[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ペプチドのらせんフォールディングを経る多孔性配位高分子の創製

[スポンサーリンク]

2014年、東京大学の藤田誠・澤田智久らは、短鎖ペプチドをリンカーとする配位高分子錯体を合成し、その構造をX線結晶構造解析によって決定した。ペプチドは配位重合を経てらせん配座へとフォールディングされ、3次元配列することで巨大ナノチャネル(> 2nm)を形成する。ナノ孔内には様々なゲスト(アニオン、有機分子、生体分子オリゴマーなど)が包摂可能であり、また単結晶状態を保ったままゲスト交換も起こしうる。光学活性化合物の不斉認識も可能である。

“Coordination-Driven Folding and Assembly of a Short Peptide into a Protein-like Two-Nanometer-Sized Channel”
Sawada, T.*; Matsumoto, A.; Fujita, M.* Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 7228. DOI: 10.1002/anie.201403506(アイキャッチ画像は本論文より引用)

問題設定と解決した点

タンパク質は連続繰り返し配列を上手く活用することで、少ない情報量で特定のナノ構造を生み出している[1]。短鎖ペプチドを用いるソフトマテリアルのボトムアップ合成系においても、繰り返し配列の活用は同様に合理的だと考えられる。しかしながらペプチド化合物は配座柔軟性を理由に、well-definedなナノ構造体を生み出す目的に用いることは難しい。ペプチドの自己組織化過程はゲル・ファイバー・ナノ粒子を与えることがほとんど[2]であり、結晶性化合物を与える事例はごく希少である。

著者らは本論文で、らせんペプチドのフォールディングとネットワーク形成を協働的に進めることで、タンパク様結晶性ナノ構造体を与える戦略を提案している。

技術や手法のキモ

配位性高分子合成の研究領域では、結晶性化合物を得るために芳香環主体の剛直リンカーを設計・合成して用いることが主流であった。しかしながら近年ではリンカー構造に柔軟性を持たせる研究が先端分野の一つになっている。このような高分子化合物は結晶化しづらいため、構造決定が困難になる。

構造化学的に意味のあるアウトプットに結びつけるには、配座柔軟性と剛直性の絶妙なバランスを備えるリンカーを選定する必要がある。ここではコラーゲンの部分構造であるGly-Pro-Pro配列を備えるリンカーを選定したことが鍵である。この配列が重合することで、ポリプロリンIIらせん(PII helix)と呼ばれる剛直構造が形成される(コラーゲンはこの高分子ペプチド鎖が3重らせんを組んだものに相当する)[3]。

コラーゲンの三重らせん構造(PDB,Molecule of the Monthより引用)

主張の有効性検証

①配位高分子形成が生み出すリンカーのフォールディング

末端を3-ピリジル基で修飾した配位性Gly-Pro-Proリンカー1を液相法で合成した。AgBF4との錯形成をエタノール/水, 10℃の条件で行うと、無色塊状結晶[AgBF41]nが38%収率で得られた。これはX線回折によって原子レベルでの構造解析が可能であった。

図は冒頭論文より引用・改変

リンカー1単独では主に3通りの配座を取ることが1H NMRおよびCD測定から確認された。その一方で、錯体のX線構造から各ペプチド結合のラマチャンドランプロットを求めると、短鎖ペプチドリンカーはPII helix、トランスアミド配座(実測値はφ=-66o~-108o, ψ=150o~172o, ω=180o。典型値はφ=-75o, ψ=175o, ω=180o)に固定されていることが確認された。これは系中フォールディングされたペプチドらせんを材料成分として用いた初めての例である。

全体としてはピリジン環同士のπスタッキング安定化によって、3次元ハニカム構造を取っている。c軸方向に2種類のキラルチャネル孔が存在する。大サイズ孔はらせん壁面となっており、直径2.2nm。溶媒・カウンターアニオンで満たされているが、disorderのため観測されない。

②ホスト-ゲスト化学への展開

カウターアニオンであるBF4は、single-crystal-to-single-crystal様式で、PF6、CF3SO3などに交換されうる。これらのカウンターアニオンを有する結晶は直接には合成不可能なので、BF4は結晶化に重要な役割を担っていることが示唆される。

ラセミのBINOL(10 mM)を結晶にアプライしてゲスト包摂を起こし、NaCl水添加によって結晶を壊してBINOLを回収する。NMR定量を行なうと、大チャネルらせん1ピッチあたり2分子のBINOLが取り込まれていることが分かった。また回収されたBINOLをキラルHPLCで分析すると、R体の増幅が観測された。D体ペプチド結晶を用いた実験ではS体の増幅が確認される。BINOL溶液濃度を増すとより多くの分子が取り込まれるが、増幅度は低くなる。チャネルサイズよりもゲストのサイズが遥かに小さいにもかかわらず、この不斉包摂が見られる事実からも、チャネル壁面での効率的な不斉認識が肝と考えられる。

また、D-グルコースを5つ繋げたマルトペンタオース(20 mM)を包摂させると、大チャネルらせん2ピッチあたり、4~5個の分子が取り込まれる。溶媒を緩衝液に変えると非効率になること、分子動力学シミュレーションなどから、壁面との複数の水素結合が関与していることが示唆される。

議論すべき点

  • 結晶化重合によって、ペプチドの配座を制限し固定するという考え方は斬新。ペプチドの中でも比較的配座規制の大きな配列を使っているとは言え、どこまで柔軟なリンカーが使用可能かは気になる点。
  • 実際に多孔性材料へと活用するにはまだまだ安定性面で課題があるように見える。一般に金属-リンカー間の結合を強くしていくと安定な構造体になるが、反面、結晶性が悪くなるため構造決定に難航するというジレンマがあるため。また、柔軟なリンカーほど全体としての強度には反映されづらいと思われる。

次に読むべき論文は?

  • 本研究の後続展開[4]。適度な柔軟性・剛直性のある屈曲リンカー構造の特徴を活かして[2]カテナンや[4]カテナンなどのアプローチ困難な構造取得にも成功している。

参考文献

  1. Kajava. A. V. J. Struct. Biol. 2012, 179, 279. doi:10.1016/j.jsb.2011.08.009
  2. Kushner, A. M.; Guan, Z. Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 9026. DOI: 10.1002/anie.201006496
  3. PDB: 1BKV
  4. (a) Sawada, T.; Yamagami, M.; Ohara, K.; Yamaguchi, K.; Fujita, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 4519. DOI: 10.1002/anie.201600480 (b) Sawada, T.; Yamagami, M.; Akinaga, S.; Miyaji, T.; Fujita, M. Chem. Asian J. 2017, 12, 1715. doi:10.1002/asia.201700458 (c) Sawada, T.; Inomata, Y.; Yamagami, M.; Fujita, M. Chem. Lett. 2017, 46, 1119. doi:10.1246/cl.170438
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. リビングラジカル重合ガイドブック -材料設計のための反応制御-
  2. 化学のあるある誤変換
  3. 18万匹のトコジラミ大行進 ~誘因フェロモンを求めて②~
  4. 二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とす…
  5. 日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…
  6. リボフラビンを活用した光触媒製品の開発
  7. 有機反応を俯瞰する ーリンの化学 その 1 (Wittig 型シ…
  8. マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例セミナー-なぜあの…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2016年化学10大ニュース
  2. 「無保護アルコールの直截的なカップリング反応」-Caltech Fu研より
  3. Merck Compound Challengeに挑戦!【エントリー〆切:2/26】
  4. 酸と塩基のつとめを個別に完遂した反応触媒
  5. ボリル化剤を無駄なく使えるsp3C–H結合ボリル化
  6. 資生堂:育毛成分アデノシン配合の発毛促進剤
  7. マーティン・バーク Martin D. Burke
  8. スティーヴンス転位 Stevens Rearrangement
  9. 浅野 圭佑 Keisuke Asano
  10. 「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

「MI×データ科学」コース 〜LLM・自動実験・計算・画像とベイズ最適化ハンズオン〜

1 開講期間2026年5月26日(火)、29日(金) 計2日間2 コースのねらい、特色近…

材料の数理モデリング – マルチスケール材料シミュレーション –

材料の数理モデリング概要材料科学分野におけるシミュレーションを「マルチスケール」で理解するた…

第59回天然物化学談話会@宮崎(7/8~10)

ごあいさつ天然物化学談話会は、全国の天然物化学および有機合成化学を研究する大学生…

トッド・ハイスター Todd K. Hyster

トッド・カート・ハイスター(Todd Kurt Hyster、1985年10月10日–)はアメリカ出…

“最難関アリル化”を劇的に加速する固定化触媒の開発

第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で…

「ニューモダリティと有機合成化学」 第5回公開講演会

従来の低分子、抗体だけでなく、核酸、ペプチド、あるいはその複合体(例えばADC(抗体薬物複合体))、…

溶融する半導体配位高分子の開発に成功!~MOFの成形加工性の向上に期待~

第702回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理学部(田中研究室)にて助教をされていた秋吉亮平 …

ミン・ユー・ガイ Ming-Yu Ngai

魏明宇(Ming-Yu Ngai、1981年X月XX日–)は米国の有機化学者である。米国パデュー大学…

第55回複素環化学討論会

複素環化学討論会は、「複素環の合成、反応、構造および物性」をテーマとして、化学・薬学・農芸化学など幅…

逐次的脱芳香族化と光環化付加で挑む!Annotinolide B初の全合成

Annotinolide Bの初の全合成が報告された。キノリンの逐次的な脱芳香族化と分子内光環化付加…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP