[スポンサーリンク]

一般的な話題

【速報】2015年ノーベル化学賞は「DNA修復機構の解明」に!

[スポンサーリンク]

スウェーデン王立科学アカデミーは7日、2015年のノーベル化学賞を英米の研究機関に所属する3氏に授与すると発表した。授賞理由は「DNA修復のメカニズムの研究」。日本人の3日連続の受賞はならなかった(引用:毎日新聞)。

 

「有機化学の年」はずれ!また、今回予想投票を行った候補者ばかりか、ノーベル化学賞候補者のなかにも名前がありませんでした。いやー、予想は本当に難しい。今回の受賞は生化学分野から「細胞内のDNA修復機構の解明研究」。その研究の先駆けとなる研究をおこなった、スウェーデン、トマス・リンダール博士、米国ポール・モドリッチ博士、トルコ出身のアジズ・サンジャル博士の3氏が受賞しました。

DNAの損傷から修復にかけての一連の流れを「分子レベル」で解明したのでれっきとした「化学賞」です。しかし、DNA修復機構は教科書にも載っている話であり、どのメディアでも受賞対象として見られていなかったのが不思議なぐらいです(むしろ受賞していないことをしりませんでした)。では、簡単に受賞者の研究を紹介していきましょう。

 

DNA修復とは

DNA(デオキシリボ核酸 )は皆さんご存知の通り、糖とリン酸、塩基からなる核酸のポリマー(ポリヌクレオチド)。2本のポリヌクレオチドが二重らせんをつくり、細胞の中心にいすわって、遺伝子情報の継承に重要な役割をもっている分子です。そんなDNAも有機分子なので、化学物質や紫外線による”攻撃”、複製の誤りなどで1日に何万回も損傷(化学反応)します。損傷したままですと、想像の通り遺伝子の継承に問題がでてしまいます。そこで、細胞はそれを修復することを行なうわけです。それを細胞によるDNAの修復と呼んでいます。ちなみに、どうしても修復できないものに関しては、細胞死(アポトーシス)といわれる細胞の”自殺”に導かれます。

こんな風に修復している...わけではない。

こんな風に修復している…わけではない。

では、DNAの修復と簡単にいいますが、前述したようにDNAは分子です。化学反応が起こった分子をどのように修復するのでしょうか。その機構を解明したのが今回の受賞者たちです。

 

DNA修復機構のしくみ

一言でDNAの修復のしくみといっても様々な機構があります。上述した2氏、リンダール博士、サンジャル博士はもっとも基本的な下記3つの修復機構に関連した研究を行いました。

 

  • 直接修復

DNAが紫外線に晒された際の修復機構です。紫外線によりDNA中で隣接した二つのチミンが共有結合で架橋し、チミン二量体を形成して損傷してしまいます。この二量体の構造では二重らせんに適合せず、これを取り除かないと複製と遺伝子発現に障害がでます。これを治すため細胞は、DNAホトリアーゼと呼ばれる光回復酵素により、この二量体構造を元の二つのチミンに戻してあげる、つまり修復してあげるのです。これを直接修復といいます。

 

  • ヌクレオチド除去修復  (Nucleotide excision repair)

上述したチミン二量体は、ヌクレオチド除去修復という過程でも修復できます(図1)。必要なのは細胞内にある3つの酵素。まず、UvrABCヌクレアーゼという酵素がチミンの二量体形成による歪みを感知して、その部分からある程度間をあけたDNA鎖を切断します。その切断されたオリゴヌクレオチドは二重らせんから離れて、そこにDNAポリメラーゼと呼ばれる第二の酵素が入り込んで、新たなDNA合成がはじまります(左から)。最後に第三の酵素、DNAリガーゼの働きで、右側の元のDNA鎖と繋げる(リン酸結合させる)ことによりDNAが修復されるのです。

2015-10-07_20-28-03

図1. ヌクレオチド除去修復のしくみ(出典:nobelprize.org)

 

  • 塩基除去修復(Base excision repair)

DNAを形成するアデニンとシトシンは自然に脱アミノ化反応が進行し、ヒポキサンチンとウラシルというものに変わって(損傷して)しまいます。その際に、DNAグリコシラーゼという酵素の働きによって損傷した部分を認識し、それらのグリコシド結合を切断してデオキシリボース上に塩基がない状態にします。最終的にDNAポリメラーゼがその部位を切り取り、DNAリガーゼと呼ばれる酵素が、つなぎ合わせることによって修復を行います(図2)。これを塩基除去修復といいます。

2015-10-07_20-26-07

図2. 塩基除去修復のしくみ (出典:nobelprize.org)

 

さて、今回ノーベル賞を受賞したサンジャル博士は、上述した「ヌクレオチド除去修復機構」を解明しました。このDNA修復機構は紫外線による損傷機構と関連するため、皮膚がん治療薬の開発に貢献しています。もう一人の受賞者リンダール博士は、「塩基除去修復機構」を解明しました。DNAがなぜ自然にこわれ、そして再生するのか?その仕組みの解明は基礎科学としても大変注目をあつめました。

では最後の1人、モドリッチ博士はどのようなDNA修復機構を解明したのでしょうか。

 

DNAの複製のミスを修復する

DNAはDNAポリメラーゼによって複製されるのですが、完全に正しい塩基配列で複製してくれるわけでなく、ときどき塩基の種類を間違います(ミスマッチ)。つまり、それも「損傷」です。その損傷を修復する3つのタンパク質があるのです。MutSと呼ばれるタンパク質が間違った部分を発見し、MutLがその部位に結合、さらにミスマッチ塩基対をもつDNAをたぐりよせ、ループを作ります。そこでもうひとつのタンパク質MutHが未メチル化されたDNA鎖のミスマッチ塩基対を切り出します。このような機構をミスマッチ修復 (Mismatch repair)と呼び、モドリッチ博士が解明したDNA修復機構です。

2015-10-07_20-33-08

ミスマッチ修復のしくみ (出典:nobelprize.org)

DNAを治すことの大事さ

そもそもDNAを治すことができなければ、異常な情報が継承され、がんや様々な疾病の原因になります。生物が生きていくためにDNAの修復は不可欠なのです。もちろん、修復機構を乗り越えてしまったものが、異常な細胞として発現を促してしまうわけですが、DNAの修復が存在することにより、ほんの一握りで済んでいることを理解できるでしょうか。生物の持つすばらしい機能「DNA修復機構」を分子レベルで解明したことは、大変な偉業といえるでしょう。

今回のノーベル化学賞は、多くの人が期待にそぐわぬ結果となったかもしれませんが、どんな生物学の教科書でも扱われるほどよく知られた基礎研究でもあります。これを献身的に行ったパイオニアである3氏には、敬意を評したいと思います。

 

関連動画

 

関連文献

  1. Lindahl, T.; “Instability and decay of the primary structure of DNA.” Nature 1993362, 709-715.
  2. Parsons, R.; Li, G. M.; Longley, M. J.; Fang, W. H.; Papadopoulos, N.; Jen, J.; de la Chapelle, A.; Kinzler, K. W.; Vogelstein, B.; Modrich, P. Cell 1993, 75, 1227−1237.
    DOI: 10.1016/0092-8674(93)90331-J

 

関連書籍

[amazonjs asin=”1468471449″ locale=”JP” title=”DNA Repair Protocols: Eukaryotic Systems (Methods in Molecular Biology)”][amazonjs asin=”1936113546″ locale=”JP” title=”DNA Repair, Mutagenesis, and Other Responses to DNA Damage: A Subject Collection from Cold Spring Harbor Perspectives in Biology”]

 

外部リンク

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2024年6月号:四塩化チタン・選択的フッ素化…
  2. 石谷教授最終講義「人工光合成を目指して」を聴講してみた
  3. オートファジー特異的阻害剤としての新規Atg4B阻害剤の開発
  4. 安定な環状ケトンのC–C結合を組み替える
  5. 蛍光と光増感能がコントロールできる有機ビスマス化合物
  6. 第97回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Pa…
  7. 目が見えるようになる薬
  8. 溶媒の同位体効果 solvent isotope effect

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【9月開催】マイクロ波化学のQ&A付きセミナー
  2. ポリセオナミド :海綿由来の天然物の生合成
  3. ACSで無料公開できるかも?論文をオープンにしよう
  4. スイス連邦工科大ジーベーガー教授2007年ケーバー賞を受賞
  5. 細胞をつなぐ秘密の輸送路
  6. 新風を巻き起こそう!ロレアル-ユネスコ女性科学者日本奨励賞2014
  7. 光触媒で人工光合成!二酸化炭素を効率的に資源化できる新触媒の開発
  8. 直径100万分の5ミリ極小カプセル 東大教授ら開発
  9. 湘南ヘルスイノベーションパークがケムステVプレミアレクチャーに協賛しました
  10. ワークアップの悪夢 反応後の後処理で困った場合の解決策

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年10月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

ファンデルワールス力で分子を接着して三次元の構造体を組み上げる

第 656 回のスポットライトリサーチは、京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP