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化学書籍レビュー

シュライバー・アトキンス 無機化学 (上)・(下) 第 6 版

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内容

この”無機化学 第 6 版” の目的は, 多様で魅力的な無機化学という学問の現在の姿を完全な形で紹介することである. (中略) 本書は化学の初学者にとって優れた教科書になると確信している. 本書では, 無機化学の知識を得て理解するための理論的な基礎的事項を提供している, このことは, ときとして途方に暮れてしまいがちな記述的な化学の多様性を合理的に説明するための手助けとなっている. また, 学生は無機化学の最新の研究について何度も議論する機会を得ることで, この学問の最先端を知ることができるため, 教育プログラムの後半に履修する多くの講義を補足することにもなるであろう.

(引用: 上巻の前書きより)

対象

大学生以上、研究者

はじめに

無機化学の教科書としては、最も有名だと思われる教科書ですが、最近、第 6 版の日本語版が出版されました (上巻 : 2016 年 9 月、下巻 : 2017 年 1 月)。院試に向けて必要になるかもしれないと思ったので、思い切って購入しました。

概要

本書は、おおまかな構成は以下のとおりです。

第 I 部 基礎

第 1 – 3 章             原子·分子·固体の構造

第 4, 5 章               酸と塩基、酸化と還元

第 6 章                   分子の対称性

第 7 章                   配位化合物入門

第 8 章                   無機化学における物理的測定技術

第 II 部   元素と化合物

第 9 章                   周期性

第 10 ­– 18 章         典型元素化合物の化学 (「第 16 章 16 族元素」以降は下巻)

第 19 – 23 章         d ブロック元素、金属錯体、有機金属化学、f ブロック元素

第 III 部 最先端の研究

第 24 章                 材料科学とナノ材料

第 25 章                 触媒

第 26 章                 生物無機化学

第 27 章                 医学における無機化学

「第 I 部 基礎」では、波動関数や原子軌道のような量子論の原理、あるいはエンタルピーとエントロピーといった化学熱力学の基礎を用いて、化合物の構造や性質が記述されています。説明文自体は定性的ですが、ときとして数式も登場し、合理的に理論が展開されています。

「第 II 部 元素と化合物」では、第 I 部で説明された原理を基本にして周期表に現れる全ての元素の性質を系統的に解説しています。「第 9 章 周期性」という章から始まり、「第 10 章 水素」、「第 11 章 1 族元素」… のように周期表の主要族元素の化学が各論的に記述されます。加えて、d ブロック元素、d 金属錯体、配位化学、有機金属化学そして f ブロック元素についてもそれぞれ章が設けられています。

最後の「第 III 部 最先端の研究」では環境科学、触媒化学、材料化学あるいは薬学といった研究領域で利用されている無機化合物における基礎的な概念とその応用例が紹介されています。

解説

無機化学は、周期表のすべての元素を扱います。そのため、炭素を含む化合物を主とする有機化学よりも、無機化学には多彩な化学が潜んでいます。逆に言うと、有機化学で扱わない化合物群が、無機化学に押し付けられており、学生からすると「各論的で暗記ごとが多い!」という印象を受けます。

しかしながら、この教科書を利用すれば、無機化学の基礎的な考え方を用いて、周期表の元素を総合的に理解することができます。加えて、先端研究のトピックまで詳細に解説されているため、学部生が授業の参考書として使用するだけでなく、研究室に配属されてからでも、授業で学んだ知識を研究活動に結びつけるために役に立つバイブルだと思います。

教科書として良い点は、まず図が豊富で見やすいことです。例えば、「第 3 章 単純な固体の構造」では、以下のようなカラフルな図があり、結晶の 3 次元的な構造を把握しやすいです。

図がカラフルで見やすい。(図は本書の上巻から引用)

また、本書は上·下巻合わせて 1000 ページ程度もあり、実にボリューム満点なのですが、各節の冒頭に要点があり、何を理解すれば良いのかが明示されていることも嬉しいです。各節の要点の一例を下に示します。

要点 間隙の占有に基づいて表現される重要な構造には、塩化ナトリウム (岩塩) 型構造、塩化セシウム型構造、閃亜鉛鉱型構造、蛍石型構造、ウルツ鉱型構造がある

 (第 3 章 3-9 イオン固体の特徴的構造 (a) 二元系 AXn より抜粋)

後に続く本文では、上に紹介されたイオン固体の構造について、それぞれ具体的なイオンの並び方が詳細に記述されています。しかし、この節では「一口にイオン結晶といって、いろんなイオンの並び方がある」くらいを読み取ればよいみたいですね。こう言われると、分厚い教科書ですが勉強するにあたって肩の荷がおります。

なお、恥ずかしながら私自身は、無機化学と聞けば、体心立方格子とか面心立方格子とかナントカにおける原子の充填率を計算するなど、名実ともに “無機質である” という印象を持っていました。しかし、本書では「それぞれの結晶構造にどのような隙間 (間隙) があって、それをどのように利用すると固体材料 (電池材料、センサー、あるいは半導体) のどんな機能につながるか」までが展開されています (第 3 章および第 24 章)。したがって、単に事実の羅列を暗記するのではなく、知識に肉付けしながら学習をすすめることができると思います。

「そんなこと言われても、俺 (私) は有機化学系の研究がしたいんだ! (or しているんだ!)」

と、かたくなに無機化学を拒否している学生にとっても、この教科書は一読の価値があります。

なぜなら、いまや有機化学においても、金属触媒を用いたカップリング反応に代表される有機金属化学が台頭しており、錯体化学の知識の習得が欠かせないからです。本書では有機金属錯体の構造に関して、分子軌道の観点から丁寧な説明があり、上·下巻を合わせて読めば錯体化学を総合的に理解できます (上巻第 6~7 章, 下巻第 19~23 章などを参照)。

加えて、有機金属錯体の反応性についても、詳細に解説されています。そのため「有機金属錯体の反応って、巻矢印を描いてみてもいまいち理解できない」と思っている学生 (私のことですが…) にとっても有益な情報が満載です。

有機金属錯体に関する記述。金属原子 Cr がベンゼンにサンドイッチされたような構造を持つ分子であるビス(ベンゼン)クロム (41) と、その化合物の結合状態についての説明 。(図は本書の下巻から引用)

本書との付き合い方

記事の冒頭で抜粋した前書きには、「本書は化学の初学者にとって優れた教科書になると確信している」と書いていますが、おそらく、大学の新入生が意気込んでこの教科書を読もうとすると面食らいます。

というのも、本書は第 1 章から波動関数、分子軌道、エンタルピー、エントロピーのような物理化学で習得するべき用語がふんだんに登場し、それらの予備知識なしには混乱してしまう恐れがあるからです。もちろん、本書の中でもそれらの基礎知識の解説はありますが、やや天下り的に感じるかもしれません。しかしながら、本書を読み解くことができれば、物理化学の理論が実際の化合物の性質にどのような彩りを与えているかを知ることができるため、無機化学と物理化学の双方の理解が深まります。

したがってはじめて読むときは、もやもやするかもしれませんが、粘り強く何度も読み返すか、物理化学と並行して読み進めることをお勧めします。

改定を受けて

最後に、第 6 版に改定されてどう変わったのかを比較したので、簡単に紹介しておきます (ただし、前の版は学校の図書館でチラ見しただけなので、細かい部分は気づいていないかもしれません)。

最もわかりやすい変化としては、本のサイズが変わったことです。つまり、もともと A5 サイズでしたが、 B4 サイズに大きくなりました。個人的には、この大きさの方が好きです。なぜなら、見開き 1 つに収まる情報量が多くなり、図と本文を同じページ上で見比べることができる機会が増えたからです。

内容の面では、第 II 部に「第 9 章 周期性」という章が設けられています。そこでは、周期表における元素の性質の規則な変化 (周期律) が整理されており、さまざまな元素の各論を学ぶ前の準備、あるいは各論を学んでからの復習に役立つ内容になっていると思います。

また、第 III 部の「第 27 章 医学における無機化学」は、改定前には「第 26 章 生物無機化学」に収められていた内容ですが、改定によってトピックが増加し、新たに章として独立しました。他にも、改定前には下巻に書いていた内容が上巻に移動する、あるいは、逆に下巻から上巻に移動する、というようなちょっとした変更はいくつかありましたが、内容の面では大幅な変更はみられませんでした。したがって、本書は改訂によって無機化学の定番の教科書としてパワーアップしており、化学系の学生なら分野を問わず持っていて損のない教科書であると思います。

その他の関連書籍

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やぶ

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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