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スポットライトリサーチ

分子集合の力でマイクロスケールの器をつくる

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第413回のスポットライトリサーチは、筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物性・分子工学専攻 (山本・山岸研究室)に所属されていた大木 理 さんにお願いしました。大木さんは現在、アイントホーフェン工科大学 Meijer Research Groupで博士研究員をされています。

山本・山岸研究室では、π共役分子等からなる超分子ナノ構造体の構築や、分子集合構造の配置・配向制御と機能発現について精力的に研究されています。

今回ご紹介いただく成果は、面キラリティーを持つπ共役分子について、形状、サイズ、配向が均一にそろったおわん型マイクロ結晶が溶液を基板上に滴下後10秒で生成することを見出したものです。このおわん型マイクロ結晶は、実際に溶液を保持する微小な器としても機能し、さらに多環式芳香族化合物を模した構造も取ることができるとのことです。本成果は Science 誌 原著論文とプレスリリースに公開されています。

Synchronous Assembly of Chiral Skeletal Single-Crystalline Microvessels
Oki, O.; Yamagishi, H.; Morisaki, Y.; Inoue, R.; Ogawa, K.; Miki, N.; Norikane, Y.; Sato, H.; Yamamoto, Y. Science, 2022, 377, 673–678. DOI: 10.1126/science.abm9596

大木さんは昨年のスポットライトリサーチにもご登場いただいており、今回で2回目のご登場となります。昨年の第327回スポットライトリサーチJACS に掲載されたお仕事についてで、今回のスポットライトリサーチでは Science に掲載されたお仕事についてインタビューをお願いしました!

研究室を主宰されている山本 洋平 教授から、大木さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

この研究は、お椀型の有機マイクロ結晶の形成を通じて、サイズ、形状、配向が揃った結晶の作製手法について言及した内容で、第一著者の大木理君の探究心、美的センス、そして粘り強さの集大成です。大木君がM1の時に開始してから、発表までに5年近くかかりましたが、Q3にも書かれているとおり、お椀結晶そのものは、研究をはじめてかなり初期の段階(2ヶ月後あたり)にはできていました。中には、乳鉢の中に乳棒が刺さったような構造もみられたことから、「1000分の1(ミリ)利休」などと名付けていました(笑)。しかし、このお椀型結晶のどこに新規性や一般性、インパクトがあるのかを見出すのに非常に長い時間を要しました。考えうるあらゆる仮説について検証していく中で、山岸助教が「このお椀結晶、サイズが全部同じでは?」という点を指摘し、そこを一番の推しとする方向で論文をまとめました。当初は高分子のリビング重合になぞらえ、「Living Uniaxial Assembly of …」というタイトルで論文を投稿しましたが、レビュアーから、「高分子の用語を結晶工学に転用することに何の利得もない」との辛辣なコメントをうけ、「Synchronous Assembly of …」に変更しました。他にもかなりタフな指摘を受けましたが、一つ一つ対応し、論文受理に至りました。開始当初からは想像もしなかった研究になりましたが、自然のもつ美しさや面白さに魅了される内容になっていると思います。自己組織化による3次元マイクロ造形という点で、半分サイエンス、半分アートとして鑑賞していただいても面白いと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

皆さんは雪やビスマス結晶の外形に、その他多くの結晶とは異なる印象を感じたことはありませんか?結晶には「骸晶(がいしょう)」と呼ばれる一群が存在します.急速な結晶成長プロセスを経て形成される骸晶は,頂点や稜が発達した凹多面体形状で特徴づけられ,雪やビスマス結晶は身近な骸晶の代表例です.骸晶は,通常のゆっくりとした結晶成長プロセスでは表出し得ない結晶面や複雑な形状を示すため,骸晶形成の精密な制御ができれば,結晶材料に潜在する新たな機能の発掘が期待できます.しかし,骸晶はその急速な結晶成長様式のために,形状や大きさ,配向性をそろえることが困難です.

本研究では,面キラリティをもつ共役分子を基板表面で自己組織化させることにより,同一形状、均一サイズ,かつ一軸配向したお椀型多面体マイクロ単結晶(骸晶)の作製に成功しました.このお椀型マイクロ結晶は,基板表面にわずか10秒程度で一斉に形成します.また,溶液濃度やキラリティの条件を変えることで,より複雑で精緻なお椀型多面体形状の結晶を形成することが可能です.得られた凹多面体マイクロ結晶は実際に液体を保持する微小な器としても機能し,さらには多環式芳香族炭化水素を模した敷き詰め構造の形成も可能です.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

自己組織化を検討し続けた末に,基板上で直立したお椀型マイクロ結晶の群生を目のあたりにした瞬間です.実のところ,本研究のきっかけは円偏光発光分子である(S)-CP4から光共振器に適したマイクロ構造体を成形するために、自己組織化の検討を続けていたことが発端となります.通常の自己組織化手法を試し尽くすも適したマイクロ構造体が得られなかった折に,加熱して強引に溶解させた(S)-CP4の熱エタノール溶液を熱々のまま基板に滴下してみました(図1A).荒々しい自己組織化手法とは裏腹に,リソグラフィーで造形したかのような精巧なお椀構造体が基板一面に突如として現れた瞬間は,その美しさと分子集合の底知れぬ力に驚嘆しました.後日,お椀結晶のSEM写真に加え、粉末X線回折パターンに配向成長を反映した1本のみの回折ピークを見た山本先生の「何これ!?ホントに分子の結晶?」というリアクションを皮切りに,お椀結晶の謎に迫る長い旅が始まりました(図1B).

図1. (A) 本研究で用いた面キラルπ共役分子(S)-CP4の自己組織化方法.(B) 基板上に形成したお椀型マイクロ結晶のSEM写真ならびにPXRDパターン.

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

先の話からも察して頂けるように,この研究はお椀型結晶が群生するという結果が先行する形で始まりました.そのため,「この結果にはどのような新規性とインパクトがあるのか」というコンセプトを見出し,論文のストーリーを見出すまでのプロセスに長い時間を費やしました.様々な着地点を見据えて実験をしましたが,このお椀結晶に潜むインパクトを掴みあぐねること数年,山本先生と山岸先生とのディスカッションを重ねる中で,「そもそも形状制御が困難な骸晶がこんなにも形状,サイズ,配向を揃えて形成している事実こそがこの結果の一番の驚きでは?」という視点に至ります.この観点から改めてデータを見直すと,これまでバラバラであった単結晶構造,過飽和濃度に依存する形状,結晶成長プロセスの動画等々のデータがたちまち一つの大きなデータへアセンブルされていきました.こうした契機を経て,(S)-CP4同士の分子間相互作用(ナノ),凹面の形成に必要なスケルタル結晶成長の進行(メソ),そして溶液全体の濃度変化(マクロ)の各スケールの事象が協奏することでお椀型結晶の一斉形成が達成されていることを明らかにし,本研究が骸晶形成を均一に制御した稀有な事例であることを示すことができました(図2 A, B).

図2. (A) お椀型マイクロ結晶1粒子からのX線回折逆格子スポット、およびお椀型マイクロ結晶内部の分子パッキングの模式図.(B) お椀型マイクロ結晶成長における成長様式の時間変化と(ii)における六角プレート形成,(iii)におけるエッジ(頂点)成長,(iv)におけるファセット(面)成長に対応する模式図.

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

以前の研究をスポットライトリサーチで取り上げて頂いた際に,『「こんなモノできるの?!」という新鮮さと驚きを併せもつ自己組織化の科学を突き詰めていきたいです.』と書かせて頂きました.これは今も変わらず僕が研究の道を続けている一番の原動力です.本研究が皆さんの驚きや好奇心を少しでも刺激できていたら嬉しいです.一方で,このお椀結晶には未だ明かすべき謎や技術的な課題が残されています.仮説をもとに継続の研究が進行中です.なお,僕自身は海外に所属を移し,現在は博士研究員として超分子ポリマーに関する研究を始めました.博士課程を経て培ってきた力と磨いてきた自分らしさを糧に,今後も分子集合の面白さを引きだせるような研究を続けていきたいと思います.

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究は予期せぬ幸運に恵まれた稀な例ですが,きっかけは目の前のできることに尽力する姿勢にあったと思います.熱エタノール溶液を熱々のまま滴下するというアグレッシブな行動からも,なんとかして(S)-CP4のマイクロ結晶を得ようと必死だった当時の心境が思い返されます.目の前のできることに真摯に取り組み,「うまくいかない」には納得がいくまでぶつかる.この姿勢がもつ力は偉大です.

最後になりますが,本研究を紹介する貴重な機会を与えて頂きましたChem-Stationスタッフの皆様に深くお礼申し上げます.本研究は、(S)-CP4を含む魅力的な分子を合成・ご提供頂きました関西学院大学森崎教授,単結晶構造解析を引き受けてくださいました株式会社リガク佐藤様,お椀機能の実証に最適な光異性化分子をご提供頂きました産総研則包先生のご協力のもと,山本先生と山岸先生の卓越したご指導の上で形にすることができました.この場を借りて皆様に厚く御礼申し上げます.

研究者の略歴

名前:大木 理 (おおき おさむ)
所属:(当時) 筑波大学院数理物質科学研究科 物性・分子工学専攻 山本・山岸研究室
所属:(現在) アイントホーフェン工科大学 Meijer Research Group
専門:分子工学
略歴:
2017年3月 筑波大学理工学群応用理工学類 卒業
2019年3月 筑波大学院 数理物質科学研究科 物性・分子工学専攻 博士前期課程 卒業
2019年4月~2022年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2022年3月 筑波大学院 数理物質科学研究科 物性・分子工学専攻 博士後期課程 卒業
2022年4月~ アイントホーフェン工科大学 日本学術振興会海外特別研究員

関連リンク

  1. 研究室HP:筑波大学 数理物質科学研究科 山本・山岸研究室
  2. プレスリリース:お椀型多面体マイクロ単結晶の均一かつ精密な成長制御に成功
  3. 筑波大学ポッドキャスト「研究室サイドストーリー」 #013 ミクロの器ができました!形も作り方も珍しい結晶をご覧あれ/数理物質系 山本洋平 教授

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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