概要
ニューマン・クワート転位(Newman–Kwart Rearrangement, NKR)は、Melvin S. Newman(Karnes)[1] と Harold Kwart(Evans)[2] が1966年に独立して詳しく報告した反応に名を由来する。加水分解と組み合わせることで、フェノールを芳香族チオール(チオフェノール)へ変換する古典的かつ信頼性の高い手法として広く用いられる。この「フェノール→チオフェノール」変換自体は、Karl Freudenberg(1927年)[3] と Alexander Schönberg(1930年)[4] による先駆的研究にさかのぼる。
フェノールの水酸基を、まず O-アリール N,N-ジアルキルチオカルバメート(または O-アリールチオンカーボネート)へと変換する。これを高温(一般に 200–300 °C)で加熱すると、酸素上のアリール基が硫黄へ移動する [1,3] O→S 転位(チオノ→チオロ転位)が起こり、S-アリール N,N-ジアルキルチオカルバメートを与える。最後にこれを加水分解すると チオフェノール(Ar–SH) が得られる。すなわち「フェノール(Ar–OH)→ チオフェノール(Ar–SH)」を、安定で取り扱いやすい中間体を経由して達成する。転位の駆動力は、熱力学的に不安定な C=S 結合が、より安定な C=O 結合へ変換される点にある。[6]
近年は、パラジウム触媒や光レドックス触媒、電気化学的手法によって、従来の高温を必要としない 温和な条件下でのNKR も可能になっている。反応全般の最新の到達点は、2025年の総説にまとめられている。[22]
反応機構
中性(純熱的)条件での NKR は、四員環(あるいはそれに類する)遷移状態を経る協奏的・分子内 [1,3]-シフトであり、実質的に「分子内の芳香族求核置換(intramolecular SNAr 型)」として振る舞うと考えられている。すなわち、チオカルバメートの硫黄(C=S のチオノ硫黄)がイプソ炭素を分子内で攻撃し、C–O 結合が切れて C–S 結合が生じる。速度論的には一次で、活性化エントロピーは負(秩序だった環状遷移状態と整合)とされる。[6]
機構に関する主な知見は以下の通り:
- 分子内・一次反応:かつてマイクロ波実験に基づく速度論解析から二分子的機構が示唆されたことがあったが[8]、その後の詳細な速度論研究(濃度 0.11–4.70 M の広範囲で完全な一次減衰を確認)により、二分子性の見かけはマイクロ波加熱による過熱(superheating)アーティファクトに起因すると結論され、分子内一次反応であることが確定した。[7]
- DFT/計算研究:中性経路の活性化自由エネルギーは約 35–50 kcal/mol(30 kcal/mol超)と算出され、実験で必要とされる 200–300 °C という高温条件と整合する。[9] 計算・実験の双方から、中性反応では電子求引基(NO₂, CN, アシル基など)が反応を加速する(SNAr 的な負電荷を帯びた遷移状態/中間体を安定化するため)と理解されている。[9] 逆に電子供与基をもつ電子豊富な芳香環では反応が遅く、より過酷な条件を要する。[
- 立体(ortho)効果: 小さな ortho 置換基は Ar–O 結合まわりの回転を制限して反応を加速する一方、嵩高い ortho 置換基(t-Bu など)は立体圧縮により反応を遅らせる傾向が古くから指摘されている。[6]
なお、後述する 一電子酸化(ラジカルカチオン)条件では機構が異なり、活性化障壁が大きく下がる(20 kcal/mol 未満)とともに 置換基効果が逆転して電子豊富な基質が加速される。[9][12] また、チオカルバメートの窒素は N,N-二置換(例:N,N-ジメチル)である必要がある。N–H 体は加熱するとイソチオシアナートへ分解しやすく、望みの転位が進みにくい。
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み:出発物が入手容易で多様な フェノールであること、対応するハロゲン化アリールやアニリンを必要としないこと、そして中間体である O-アリールチオカルバメートが安定な結晶で取り扱いやすいことが利点である。位置特異的に「その芳香環のその位置の OH を SH に置き換える」変換を実現できる。
弱み・限界:古典的な熱条件では 200–300 °C という高温が必要で、熱感受性官能基をもつ基質には適用しにくい。[6] また中性熱的条件は電子求引基で加速・電子供与基で減速するため、電子豊富な芳香環では過酷な条件を要し、分解・低収率になりやすい。[9] チオカルバメート窒素は N,N-二置換である必要があり、N–H 体はイソチオシアナートへ分解しやすい。
これらの弱点は、後述の触媒的・光化学的・電気化学的な改良法によって緩和されつつある。特に一電子酸化(ラジカルカチオン)を用いる系では 電子供与基が逆に加速側に働くため、熱的条件が苦手とする電子豊富基質を室温付近で処理できる。[9][11][12]
改良法:マイクロ波加熱による反応時間短縮と困難基質への適用[17][18]、Pd触媒による約100 °Cへの低温化[10]、超臨界条件での連続フロー化[16]、純水中でのマイクロ波法[15]、可視光レドックス触媒による室温NKR[11]、一電子酸化による選択性反転[12]、電気化学的(電解触媒)NKR[13][14]、そして2025年に報告されたビスマス(III)触媒によるヘテロアリール系への展開[23] まで、条件は大きく多様化している。
| 手法 | 主な出発物 | 長所 | 短所・制約 | この手法が向く場面 |
|---|---|---|---|---|
| 本反応(NKR) | フェノール | フェノールを直接活用/ハロゲン化物不要/中間体が安定・取扱容易 | 高温(触媒法で緩和可)/電子豊富基質に弱い | フェノールが入手容易でハロゲン化物・アニリンが使いにくい時、OH→SH を位置特異的に行いたい時 |
| ハロゲン化アリール+硫黄求核剤(チオ尿素等) | アリールハロゲン化物 | 直接的 | 位置選択性・副反応の懸念 | ハロゲン化物が起点の時 |
| Pd/Cu触媒 C–Sクロスカップリング(例:チャン・ラム・エヴァンス カップリング) | ArX / ArB(OH)₂ + チオール等価体 | 温和・官能基許容性が高い/SR を直接導入可 | 触媒・配位子コスト/遊離チオールは触媒毒・単離困難で二段階化しがち | チオエーテル(SR)を直接導入したい時 |
| ジアゾニウム/キサントゲン酸経由(古典的Leuckart系) | アニリン→ジアゾニウム | 古典的に確立 | ジアゾニウムの不安定性・安全性 | 適切なアニリンが起点の時 |
遊離の芳香族チオールが反応性に富み(ジスルフィド化・スルフィド化しやすく)単離が難しいため、実務上は「いったん保護されたチオール等価体を導入し、後で脱保護する」二段階戦略が主流になっている。[21] 本反応(NKR)は、まさに「安定なチオカルバメート等価体を導入 → 加水分解で遊離チオールへ」という枠組みに沿った古典的かつ信頼性の高い方法として位置づけられる。
反応例
Pd触媒を用いると、従来 200–300 °C を要した転位が 約100 °C で進行する。[10]
可視光レドックス有機触媒による一電子酸化を鍵とする光レドックス NKR は、室温で進行し、広い官能基許容性を示す。ラジカルカチオン機構により、熱的条件が苦手とする電子豊富基質にも適用できる。[11]
ビスマス(III)触媒(2025年): ヘテロアリール系の O-チオカルバメートに対する Bi(III) 触媒 NKR が報告され、S-ヘテロアリールチオカルバメートの合成に用いられている。[23]
実験手順
2-ナフトール → 2-ナフタレンチオールの変換[5]
Step A:O-チオカルバメート化(チオカルバモイル化) 2-ナフトール(0.150 mol)を、水酸化カリウム(0.15 mol)の水溶液(約100 mL)に溶かす。ここへ、テトラヒドロフラン(約40 mL)に溶かした N,N-ジメチルチオカルバモイルクロリド(0.201 mol、約1.3当量)を、反応系を 10 °C 以下に冷却しながら 20〜30分かけて滴下する(内温は概ね 12 °C 以下に保つ)。析出した O-(2-ナフチル) N,N-ジメチルチオカルバメートをろ取・精製すると、収率 68〜73%(融点 約90〜90.5 °C)で得られる。
Step B:熱転位(O→S, Newman–Kwart 転位)と加水分解 得られた O-アリールチオカルバメートを、無溶媒でソルトバス中 270〜275 °C に約45分間加熱し、S-アリールチオカルバメートへと転位させる。続いて、水酸化カリウム(0.15 mol)・水(約10 mL)・エチレングリコール(約75 mL)とともに 約1時間加熱還流して加水分解する。後処理・蒸留により 2-ナフタレンチオールが収率 71〜80%(沸点 約92〜94 °C / 0.4 mmHg)で得られる。
実験のコツ・テクニック
- 古典的には無溶媒(neat)での 200〜300 °C 加熱が用いられるが、高沸点溶媒である ジフェニルエーテル(Ph₂O、沸点 約258 °C) に希釈すると、局所的な過熱や分解を抑えやすい。スルホランなど他の高沸点極性溶媒が用いられる例も報告されている。
- マイクロ波加熱では見かけの温度と実温度がずれる(過熱・温度振動アーティファクトが生じ得る)ことが速度論研究で指摘されており[7][8]、速度や機構を議論する際は注意が必要である。一方で、純水中でのマイクロ波法では電子求引基をもつ基質が短時間・高収率で転位した例も報告されている。[15]
- 生成するチオフェノール類は強い悪臭をもつため、作業は必ずドラフト内で行い、移送は注ぎ替えではなくシリンジ・カニューレを用いるとよい。器具・廃棄物の消臭・無臭化には 次亜塩素酸ナトリウム(ブリーチ)による酸化が第一手段として紹介されている。
参考文献
- Newman, M. S.; Karnes, H. A. J. Org. Chem. 1966, 31, 3980–3984. DOI: 10.1021/jo01350a023
- Kwart, H.; Evans, E. R. J. Org. Chem. 1966, 31, 410–413. DOI: 10.1021/jo01340a015
- Freudenberg, K. et al. Ber. Dtsch. Chem. Ges. (Chem. Ber.) 1927, 60, 232
- Schönberg, A.; v. Vargha, L. Ber. Dtsch. Chem. Ges. (Chem. Ber.) 1930, 63, 178–180. DOI: 10.1002/cber.19300630125
- Newman, M. S.; Hetzel, F. W. Org. Synth. 1971, 51, 139–142.(Coll. Vol. 6, 824; 1988). DOI: 10.15227/orgsyn.051.0139
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関連反応
外部リンク
- Newman–Kwart rearrangement – Wikipedia(英語)
- Newman–Kwart Rearrangement – organic-chemistry.org
- チオフェノール – Wikipedia(日本語)
- チオール類の取り扱い・悪臭対策: Thiophenol – Wikipedia(英語): UCLA “SOP for Using Stench Chemicals”(PDF) / University of Minnesota “Stench Chemicals” fact sheet(PDF) / Not Voodoo “How to Work with Thiols”


































