652 (c) Sun, R.; Qin, Y.; Nocera, D. G. General Paradigm in Photoredox Nickel‐Catalyzed Cross‐Coupling Allows for Light‐Free Access to Reactivity. Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 9527–9533. DOI: 10.1002/anie.201916398
  4. Kalvet, I.; Guo, Q.; Tizzard, G. J.; Schoenebeck, F. When Weaker Can Be Tougher: The Role of Oxidation State (I) in P- vs N-Ligand-Derived Ni-Catalyzed Trifluoromethylthiolation of Aryl Halides. ACS Catal. 2017, 7, 2126–2132. DOI: 1021/acscatal.6b03344

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 電池で空を飛ぶ
  2. 有機合成化学協会誌2018年2月号:全アリール置換芳香族化合物・…
  3. 近くにラジカルがいるだけでベンゼンの芳香族性が崩れた!
  4. メソポーラスシリカ(1)
  5. 太陽光変換効率10%での人工光合成を達成
  6. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑲:Loupe…
  7. 男性研究者、育休後の生活を語る。
  8. 無保護糖を原料とするシアル酸誘導体の触媒的合成

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. だれが原子を見たか【夏休み企画: 理系学生の読書感想文】
  2. 辻・トロスト反応 Tsuji-Trost Reaction
  3. 日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1
  4. 色の変わる分子〜クロミック分子〜
  5. ボルテゾミブ (bortezomib)
  6. 【東日本大震災より10年】有機合成系研究室における地震対策
  7. おまえら英語よりもタイピングやろうぜ ~中級編~
  8. ジンクピリチオン (zinc pyrithione)
  9. 生物学的等価体 Bioisostere
  10. オルガネラ選択的な薬物送達法:②小胞体・ゴルジ体・エンドソーム・リソソームへの送達

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年6月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

注目情報

最新記事

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年3月号がオンライン公開されました。早…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 1

さて、日本化学会春季年会の付設展示会ケムステキャンペーンを3回にわたり紹介しましたが、ほぼ同時期に行…

推進者・企画者のためのマテリアルズ・インフォマティクスの組織推進の進め方 -組織で利活用するための実施例を紹介-

開催日:2023/03/22 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

Part 1・Part2に引き続き第三弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

第2回「Matlantis User Conference」

株式会社Preferred Computational Chemistryは、4月21日(金)に第2…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回のPart 1に引き続き第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける従来の実験計画法とベイズ最適化の比較

開催日:2023/03/29 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

待ちに待った対面での日本化学会春季年会。なんと4年ぶりなんですね。今年は…

グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体選択的な酸化的カップリング反応

第493回のスポットライトリサーチは、東京農工大学院 工学府生命工学専攻 生命有機化学講座(長澤・寺…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP