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スポットライトリサーチ

環状ビナフチルオリゴマーの大きさが円偏光の向きを変える

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第191回目のスポットライトリサーチは、北里大学大学院理学系研究科・野島 裕騎さんにお願いしました。

野島さんが所属している真崎研究室では、様々なπ共役系分子が織りなす機能性色素の開発に取り組んでいます。なかでも円偏光発光(CPL)を示す材料は、三次元ディスプレイや暗号通信に応用が可能と考えられる点から注目を集めています。本成果はその研究の一環であり、キラリティ依存では無く「分子の大きさ」によって向きが変わるという新たな発見に関するものです。Chemical Communications誌に採択され、プレスリリースとしても公表されています。

“Stereogenic cyclic oligonaphthalenes displaying ring size-dependent handedness of circularly polarized luminescence (CPL) ”
Nojima, Y.; Hasegawa, M.*; Hara, N.; Imai, Y.*; Mazaki, Y. Chem. Commun. 2019, 55, 2749. doi:10.1039/C8CC08929A

今回は直接の指導教員である長谷川先生、共同研究者である今井先生のお二方からコメントを頂いています。今後博士課程に進学予定とのことで、今後まだまだ伸びていくだろう人材です。今回のインタビューも是非お楽しみ下さい。

研究グループの指導教員 長谷川真士先生からのコメント

「先生、ちょっといいですか?」。野島くんとの会話はいつもこんな感じで始まります。見ると分子模型を手にしています。私の作業をなるべく邪魔しないように、しかし、何かを思いついた興奮が隠せない様子で近づいてきます。そこから始まるディスカッションは時間を忘れ、1時間2時間と過ぎていくこともしばしばです。
野島裕騎くんは2017年に私の研究グループに4年生として参加してくれました。私は研究の開始にあたって、まずコクランの分子模型セットを手渡して延々と目標分子を組み立てる作業を指示します。それ以降、実験の合間に「こんな分子はどうだろうか?」、「ここに芳香環を挟んだらどうだろうか?」など、分子模型をいじりながら楽しんでいる様子が伺えます。(下町ロケットでいう手作りの感覚ですね!) 大抵、とんでもない構造を提案するのが彼で、私が現実的な合成方法や機能性の評価に向けた設計を提案し、落とし所を探るといったところでしょうか?
しかし、彼の場合はそこからが早い!我々のグループの研究は光学分割もありますし、難しい合成をこなさないとクリアできないのですが、彼の場合は数日のうちに「えっ?もう作ったの?」となります。「創りたい!」と決めたら突き進む、そんな合成力が備わってきました。博士課程の進学も希望していることから、今後さらに切磋琢磨して進化してくれるものと期待しております。

共同研究者 近畿大学・今井喜胤先生からのコメント
北里大学理学研究科の野島裕騎さんと共同研究させていただいて、1年ほど経ちました。実際に、近畿大学の私の研究室に来られて、実験・測定に真摯に打ち込み、指導教員である長谷川先生と真剣にディスカッションする姿は、私の研究室学生に大きな刺激を与えてくれました。野島さんは、研究を進めていくなかで、ちょっとした結果も見逃さず、そこから、新しい成果をどんどん出していく、観察力と実行力の両方を兼ね備えた方です。これからの有機材料化学を牽引する研究者になっていただきたいと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ビナフチルの二つのナフタレン環平面が成す二面角(θ1)と円偏光発光(CPL)の関係について明らかにしました。すなわち、CPL強度の符号は絶対立体配置ではなく、二面角(θ1)によって決まることがわかりました。
ビナフチルは代表的な軸不斉ユニットであり、不斉触媒や光学材料に広く使われています。2つのナフタレン環が単結合で連結されたビナフチルは比較的大きな励起子間の相互作用により強いキラル光学特性(CD・CPLスペクトルなど)が生じますが、その特性(スペクトル強度、非対称性因子や符号など)を制御するにはθ1を制御(理想的には任意の角度に固定)する必要があります。通常、ビナフチルの2,2’位をアルキル鎖で架橋する手法(「テザリング」と呼びます)が用いられますが、二面角のバリエーションを鋭角から鈍角まで幅広く固定する手法はありませんでした。今回、キラルなビナフチル同士をカップリングさせる反応を見出し、生成したn量体の環のサイズによって二面角(θ1)が様々な角度で固定されることがわかりました。

Ni触媒を用いたカップリングでは、環状2量体(θ1は鋭角)から5量体(θ1は鈍角)までの環状生成物が得られます。
これらはキラルなビナフチルによって構成されているので、対称性の高いキラル化合物となります。また、これまでのデザインと異なり環状構造にビナフチルを閉じ込めることでθ1をきちんと固定化することで、キラル光学特性に構造由来の性質が強く現れることが期待できます。今回、各環化体のCPLを測定することで、環状2-4量体(θ1は鋭角)に対し、環状5量体(θ1は鈍角)ではCPL強度の符号が反転することを発見しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

今回合成した化合物は、キラルなビナフチルと別のユニットでクロスカップリング反応を行っている最中に偶然発見したことが始まりでした。NMRを調べてみると対称性の高い化合物に対応するシグナルが観測されたので、「もしかして、ビナフチルの環状体ではないのか?!」と思い、大急ぎで分子模型を組んだのが始まりです。後になってよくよく調べてみると、全然違う化合物(おそらく、ビナフチルが鎖状につながった分子)でした。
しかし、分子模型で組み上げた対称的な構造が非常に美しく、「絶対に合成したい!」と思うようになりました。その後、長谷川先生と相談して、実際に合成に着手することにしました。

Q3.研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

難しかったところが、2箇所ありました。
ビナフチルの光学分割」と「本当に環を巻くのか?」というところです。
2,2’位に置換基を持つキラルなビナフチルは簡単に購入できますが、7,7’位に置換基を持つビナフチルは自分で光学分割をする必要がありました。これらの化合物は分取用のキラルHPLCでの光学分割は困難でしたが、文献を調べると、主にジアステレオマー法で分離する方法が報告されていました。
しかし、実際にやってみると、文献に記載されていた「シリカゲルクロマトグラフィーで分離した」という操作が思いのほか大変で、非常に長いカラムで半日以上かかって一部をようやく分離する程度でした。試行錯誤した結果、ジアステレオマーをキラルHPLCで分離することで上手くいきました。通常、キラルHPLCはジアステレオマーの分離に使用されませんが、対象となるジアステレオマー混合物は溶解度が大きく、保持時間は2倍以上異なるため、容易に分離が可能となりました。

光学分割したビナフチルを用いた環化反応は、困難が予測されましたが、長谷川先生に「とりあえずNi(0)で巻いてみたら?」とのアドバイスをうけ、半信半疑で反応をかけてみましたが、、、、、、、、、やっぱり環を巻きませんでした。その後、自分なりに、濃度などの反応条件を検討することでなんとか無事に環状化合物を再現よく合成できるようになりました。

Q4.将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は趣味で、山登りとサイクリングをするのですが、どちらも黙々と目標に向かって地道に突き進むという共通点があります。登りきった、あるいは走りきった先には素晴らしい景色があり、なんとも言えない達成感があります。これは、新しくも困難な分子を創造することもそれに似ていることに最近気がつきました。
しかし、研究では、自分で山を作り、道を切り拓く必要があります。中でも、有機化学は無限の可能性を秘めており、どんな骨格をも作ることができるので、有機化学を学びたいと思いました。特に、π共役系化合物が作る美しい形に強く惹かれます。「美しい分子には機能性が宿る」という信念(?)のもと、周囲が驚くような一度見たら忘れられないような分子を創り出していきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

有機合成では上手く行くと思った反応が進まないことが多々あります。特に、環状共役系化合物をターゲットにしている場合は、環を巻かないことがよくあります(指導教員は絶対環化するはずだと根拠なしに豪語しますが…)。
今回のテーマにおいても、実際に環を形成するかどうかが大きな課題の一つとなっていました。しかしながら、今回の化合物を合成することが可能だったのは、化合物の構造を手にとって見てみるという点だと思います。実際に分子模型を組んでみることで、どこの骨格が「きつそうだな…」や「いけそうだ!!」などが直感的に伝わることに加え、2Dよりも3Dで見た方が圧倒的に合成欲に火がつきます。

新しい化合物を合成する際は、「第一に、分子模型を組む」ということを皆様にも是非おすすめしたいと思います。(分子模型を作ったら分子軌道計算用の座標を生成してくれるアプリを誰か作って欲しい!)
最後に、この研究は北里大学理学部化学科、分子機能化学講座の皆様をはじめ、近畿大学の今井喜胤准教授、原伸行さんのご協力のもとで行うことができました。研究室主宰の真崎康博教授や指導教員の長谷川真士講師には公私とも(お酒の席でも)大変お世話になりました。この場を借りて御礼申しあげます。

研究者の略歴

名前:野島 裕騎 (写真左)

所属:北里大学大学院理学研究科
分子科学専攻分子機能化学講座 (真崎研究室)

研究テーマ:キラルな環状化合物の合成と性質調査

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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