[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

エナンチオ選択的Heck反応で三級アルキルフルオリドを合成する

[スポンサーリンク]

三置換フルオロアルケンのエナンチオ選択的Heck反応によって三級アルキルフルオリドを合成する手法が開発された。ベンジル位三級フッ素化合物の新たな合成法として利用されることが期待される。

三級アルキルフルオリドの合成法

フッ素は高い電気陰性度やC–F結合の高い化学安定性などの特徴から農薬や医薬品の分子設計で積極的に導入が試みられている。特に、酸化代謝を受けやすいベンジル位においてC–H結合の代わりに強固なC–F結合の導入が検討されている。

しかし、ベンジル位三級フッ化アルキルの結合をエナンチオ選択的に形成する方法は多くない。従来のエナンチオ選択的な手法として、カルボニルのα位フッ素化やインドール誘導体と求電子的フッ素化剤による反応など、立体選択的にC–F結合を形成する手法がある(1)

一方、最近、アルケニルフルオリドを出発物質に用いて、アルケンへの付加反応により三級アルキルフルオリドを合成する手法が開発されている。今野らは、銅を用いたキラルなγ-フルオロアリルアルコール誘導体とグリニャール試薬のSN2’反応によって立体特異的な三級アルキルフルオリドの合成に成功した(図1A)(2)。また、Hartwigらは不斉イリジウム触媒を用いたアリールアルケニルフルオリドのアリル位アルキル化によってキラルな三級アルキルフルオリドの合成法を報告した(図1B)(3)

今回、ユタ大学のSigman教授らは、以前より精力的に研究を続けているレドックスリレー型不斉Heck反応(図1C)に三置換フルオロアルケンに適用することで、ベンジル位三級フッ化アルキルの結合をエナンチオ選択的に形成することに成功したので紹介する(図1D)。

図1. (A) γ-フルオロアリルアルコールのSN2’反応 (B) アリル位置換反応 (C) レドックスリレーHeck反応 (D) 本論文の反応

 

Enantioselective construction of remote tertiary carbon–fluorine bonds
Liu, J.; Yuan, Q.; Toste, F. D.; Sigman, M. S. Nat. Chem.2019, 11, 710.
DOI: 10.1038/s41557-019-0289-7

論文著者の紹介

研究者:Matthew S. Sigman

研究者の経歴:
1992-1996 Ph.D, Washington State University (Prof. Bruce E. Eaton)
1996-1999 Postdoctoral Research Associate, Harvard University (Prof. Eric N. Jacobsen)
1999-2004 Assistant Professor, University of Utah
2004-2008 Associate Professor, University of Utah
2008-2012 Professor, University of Utah
2009-2010 Visiting Professor, Huntsman Cancer Institute, University of Utah
2012-           Peter J. Christine S. Stang Presidential Endowed Chair of Chemistry

研究内容:Pd触媒を用いた不斉アリール化反応、多変量解析を通じた不斉触媒の迅速最適化・機構解析

論文の概要

Heck反応において三置換フルオロアルケンを用いる場合、フッ素の高い電気陰性度によりオレフィンの電子密度が低いことに加え、立体障害により金属触媒への配位能が低くなっていることが懸念される。また、挿入後にβ-フッ素脱離が起こる可能性があることが課題となる。
本反応は、酸素雰囲気下Pd(OTs)2(CH3CN)2/PyrOx触媒とdba存在下、フルオロアルケン1とアリールボロン酸2の不斉Heck反応によりβ-フルオロアルデヒド3が生成する(図2A)。本論文では3をNaBH4還元し、対応するアルコール4として得ている。エステル4b、アセトアミド4cを有するアリールボロン酸が適用できるように、本反応は官能基許容性が高い。また、嵩高いシクロヘキシル基4eや、ハロゲン(4f,4g)、トシラート(4h)をもつフルオロアルケンも用いることができる。特筆すべきことに、ホモアリルアルコール体より長い炭素鎖をもつフルオロアルケン(4i, 4j)を用いても反応は進行する。
反応機構はこれまでのレドックスリレー型Heck反応と同様であると考えられている(図1B)(4, 5)。すなわち、カチオン性アリールパラジウム51が配位して6となり、挿入反応の際に遷移状態7を経て8となる機構である。種々の対照実験から、1の配位能は二置換または三置換のアルケンより低いが、1は三置換アルケンより挿入がはやいことが示唆された。6はCurtin–Hammett支配下にある中間体であり、ここから本反応の律速段階であるPyrOx配位子とアルケンの立体反発が最小となる遷移状態7を経由する挿入反応により、位置および立体選択的に反応が進行すると考えられている。また、懸念された8のβ-フッ素脱離は起こらず、β-水素脱離が優先的に起こることもわかった。
以上、三置換フルオロアルケンからHeck反応によって三級アルキルフルオリドをエナンチオ選択的に合成した。含フッ素化合物に適用されてこなかった他の遷移金属触媒反応を一度含フッ素化合物に適用してみることでうまく反応が進行するかもしれない、そんなことも本論文は示しているのではないか。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定反応機構と相対速度

 

参考文献

  1. Zhu, Y.; Han, J.; Wang, J.; Shibata, N.; Sodeoka, M.; Soloshonok, V. A.; Coelho, J. A. S.; Toste, F. D. Chem. Rev. 2018, 118, 3887. DOI:10.1021/acs.chemrev.7b00778
  2. Konno, T.; Ikemoto, A.; Ishihara, T. Org. Biomol. Chem.2012, 10, 8154. DOI:10.1039/c2ob25718a
  3. Butcher, T. W.; Hartwig, J. F. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 13125. DOI:10.1002/anie.201807474
  4. Mei, T.-S.; Patel, H. H.; Sigman, M. S. Nature 2014, 508, 340. DOI:1038/nature13231
  5. Hilton, M. J.; Cheng, B.; Buckley, B. R.; Xu, L.; Wiest, O.; Sigman, M. S. Tetrahedron2015, 71, 6513. DOI: 10.1016/j.tet.2015.05.020

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. アルキルアミンをボロン酸エステルに変換する
  2. 力を加えると変色するプラスチック
  3. 個性あるジャーナル表紙
  4. 蒲郡市生命の海科学館で化学しようよ
  5. C–S結合を切って芳香族を非芳香族へ
  6. アイルランドに行ってきた①
  7. 国際化学オリンピックのお手伝いをしよう!
  8. 光化学スモッグ注意報が発令されました

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 硤合 憲三 Kenso Soai
  2. マット・シェア Matthew D. Shair
  3. アステラス製薬、抗うつ剤の社会不安障害での効能・効果取得
  4. 化学者のためのエレクトロニクス講座~次世代の通信技術編~
  5. 元素記号に例えるなら何タイプ? 高校生向け「起業家タイプ診断」
  6. 危険物に関する法令:指定数量の覚え方
  7. 「同時多発研究」再び!ラジカル反応を用いたタンパク質の翻訳後修飾
  8. ITO 酸化インジウム・スズ
  9. キノコから見いだされた新規生物活性物質「ヒトヨポディンA」
  10. 英会話とプログラミングの話

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年9月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

注目情報

最新記事

アメリカ企業研究員の生活①:1日の仕事の流れ

私はアメリカの大学院(化学科・ケミカルバイオロジー専攻)を卒業し、2年半前からボストンにある中規模の…

ラジカルを活用した新しいケージド化法: アセチルコリン濃度の時空間制御に成功!!

第 524回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻 …

第38 回化学反応討論会でケムステをみたキャンペーン

今週の6月7日から9日に九州大学 西新プラザにて第38 回化学反応討論会に参加される皆様にお知らせで…

材料開発を効率化する、マテリアルズ・インフォマティクス人材活用のポイントと進め方

開催日:2023/06/07 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化…

材料開発の変革をリードするスタートアップのデータサイエンティストとは?

開催日:2023/06/08  申し込みはこちら■開催概要MI-6はこの度シリーズAラウ…

世界で初めて有機半導体の”伝導帯バンド構造”の測定に成功!

第523回のスポットライトリサーチは、千葉大学 吉田研究室で博士課程を修了された佐藤 晴輝(さとう …

第3回「Matlantis User Conference」

株式会社Preferred Computational Chemistryは、7月21日(金)に第3…

第38回ケムステVシンポ「多様なキャリアに目を向ける:化学分野のAltac」を開催します!

本格的な夏はまだまだ先ですが、毎日かなり暖かくなってきました。皆様お変わりございませんでしょうか。…

フラノクマリン -グレープフルーツジュースと薬の飲み合わせ-

2023年2月に実施された第108回薬剤師国家試験において、スウィーティーという単語…

構造の多様性で変幻自在な色調変化を示す分子を開発!

第522回のスポットライトリサーチは、北海道大学 有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)で博士課程を…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP