[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

シャンパンの泡、脱気の泡

[スポンサーリンク]

世間はすっかりクリスマスですね。イヴにはシャンパンで乾杯、という方もいらっしゃるでしょうか。フルートグラスを起ち上る泡の列はとても華やかですが、残念ながら筆者にはまだ縁遠い世界のようです。

一方、化学実験で泡といえば……? 筆者などは「脱気」操作を思い出します。これはつい最近、フラスコが割れないかビクビクしながら凍結脱気をした影響も大きいですが。

シャンパンの泡と脱気の泡、華やかさはまるで違いますが、両者はご存知「ヘンリーの法則」で結ばれています。脱気は実験の超基本操作ですが、筆者自身の勉強も兼ねて、ここにまとめておきます。学部生の方のお役に立てば幸いです!

シャンパンの泡の正体がアルコール発酵で生じた二酸化炭素であることはご存じの方も多いと思います。開栓前のシャンパンボトルは内圧が約6気圧にもなるということで、シャンパン中には約12 g/L(!)もの二酸化炭素が溶けているそうです。針金を外して放置しているとコルクが飛んだりしますが、それだけの圧が掛かっているのなら納得です。

 脱気が必要なケース

シャンパンに二酸化炭素が溶けているように、実験で使う有機溶媒にも様々な気体が溶けています。
特に酸素は最もありふれた酸化剤であり、

・有機金属試薬を用いる反応
・ラジカル反応
・チオールやホスフィンなど酸化されやすい化合物を含む反応

などの実験前には「脱気」という前処理をし、酸素を追い出す必要が出てきます。

脱気にもいろんなやり方があるようですが、筆者がよくやるのは「凍結脱気」と「アルゴンバブリング」の2つです。
しっかり脱気したいときは凍結脱気。一応やるか、程度の時はアルゴンバブリング。

 凍結脱気

凍結脱気の原理はわかりやすく、接する気相を真空に近くすることで酸素を溶けていられなくする、というものです。手順は以下の通り。 

0. コックをつけたフラスコに溶媒を(多くて3分の1)入れ、コックを閉める
1. 液体窒素などにつけて溶媒を凍らせる
2. コックを真空ラインにつなぎ、フラスコ内を減圧する
→溶媒は凍っているのでほとんど蒸発しない
3. コックを閉め、溶媒を溶かす
→溶媒中に溶けていた酸素などが出て行く

 凍結脱気を英語では「Freeze-Pump-Thaw (FPT) cycling」というようですが、この手順そのままですね。1から3を普通は3回繰り返し、最後にアルゴン(or窒素)を充填して終了です。

こう書くと何も難しいことのない操作ですが、個人的には溶媒を溶かすのがあまり得意ではないです。というのも、水以外の大抵の溶媒は固体より液体のほうが体積が大きいので、下手に溶かすとフラスコが割れてしまう……!
水に放り込まれた氷がピキピキ音をたてるのを聞いたことがあると思いますが、凍結脱気をしているときにピシッと音がすると、フラスコが割れる気がして毎度冷や汗をかきます。

アルゴンバブリング

そんな怖い思いをして厳密に脱気しなくても良いときは、アルゴンバブリングで済ませます。アルゴンなどの不活性ガスを吹き込みつつ30分程度撹拌するだけなので、こちらは本当に簡単です。

原理はやっぱりヘンリーの法則を利用したもので、気相中の「分圧」に比例するという点が効いてきます。つまり、液体に吹き込まれたアルゴンの泡内は酸素分圧がゼロなので、溶媒から酸素を吸い取りつつ泡が昇っていくという仕掛けです。何しろ放置しておけばよいので簡易脱気ならこれに限るのですが、30分程度かかるため、溶媒の揮発や空気中の水分の混入には注意が必要です。

 

ところで、こうした基本操作は各ラボ毎に独特の方法がある気がするのですが、いかがでしょうか。

例えば凍らせた溶媒を溶かすとき、筆者のいるラボではドライヤーを使うのが主流なのですが、初めて凍結脱気をやったときは「溶かすときはゆっくり」と勘違いしていたのでそれは大変でした(苦笑) 勘違いじゃなかったようです。下記の追記参照。

実際のコツは、
・底の方から急いで溶かす ※誤解を招き事故につながるとのご指摘をいただきました。下記の追記参照。
・溶媒はナスフラスコの断面積が狭くなるところより上には入れない
・凍らせるときはフラスコの壁面に沿うように凍らせる
辺りのようですが、筆者もまだまだ勉強中なので良い方法があったらぜひ教えてください!

2022/1/30追記:
凍結脱気の際は、底「だけ」温めてしまうと破損事故につながるので注意が必要です(圧力の逃げ場がないため)。
一番安全な方法は、上部からゆっくり溶かすことのようです。

筆者は100mLフラスコくらいの小スケールでやることが多く、その場合、フラスコの下方10~15cmくらいからドライヤーで温めます。このとき、一点に熱が集中しないようフラスコを回しながらあてます。しばらくすると凍った溶媒がフラスコからカポっと外れるので、あとは放置しようがどうしようが割れる心配はありません。

但しこのやり方(に限ったことではないですが)、スケールや容器、溶媒によっては危険です。
100mL フラスコやそれ以下ならともかく、大きいスケールになると危険は高くなりますし、NMRチューブでやる場合は特に割れやすいようです。また、熱膨張率や気体の溶け込みやすさでも危険度は変わります(筆者の経験ではヒドロシランの脱気は若干成功率が低かった印象)。

各研究室の文化にはそれなりの理由があることも多いですから、鵜呑みにはせず、しかし蔑ろにしないのが大事かと思います。
また(当然ですが)安全対策を講じた上で実験しましょう!
※本件についてご指摘や経験談を教えていただたいた方々にお礼申し上げます!

 関連リンク

 Degasification – Wikipedia

 ヘンリーの法則 – Wikipedia

関連書籍

arrow

投稿者の記事一覧

大学で有機金属触媒について研究している学生→発光材料や分子性電子素子を研究している大学教員になりました。 好きなものはバスケとお酒、よくしゃべりよく聞きよく笑うこと。 日々の研究生活で見、聞き、感じ、考えたことを発信していきます。

関連記事

  1. 有機硫黄ラジカル触媒で不斉反応に挑戦
  2. アスタチンを薬に使う!?
  3. 化学研究ライフハック:情報収集の機会損失を減らす「Read It…
  4. 「新反応開発:結合活性化から原子挿入まで」を聴講してみた
  5. 研究助成情報サイト:コラボリー/Grants
  6. バイオ触媒によるトリフルオロメチルシクロプロパンの不斉合成
  7. 科学カレンダー:学会情報に関するお役立ちサイト
  8. 化学系学生のための就活2019

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 還元的脱硫反応 Reductive Desulfurization
  2. アレクセイ・チチバビン ~もうひとりのロシア有機化学の父~
  3. 光電流の原子分解能計測に世界で初めて成功!
  4. 電子ノートか紙のノートか
  5. イナミドを縮合剤とする新規アミド形成法
  6. 栄養素取込、ミトコンドリア、菌学術セミナー 主催:同仁化学研究所
  7. 第107回―「ソフトマター表面の物理化学」Jacob Klein教授
  8. 第16回 Student Grant Award 募集のご案内
  9. 研究室でDIY! ~明るい棚を作ろう~
  10. 銀イオンクロマトグラフィー

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP