[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

半導体・センシング材料に応用可能なリン複素環化合物の誘導体化

[スポンサーリンク]

第39回のスポットライトリサーチは、東京工業大学物質理工学院(三上・伊藤研究室)・博士課程3年、植田恭弘さんにお願いしました。

今回紹介する成果は、リンを含む4員複素環化合物に関する研究。物珍しい形状そのものな化合物に他なりませんが、そのような化合物が安定ビラジカルとして存在しつつ、半導体としての性能も示すと聞けば、誰しも驚くことは間違いないでしょう。プレスリリースおよび論文として公開されたことを機に、今回紹介させていただくこととなりました。

“Access to Air-Stable 1,3-Diphosphacyclobutane-2,4-diyls by an Arylation Reaction with Arynes”
Ueta, Y.; Ito, S.; Mikami, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2016DOI: 10.1002/anie.201601907

本研究を直接指揮・指導された伊藤繁和 准教授は、植田さんをこう評しておられます。

大抵の方々は、植田君の実験量を聞くとものすごく驚くのではないかと思います。有機合成化学の書物に書かれてある反応はすべて試してみないと気が済まないようです。さらに、有機化学に限らず、幅広い知識を得ることに非常に貪欲であるところも素晴らしい。そのような学生と研究している私は本当に恵まれている教員だと思います。彼は小柄な体型ですが、その小さな体には大変なパワーが秘められています。今回の研究成果をきっかけに、ますます面白い知見を見出してくれるものと期待しています。

それではいつものように、植田さんから現場のお話を伺っていきましょう。

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

4員環ビラジカル(1)に芳香環を直接導入する手法の開発です。

このビラジカルは、リン原子と嵩高い置換基によって安定化することで、室温・空気中で取り扱い可能となっている興味深い化合物です。最近、閾値電圧が低いp型半導体特性を示すことがわかり、特性向上が期待できる官能基の導入が求められていました。以前の検討で、芳香環を導入すると、芳香環の電子状態に応じてビラジカルの特性を制御できることがわかりましたが、合成上電子不足芳香環しか導入できませんでした。

そこで今回、求電子性の高いアラインと呼ばれる化学種を用いることで、半導体特性の向上が見込める電子豊富な芳香環を導入する手法を見つけることができました。さらに、得られた生成物については、半導体特性だけでなく、フッ化水素の検出に応用できる可能性を見出すことができました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この反応では、アラインを発生させるためにフッ素アニオンを用いていますが、このフッ素アニオンが生成した4員環ビラジカルにさらに付加してしまう反応が起こっていました。最初は何ができているかわかりませんでしたが、解析したところ、ビラジカルに形式的にフッ化水素が付加した化合物(2)であることがわかりました。この結果により、フッ化水素の付加に関する検討につなげることができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

フッ素が付加した副生成物(2)を抑えるのが一番大変でした。この生成物ができてしまうと4員環ビラジカルとの分離が困難になってしまうため、何とか副生しないような条件を見つける必要がありました。最終的に反応温度を検討することでこの副生成物2を抑制できましたが、反応終了後もフッ素アニオンが残っていますので、分液操作までを低温で行う必要がありました。これに関しては、-40℃くらいまで凍らないアセトニトリルと、アセトニトリルと分離するヘキサンのおかげで何とかなりました。本当にこの二つの溶媒には感謝です。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私はこれまで、4員環ビラジカルなどのヘテロ原子を含んだ環状ビラジカルの研究を学部生の時からずっとおこなってきました。博士課程の間は悔いが残らないように現在の研究を満喫していく予定です。その後は、ここまでに得られた専門性を維持しつつも、研究の幅を広げていき、視野を広く持った研究者として活躍していきたいです。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございます。

少し風変わりな分子の研究ですが、こんな化合物もあるのだなということを知っていただけたら幸いです。

研究はうまくいかないことも多くつらいこともありますが、私は研究室の仲間に支えられることで、ここまでやってこられたと思っています。皆さんも研究室等のメンバーを大事にし、時には競い合い、時には励まし合いながら、めげずに研究を頑張っていきましょう。

関連リンク

研究者の略歴

sr_Y_Ueda_1植田 恭弘 (うえた やすひろ)

所属:東京工業大学理工学研究科応用化学専攻 三上・伊藤研究室 博士後期課程3年

研究テーマ: リン原子の効果を利用した安定一重項ビラジカルの設計・合成・物性

経歴:1989年静岡県御前崎市生まれ。2012年3月東京工業大学工学部化学工学科応用化学コース卒業、同年4月同大学理工学研究科応用化学専攻修士課程に入学。2014年3月修士課程修了後、同年4月同大学博士課程に進学。2015年7-8月にかけて、University of St. Andrews (Prof. D. O’Hagan)へ留学。現在博士課程3年。

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感…
  2. 【10月開催】マイクロ波化学ウェブセミナー
  3. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」③
  4. ケムステV年末ライブ2023を開催します!
  5. ムギネ酸は土から根に鉄分を運ぶ渡し舟
  6. 国内最大級の研究者向けDeepTech Company Crea…
  7. 第54回天然有機化合物討論会
  8. 混合原子価による芳香族性

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 反応化学の活躍できる場を広げたい!【ケムステ×Hey!Labo 糖化学ノックインインタビュー②】
  2. [12]シクロパラフェニレン : [12]Cycloparaphenylene
  3. 第164回―「光・熱エネルギーを変換するスマート材料の開発」Panče Naumov教授
  4. 可視光レドックス触媒を用いた芳香環へのC-Hアミノ化反応
  5. ジピバロイルメタン:Dipivaloylmethane
  6. 第58回「新しい分子が世界を変える力を信じて」山田容子 教授
  7. アミール・ホベイダ Amir H. Hoveyda
  8. e.e., or not e.e.:
  9. 産総研「先端半導体研究センター」を新たに設立
  10. 工程フローからみた「どんな会社が?」~タイヤ編 その2

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年6月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP