▼2005年度 --トピックス ▼2003年度 --トピックス
▼2002年度
--トピックス --関連リンク --関連トピックス
▼2001年度
--トピックス --野依教授について --関連リンク --著書 --関連トピックス
▼2000年度
--トピックス
|
スウェーデン王立科学アカデミーは5日、2005年のノーベル化学賞をフランス人のイブ・ショバン仏石油研究所名誉研究員(74)、米国人のロバート・グラブス米カリフォルニア工科大教授(63)、リチャード・シュロック米マサチューセッツ工科大教授(60)の3氏に授与すると発表した。石油化学分野などに幅広く応用されている触媒反応の研究が評価された。(引用:日本経済新聞)
2005年ノーベル化学賞はNobelprize.orgの発表によれば " for the development of the metathesis method in organic synthesis" すなわち、「有機合成におけるメタセシス手法の開発」に与える、とあります。今回の受賞者は有機合成化学領域から選出されており、メタセシス反応を実用レベルにまで引き上げた化学者達です。中でもGrubbsは有機合成化学ではノーベル賞の最有力候補として前評判も高く、取るべくして取った感があります。 有機合成化学でのノーベル賞受賞者は、例えば、1965年化学賞のWoodwardおよび1990年化学賞のCorey(有機合成における幅広い業績)、1979年化学賞のBrown・Wittig(有機ホウ素・有機リン試薬による合成法の開発)などが代表的ですが、最近では2001年化学賞の野依・Sharpless・Knowlesの三者(触媒的不斉水素化・酸化反応の開発)が、日本人への授賞ということもあり、とりわけ印象深いと思います。 今回の授賞もそうですが、いずれの例にしても、化学合成の効率を飛躍的に向上させたり、既存の方法では不可能であった変換を可能にするなどして、化学合成の考え方を革新してしまうほどのインパクトある画期的な反応・方法論を開発していることが受賞を決定付けています。 本特集では"メタセシス"とは一体どういうものなのか、ということに始まり、受賞者達はそれぞれどういう研究を行い、どこが画期的で、どのあたりがノーベル賞級の仕事なのか?ということを主軸テーマとしてお話していきたいと思います。
▼ メタセシス反応とは??
メタセシス(Metathesis)という用語は、ギリシャ語のμετα = change, θεσιζ = position に由来し、「位置交換」を意味します。つまり、原子結合の組み替わりが起こる反応を意味し、一般式はスキーム1のように表されます。
反応剤がオレフィン(アルケン)の場合には、特にオレフィンメタセシス(Olefin Metathesis)とよばれます。反応自体は古くから知られていましたが(非触媒的には1931年の石油化学分野での報告が最初だとされています)、メタセシスという用語が使われ始めたのは1967年にCalderonが名付けてからです。スキーム2に示すように、二種のオレフィン結合の組み換えが起こり、新たなオレフィンが生成する反応になります。メタセシス反応の中でも、オレフィンメタセシス反応の研究および高効率な触媒の創製がノーベル化学賞の主たる受賞理由となったのです。
▼ オレフィンメタセシス:初期の研究〜Chauvin機構
オレフィンメタセシス反応を利用した化学合成に関しては、1950〜60年頃にポリマー分野で初期的報告が多くなされました。例えば、歪んだ環状オレフィンを有するノルボルネンがモリブデン触媒存在下重合し、不飽和ポリマーを与える反応が1957年に既に報告されています(スキーム3)。現在では開環メタセシス重合(Ring-Opening Metathesis Polymerization: ROMP)として知られる反応になります。
また、 ほぼ同時期にプロペンがエチレンとブテンに不均化する反応も報告され、これは現在でいうところの交差メタセシス(Cross Metathesis: CM)になります(スキーム4)。
反応例の報告が続く一方で、これらの反応はどのような機構で進行しているのか、ということは1960年代後半まで全く明らかにされてきませんでした。 今でこそ上の二つの反応が同じ原理で進行していると分かっていますが、その結論にたどり着くまでには幾らかの時間を必要としたのです。 初期研究の過程で、様々な反応機構仮説が数人の研究者によって提唱されました。提唱された反応中間体構造の例を図1に示しますが、結局、後々の実験・研究から正しいと結論づけられたのが、ノーベル賞受賞者の一人であるYves Chauvinが提唱したメタロシクロブタン中間体を経由する反応機構でした。
この中間体を経る"Chauvin機構"をスキーム5に示します。系中で生じたメタルアルキリデン化学種(金属-炭素二重結合を持つ化学種)とオレフィンが反応してメタロシクロブタンを形成し、メタセシス反応が進行するとされます。
この"Chauvin機構"の確立によって、触媒改良に役立ついくつかのアイデアが生まれましたが、後の発展に最も重要だったものは、メタルアルキリデン種が触媒前駆体として働きうる、というChauvin自身による示唆でした。どういう錯体がメタセシス触媒として機能しうるか全く分からなかった時代背景を考えると、相当に進歩的なアイデアであったことは想像に難くありません。事実、現在知られているメタセシス触媒は、その全てがメタルアルキリデン錯体です。「メタセシス触媒を開発したければメタルアルキリデン触媒を開発すればよい」という開発方針は大成功を収めたと言えます。Chauvinの卓越した先見的示唆が基盤としてあったからこそ、後のGrubbs・Schrockらの触媒開発に繋がった、というわけです。
結論としてChauvinは、反応機構研究を基盤とした合理的な触媒開発指針を提唱し、それがメタセシス化学の発展に大きく寄与した妥当性の高いものであったということに高い評価が与えられ、ノーベル化学賞受賞に至ったといえます。
▼ オレフィンメタセシス:画期的な触媒の開発
二重結合を切って直接つなぎかえるというメタセシス反応は、他に類を見ない変換法ゆえ、他の化学反応では絶対に合成できない化合物を作れるという潜在的可能性がありました。 しかしながら、良い触媒が無かった初期では相当に激しい反応条件を必要としました(初期の条件では、金属触媒存在下ですら500〜700度の高温加熱が必要)。大学で有機化学を学ぶ学生ならば比較的すぐに習うことなのですが、二重結合や三重結合は単結合よりも強く切れにくいというのが教科書的常識です。つまり、そもそもが無理を承知の変換なので、制御がきわめて難しい反応の一つとされてきました。 高いポテンシャルを秘めた反応ながら、精密有機合成に使うなどとは、到底考えも及ばない状況でした。
ところが、1990年代に、同じくノーベル賞受賞者であるRobert.H.Grubbs、Richard.R.SchrockらによってにRu-/Mo-アルキリデン触媒(図3)が開発されて以来、事情は一変しました。これらの触媒は、様々な官能基を侵すことなく、穏和な条件下オレフィンメタセシスを効率よく進行させます。この触媒のおかげで精密有機合成・実用化に堪えうる条件でメタセシス反応が進行するようになったのです。
これらの触媒およびメタセシス反応が精密合成化学へ与えたインパクトは想像以上に大きなもので、有機化合物の合成計画(逆合成解析)はこの十数年間でがらりと変わってしまいました。少々専門的な例を挙げますが、マクロライドなどの大環状化合物を合成する方法としては、山口法などのマクロラクトン化法が従来の定石でしたが、代わりに閉環メタセシス反応(Ring-Closing Metathesis: RCM)を用いることで全く違った経路で目的物にアクセス出来るようになりました(スキーム6)。また、数ヶ所の反応点でメタセシスを起こすというタンデム(ドミノ・カスケード)反応により、環状骨格を一挙に構築することも可能になりました(スキーム7)。
これらの方法論は、医薬品など複雑な骨格をもつ化合物の合成方針にダイレクトに影響を与えました。「炭素-炭素二重結合が化合物骨格を構築する為の足がかりとして使える」という思想は、他の数多の反応からは演繹できない全く新しい考え方でした。既知の化学変換法のほとんどは単結合を切って組み替える反応なので、ここに従来技術との決定的な違い・発想の進歩があったのです。メタセシス触媒の開発は、精密合成化学におけるパラダイムシフトをもたらした、といっても過言ではありません。 Grubbs・Schrockらのメタセシス触媒は精密有機合成のみならず、ポリマー合成にも大きなインパクトを与えました。官能基受容性が高いため、これまで合成することが困難であった多官能基性ポリマーも合成できるようになり、また触媒のデザインにより、サイクリックポリマーという全く新しい種類のポリマー合成法が開拓され、応用性・発展性の高い物質を作り出すことに成功しています(スキーム8)。
これら化学合成における画期的な変換は、Schrock・Grubbsらの開発した触媒無くしては実現しなかったことです。また彼らは同時に、錯体のX線結晶構造解析やメタセシス触媒の機構解析などの基礎研究により、実用面のみならず、学術的価値をも高めています。ノーベル化学賞に十分値する業績だといえます。
▼ 最後に
本特集では、主に2005年度ノーベル賞の受賞に至った決定的な点・受賞者の業績とその価値に特に焦点を当てて話を進めてきました。広く使われるいち人名反応でしかないのでは、という批判もあるでしょうが、結合の切断・組み替え様式自体が全く新しく、他の人名反応では到底及ぼすことの出来ないインパクトがあった反応であるのもまた事実です。 メタセシス反応に関して、もっと具体的な内容を知りたいという方は、関連リンクおよび「有機って面白いよね!!」の過去トピック、"オレフィンメタセシス"も合わせてご参照ください。 最後になりましたが、ノーベル賞を受賞され、化学の発展に寄与された方々に敬意を表し、この文を締めくくりたいと思います。おめでとうございました。 (2005.10.11 by cosine) ▼参考、関連文献 ・Historical perspective: ・
・
<ニュース・プレスリリース> <メタセシス反応に関するリンク> |
|||||||||