[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

リガンド革命

[スポンサーリンク]

革命在る時、戦あり

 

様々な活性種の安定化・単離や触媒能の飛躍的向上に貢献してきた数々の立体保護基や配位子。一通り、出揃った感のある立体保護基や配位子、その大半は炭素骨格を主としています。

ところがここ最近、このリガンド開発業界に大きな変化が起こりつつあること、お気づきでしょうか?

活性種の安定化に欠かせない速度論的安定化効果を持つ立体保護基。また、触媒サイクルにおいて基質及び遷移状態の選択性や還元的脱離段階の促進に貢献する嵩高い配位子。置換基や配位子として使えそうな骨格はほぼ出尽くしたかのように思えた近年、まこと密やかに徐々に勢力を伸ばしつつあるあらたな骨格群があります。
それはずばり、「カルボラン!」。

まずは簡単にカルボランについて。カルボランとは、ホウ素を主とする20面体構造を持つクラスター。電荷を持たないカルボランは炭素原子二つとホウ素原子10個から骨格が成り、炭素の位置によって、オルト、メタ、パラ、が存在します(下図)。

rk03312013-1.gif
炭素原子上のHは、塩基で脱プロトン化することでカルボアニオンを発生させることができるため、様々な官能基を容易に導入することができます。一方、ホウ素上も種々のアプローチで官能基化することが可能です [1]-[3]。

まずはNature Chemistryからこの論文。

A. M. Spokoyny, C. W. Machan, D. J. Clingerman, M. S. Rosen, M. J. Wiester, R. D. Kennedy, C. L. Stern, A. A. Sarjeant, C. A. Mirkin
Nature Chemistry, 2011, 3, 509. doi:10.1038/nchem.1088.

この論文中で著者らは、m-カルボランの炭素もしくはホウ素原子上をチオエーテル(RS-)で置換した配位子 1a及び1bを合成し、それらを用いた白金錯体を合成することで、カルボラン置換配位子の電子的性質を明らかにしています(下図)。
rk03312013-2.gif
2015-08-01_10-16-23
カルボランのホウ素頭頂部位がチオエーテルに置換した配位子1aの場合、Pt(cod)Cl2との反応においてリン・硫黄原子両方が白金上に配位した錯体2aが得られています。そこへさらに当量の配位子2aを加えると、自発的に一つの塩素がフリーなカウンターアニオンとなった錯体3aが得られます。さらに二つの塩素をBF4で置換すると、二つの1aが二座配位した錯体4aを与えます。

一方、カルボランの炭素頭頂部位がチオエーテルに置換した配位子1bの場合、Pt(cod)Cl2との反応ではリン側のみが白金に配位し、二つの1bが単座で配位した錯体2bが得られてきます。白金上の塩素をより配位性の低いB(C6F5)4やBF4で置き換えることによってのみ、キレート型の錯体3b及び4bを得ることができます。

これら配位力の差は、結合するカルボラン頭頂原子の違いによって、硫黄部位の電子的性質が大きく変化したことに起因します。すなわち、炭素頭頂部位で置換するよりも「ホウ素頭頂部位で置換するとより電子供与性になる」ことを実証しています。同じカルボラン骨格でも、置換部位によって電子的性質がことなることを示す、興味深い成果です。

次にこの論文

N. Fey, M. F. Haddow, R. Mistry, N. C. Norman, A. G. Orpen, T. J. Reynold, P. G. Pringle,
Organometallics, 2012, 31, 2907. doi:10.1021/om201198s.

こちらでは、o-カルボランを直接リン上に置換した配位子を用いて、PdとRu錯体を合成しています。
いずれの場合も立体的な嵩高さから、カルボラン上の一つのB-H結合が金属中心と反応してしまい、LX型の二座配位子を持つ錯体が得られています。

om-2011-01198s_0012

 

実はこの結果、とても重要なポイントを示していると思います。
まず、カルボラン骨格が、金属周りの空間まで立体的インパクトを与えているということ。そして、どんなに精密設計された置換基や配位子を開発したところで、それらを用いて実際に合成した化合物が、リガンドそのものを壊してしまう可能性があるということ。経験ありませんか?遷移金属錯体を用いた触媒サイクルにおいて、配位子を巻き込んだ失活過程をよく目にすることと思います。高酸化/電子不足状態もしくは低配位の金属へのC-H挿入や置換基の転移などがその一例。その過程を防ぐことができれば、より優れたリガンドたり得ることは間違いありません。

さて。二十面体骨格を持つカルボランは、電子的にも立体的にも特徴的なクラスターであるということがわかると思いますが、カルボランと言えば、忘れはいけないのが「最強の酸を生み出す共役塩基 !」[4] そう、カルボランは、骨格に含まれる炭素の数によって、電気中性(炭素二つ)、モノアニオン性(炭素一つ)、ジアニオン性(炭素ゼロ)となる性質をも持っています。
そこで最後に紹介したいのが、この論文

V. Lavallo, J. H. Wright II, F. S. Tharm, S. Quinlivan, Angew. Chem. Int. Ed. 2013 ASAP doi:10.1002/anie.201209107.

著者らはアニオン性のパークロロカルボランをリン配位子に組み込み、それを用いた金触媒の開発を行っています。

特徴を何点か。
(1)まず、でかい!パークロロカルボランのファンデルワールス体積は350Å3とアダマンチル基(136Å3)の二倍以上!
(2)表面が塩素原子のブランケットで覆われているため、求核・求電子攻撃に対し非常~に安定 上述の論文のようなリガンドの分解(=触媒の失活)を抑制できる。
(3)アニオン電荷を保持しているため 通常のように金属上からのハロゲン引き抜きにより活性化する必要がないのと同時に、金属上からの配位子の乖離を防ぐ(カチオンを安定化する)ことができる。

2015-08-01_10-20-51配位子の嵩高さ及び安定性と、分子内電荷分離により金まわりがカチオン性(ルイス酸として触媒活性)であることを活かして、0.001 mol%といった極めて少量の錯体を用いて、アルキンのヒドロアミノ化触媒反応を達成しています。その触媒回転率、なんとTON = >95000!。

これまでは、主に活性カチオン種のカウンターアニオンとしての利用が常識だったハロゲン化カルボランですが、カルボランそのものを分子に組み込むことで、非常に安定かつ活性種によって分解されない化合物の合成が可能であることを実証しています。

またハロゲン化カルボランはなにも塩素置換だけではなく、フッ素や臭素置換、そして二種ハロゲン混合体も存在します。つまり、サイズを思い通り変えることができるんですね。しかも導入するカルボランのタイプ(o-/m-/p-、中性/アニオン性)とその組み合わせ、分子デザインによっては中性・アニオン性・ジアニオン~マルチアニオン性といった電子的性質を幅広く展開でき、カチオン種を安定化(もしくはこれまで不可能であった低配位化合物・高酸化状態金属中心等を安定化)し得る新規な置換基・配位子群を開発できる可能性を示していると思います。

史上最強の酸を生み出す化合物の新たな展開。究極のリガンド革命が起こりつつある、そんな気がします。

 

参考文献

  1.  Matthias Scholz, Evamarie Hey-Hawkins, Chem. Rev. 2011, 111, 7035, doi:org/10.1021/cr200038x.
  2. C. Reed, Account of Chemical Research, 2010, 43, 121, doi:10.1021/ar900159e.
  3. Stefanie Korbe, Peter J. Schreiber, Josef Michl, Chem. Rev. 2006, 106, 5208, doi:10.1021/cr050548u.
  4.  (1) 有機化学美術館: 「史上最強の酸」、合成さる。(2) 化学よもやま話

 

参考図書

 

関連記事

  1. 第10回慶應有機化学若手シンポジウム
  2. ゼロから学ぶ機械学習【化学徒の機械学習】
  3. α-トコフェロールの立体選択的合成
  4. 東レ先端材料シンポジウム2011に行ってきました
  5. 高難度分子変換、光学活性α-アミノカルボニル化合物の直接合成法
  6. 売切れ必至!?ガロン瓶をまもるうわさの「ガロテクト」試してみた
  7. 有機化合物で情報を記録する未来は来るか
  8. 前代未聞のねつ造論文 学会発表したデータを基に第三者が論文を発表…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. Reaction and Synthesis: In the Organic Chemistry Laboratory
  2. 【エーザイ】新規抗癌剤「エリブリン」をスイスで先行承認申請
  3. 2005年2月分の気になる化学関連ニュース投票結果
  4. ソラノエクレピンA (solanoeclepin A)
  5. 論文チェックと文献管理にお困りの方へ:私が実際に行っている方法を教えます!
  6. 科学カレンダー:学会情報に関するお役立ちサイト
  7. マイクロ波プロセスを知る・話す・考える ー新たな展望と可能性を探るパネルディスカッションー
  8. 有機化学1000本ノック【命名法編】【立体化学編】
  9. 化学研究ライフハック: Firefoxアドオンで化学検索をよりスピーディに!
  10. 2009年1月人気化学書籍ランキング

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年4月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP