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創薬における中分子

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ここ10年の間で、低分子・高分子の間の化合物の分類として 中分子 という言葉が台頭してきました。一大創薬モダリティの一つとして既に耳馴染みの方も多いかと思いますが、本記事では言葉の整理がてらに中分子創薬について簡便に解説します。

中分子の定義

どこからが中分子とするか、学会などにより明確に定義された例はありません。ただし分子量で分類する場合、M.W. 500 未満を低分子、それ以上で、ある程度の分子量までが中分子とされる場合が多いです。低分子ではリピンスキーの「ルール・オブ・ファイブ」が経口吸収性を担保する一つの指標とされますが、中分子は基本的にそのルールには当てはまりません。分子量の上限に関しては現在でも特に曖昧で、おおよそ 15 万程度の分子量を持つといわれる抗体医薬は高分子に分類されますが、15,000 程度の分子量を有する核酸医薬は主に中分子に分類されます。上限に関しては、分子量よりもペプチド核酸などのモダリティに属しているかどうかで判別されることが多いようです。ただ、多くは分子量 500-5,000 (2000 とする総説もあり) 程度の分子が中分子と分類されています。

タンパク質間相互作用と中分子

中分子の標的として重要なのが タンパク質間相互作用 (protein-protein interaction; PPI) です。生体内のタンパク質は複雑なネットワークを構築しており、数種のタンパク質が相互作用することにより生理機能を発揮する場合が多数見られます。そのタンパク質どうしの相互作用面積は一般的な低分子薬よりも大きく、従来の創薬手法では標的とするのが困難であるとされてきました。しかし、分子量の比較的大きい中分子が PPI 阻害に適していることが判明し、PPI 阻害剤としての中分子創薬はそれ以降飛躍的に発展しました。

創薬化学上の中分子の利点

中分子が PPI 阻害に適しているのは単に分子量が大きいからだけでなく、創薬化学上のさまざまな利点があるためだと言われています。低分子、中分子、高分子それぞれのモダリティの特徴をに示します。

低分子 中分子 高分子
分子量 <500 500-20,000 10000<
経口吸収性 不可
膜透過性 付加
 PPI標的可能性 不可
標的分子への特異性
化学合成の可否 不可
コスト

表からも読み取れるように、中分子は分子量以外にも低分子と高分子の間の特徴を多く持っています。開発時の大きな問題である薬物動態に関しては、場合によっては経口吸収が可能で膜透過性も悪くない (構造にもよりますが)、という点が中分子の売りになります。また低分子では困難な PPI を標的にでき、オフターゲット効果 (標的以外の分子への影響) を抑えやすいという利点もあります。また中分子は低分子と同様、基本的には化学合成が可能な範囲内の分子量・構造を有し、抗体医薬などの高分子に比べて開発・製造コストを抑えられることも利点になります。

中分子医薬の例

臨床応用されている中分子の例として挙げられることが多いのが、大環状ペプチド化合物であるシクロスポリンです。

シクロスポリン

シクロスポリンAやポリミキシンBなどは特殊ペプチドとも呼ばれ、構造中に D-アラニンなどの変わったアミノ酸を含むのが特徴です。これにより、生体内に存在するタンパク質分解酵素の影響を受けにくくなっており、経口投与でも良好な薬物動態を示します。特殊ペプチドに関しては別記事に詳しい解説がありますので、そちらをご参照ください (参考記事: 特殊ペプチド Specialty Peptide)

核酸医薬は一般に「核酸あるいは修飾核酸が十数〜数十塩基連結したオリゴ核酸で構成され、タンパク質に翻訳されることなく直接生体に作用するもので、化学合成により製造される医薬品」とされ、アンチセンスオリゴヌクレオチドsiRNAアプタマーデコイ核酸CpGオリゴなどが挙げられます。アンチセンスオリゴヌクレオチドには脊髄性筋萎縮症治療薬であるヌシネルセン (スピンラザ®) が、siRNAにはトランスサイレチン型アミロイドーシス治療薬であるパチシランナトリウム (オンパットロ®) が既承認薬としてあります。その他、核酸医薬は国内外で多くの承認薬があり、中分子医薬の中でも開発が進んでいるモダリティとなります。承認された核酸医薬品の表を以下に引用します。

出典: 国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子医薬部ホームページ

核酸医薬のもう一つの特徴は、表からも読み取れる通り、遺伝性の難病治療薬として有望ということです、どうしてもコストは高くなってしまう傾向にあります (スピンラザ®髄注12mg」承認時の 1 バイアルあたりの薬価は 9,320,424 円) が、他に掛け替えのない医薬品と言えるでしょう。ただ核酸医薬は中分子医薬の利点として挙げた経口吸収性や膜透過性が悪く、今のところ注射剤としての使用しかできないという欠点もあります。核酸という分子自体の性質からは脱却できないため、経口吸収性を含めた体内動態を改善する DDS などの製剤技術がより幅広い応用の鍵を握っています。

天然物も代表的な中分子の一群であり、先に挙げた大環状ペプチドのシクロスポリンや、ペプチドではありませんがシクロスポリンと同様に大環状構造を持ち免疫系に作用するマクロライド化合物のタクロリムスラパマイシンなどが挙げられます。また抗がん剤のパクリタキセルエリブリンも天然物由来の中分子医薬品に分類されることがあります。天然物創薬は一時下火になってきている扱いを受けることも多くありましたが、天然物の作用機序にも PPI を阻害するものが多くあり、再興モダリティとしてその価値が見直されてきています。

公的に利用できる中分子化合物ライブラリ

日本医療研究開発機構 (AMED) を中心に、アカデミアなどの公的機関でも利用可能な中分子化合物ライブラリの整備が進められています。まさに中分子創薬の発展はは国策の一つに位置付けられていると言えるでしょう。

  • これまで創薬総合支援事業(創薬ブースター)での支援が決定したテーマに限定されていた、DISCライブラリーのうち、中分子ライブラリーについてアカデミアでの利用が可能になります。
  • 中分子ライブラリーの一部を東京大学創薬機構に移管し、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業BINDSの支援の仕組、ワンストップ窓口を通じて提供申請を受付します。
  • 次世代創薬シーズライブラリー1万5千化合物の移管から始め、令和5年度までに10万化合物程度の中分子ライブラリーがアカデミアでも利用可能になる予定です。
  • DISC中分子ライブラリーの活用拡大とBINDS創薬支援機能の拡充により、アカデミアへの創薬支援の強化を図ります。

https://www.amed.go.jp/news/release_20210219-02.html より引用

おわりに

さまざまなモダリティが林立する中、低分子の延長とも言える中分子はケミストがその開発に深く携わり、合成技術によって更なる発展を遂げられる余地を多く残しています。創薬化学者を目指す皆様には、本記事をきっかけに中分子医薬へ興味を抱いてもらえれば幸いです。

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核酸医薬の物語1「化学と生物学が交差するとき」

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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