[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ちっちゃい異性を好む不思議な生物の愛を仲立ちするフェロモン

[スポンサーリンク]

幼稚園児小学生中学生と、わたしたち人間は年齢を重ねるほどに、からだが大きくなっていきます。単純にサイズが大きくなるだけではなく、からだつきもまた、男らしくあるいは女らしく発達していきます。

一方、年齢を重ねるほどにからだが小さくなるというと、わたしたちヒトではフィクションの世界です。でもね、地球上には、例外がいるのです。成長のたびにひとまわり小さくなることが、オトナの階段を登ること。直接的表現で言えば、有性生殖が可能になるということ。そういう生き物が実在するのです。

今まで生活環の調節機構がよく分かっていなかったのですが、秘められた生態の鍵を握る性フェロモンが、最近[2]になって単離され、化学構造が解明されました。今回の記事の主役、異性は小さくないと愛せない、河川・湖沼・海洋など水圏にただよう生き物の正体、見たり!

ヒトのフェロモンを期待していた方、すみません。過去記事をどうぞ(ケムステ記事『今度こそ目指せ!フェロモンでリア充生活』)。

 

年齢を重ねるほど小さくなる「生けるロリババア」は水の中にいた!これぞホントの合法ロリ?

年齢を重ねるたびに小さくなる生き物。その正体は植物プランクトン、ケイ藻のなかまです。

ケイ藻は、ケイ酸でできた殻を持った単細胞生物です。理科室でおなじみシャーレのように、二枚の殻が向かい合わさっています。親から受け継いだ殻の内部に、新しい殻を作って細胞分裂が完結するという特性状、増殖のため分裂するたびに、ケイ藻の殻は小さくなります(図を参照)

GREEN2012diatom2.png

無性生殖の細胞分裂だけで増殖するとケイ藻の個体群構成員は時間経過とともに殻のサイズが小さく!

ケイ酸質のガラスでできたようなケイ藻の殻は伸縮できず、細菌のペプチドグリカン・真菌のキチン・陸上植物のセルロースといった高分子多糖を骨組みとした細胞壁とは異なります。そして「うぅ 狭くてキツい!」と中身の細胞が悲鳴をあげたところで、ケイ藻は分裂しなくなります。そう、それはまさしくシンデレラのガラスの靴と同じ。グリム童話にあるように、つまさきやかかとといったからだの一部を、まさか実際には切り落とすわけにもいくまいし。

300px-Gustave_dore_cendrillon4.jpg

小さい靴にあう女の子を探すって王子さんももしやその気が!?

こうして、細胞分裂による無性生殖ではもう増殖はできないと、ケイ藻は判断します。こうなれば、次は有性生殖です。この場合、新しくゼロから殻を作り直すので問題なし。有性生殖はケイ藻の生涯で最期のイベントであり、言い換えると、からだが小さくなれるだけ小さくなったところでケイ藻はオトナになるということです。はっきり書いてしまうと、人間世界では男女がいっしょになると起こるおかしなこと をして次世代をつくれるようになるわけですね。

このとき、ケイ藻は性フェロモンを分泌して、あらかじめ繁殖適齢期のパートナーを呼び寄せます。性フェロモンを生合成する送信側をとすれば、鞭毛がニョキッと生えてきて運動能力を獲得する受信側はでしょうか。

ケイ藻は、およそこのような生活環で暮らしています。そのため、同種あっても、若い個体はサイズが大きく、異性をもとめるオトナの個体はサイズが小さいのです。

 

ケイ藻の性フェロモンとしてジプロリンを単離

ケイ藻が何らかの物質を性フェロモンとして合図にしていることは、数年前に実験証拠が報告されていました[1]。ケイ藻は水圏の生態系を構成する影響力の大きなメンバーであり、その生活環を物質レベルから解明することは、きっと価値あるものでしょう。そこで、新たに鍵を握る生理活性分子のモノ取り[2]です。

GREEN2012diatom3.png

ケイ藻(Seminavis robusta)性フェロモンジプロリンの構造

まず、小さなケイ藻を育てた性フェロモンの生理活性がある培養液と、大きなケイ藻を育てた生理活性がない培養液とを用意しました。このふたつについて、代謝産物の網羅解析(metabolome)を行い、化合物プロファイルを比較しました。そこで白羽の矢が立った化合物が、分子量194で3つの環状構造と2つのアミノ結合を持つジプロリンです。生理活性試験はと言うと、ジプロリンがケイ藻を引き寄せる作用が、確かに観察されました。リンク先にあるこちらの動画[2]を参照のこと。ラブラブじゃん!

Angewandte Chemie Supporting Information 【anie_201208175_sm_attraction_18seczoom.wmv

群がっていますが、実際には一対一で接合して、お互いに配偶子をやりとりし、次世代を作ります。こうして新たに生まれた個体は、遺伝情報にもとづきゼロからケイ酸の殻を作るので、若々しく大きな殻ができあがるわけです。
さて、ジプロリンの受容体タンパク質や、生合成過程の解明、やるべき課題はまだまだあります。環境制御など、何かの役に立つ日がくれば、素敵ですね。

 

参考論文

[1] ケイ藻に性フェロモンが存在することを示唆する実験証拠

“Novel Sex Cells and Evidence for Sex Pheromones in Diatoms.” Shinya Sato et al. PLoS ONE 2011 DOI: 10.1371/journal.pone.0026923
[2] ケイ藻の性フェロモンがどんな構造の化合物か正体をメタボローム技術で解明

“Metabolomics Enables the Structure Elucidation of a Diatom Sex Pheromone.” Gillard J et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2012 early view DOI: 10.1002/anie.201208175

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4569775365″ locale=”JP” title=”海の色が語る地球環境 (PHP新書)”][amazonjs asin=”4320056469″ locale=”JP” title=”湖と池の生物学―生物の適応から群集理論・保全まで”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. アカデミアケミストがパパ育休を取得しました!
  2. 「大津会議」参加体験レポート
  3. 耐薬品性デジタルマノメーター:バキューブランド VACUU・VI…
  4. 変わったガラス器具達
  5. ついったー化学部
  6. 息に含まれた0.0001%の成分で健康診断
  7. Goodenough教授の素晴らしすぎる研究人生
  8. 二核錯体による窒素固定~世界初の触媒作用実現~

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2019年ノーベル化学賞は「リチウムイオン電池」に!
  2. 2006年度ノーベル化学賞-スタンフォード大コンバーク教授に授与
  3. 薬学部6年制の現状と未来
  4. 生物活性分子のケミカルバイオロジー
  5. 尿酸 Uric Acid 〜痛風リスクと抗酸化作用のジレンマ〜
  6. 巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素層と酸素層の協奏効果―
  7. 5年で57億円かかるエルゼビアの論文閲覧システムの契約交渉で大学側が値下げを要求
  8. 平田義正メモリアルレクチャー賞(平田賞)
  9. インタビューリンクー住化廣瀬社長、旭化成藤原社長
  10. 真鍋良幸 Manabe Yoshiyuki

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

収率予測モデルが反応機構を語る!

第716回のスポットライトリサーチは、京都大学化学研究所(中村研究室)道場貴大 助教にお願いしました…

電気化学の勘どころ 対話でつかむホントの姿

概要対話形式で本質に迫る,電気化学の入門書.勘どころを押さえれば,複雑に見える現象の要点…

ペプチド合成におけるエピメリ化 Epimerization in Peptide Synthesis

概要ペプチド合成におけるエピメリ化(epimerization)とは、アミノ酸残基のα炭素の立体…

第63回Vシンポ「フォトキネティシズム:励起現象のマルチスケール速度論と革新的光機能」を開催します!

今年も夏本番の季節になってきましたね! さて、本記事は、第63回ケムステVシンポジウムの開催告知です…

アビディ アルキン合成/Abidi Alkyne Synthesis

概要アビディ アルキン合成(Abidi Alkyne Synthesis)は、米国魚類野生生物局…

第43回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

テーマ「創薬化学の新たな潮流 多彩なアプローチで未来を創る」 日時2026年11月11日…

圧力は「設定値」だけで決まらない【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

査読に AI を使われた体験談

生成 AI の普及は加速しており、調べもの、英文校閲など研究者の皆さんも活用していることと思います。…

フィーゼルマン チオフェン合成/Fiesselmann Thiophene Synthesis

概要フィーゼルマン チオフェン合成(Fiesselmann Thiophene Synthesi…

“とび跳ねる水滴”に潜む物理 〜接触時間とエネルギー源で読む撥水・防氷のテク〜

熱したフライパンに落ちた水滴が、玉になってコロコロと走り回り、冷えた面では、結露水が合体した瞬間に跳…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP