[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

なぜ傷ついたマジックマッシュルームは青くなるの?

[スポンサーリンク]

60年以上不明だったマジックマッシュルームの青色化メカニズムが解明された。青色色素の構造と生合成経路が初めて明かされた。

マジックマッシュルームと青色化

ミナミシビレダケ(Psilocybe cubensis)をはじめとするPsilocybe属のキノコは一般的にマジックマッシュルームと呼ばれ、向精神性をもつシロシビン(1)を含有する(図1A)。1は1958年に単離・構造決定されたトリプタミン骨格をもつアルカロイドである[1]。ヒトがマジックマッシュルームを摂取すると1の脱リン酸化が起こり、シロシン(2)が生成する。この2は5-ヒドロキシトリプタミン受容体のアゴニストとして働き、幻覚作用を引き起こす。
マジックマッシュルームの特徴の一つとして、傷つけられるとその箇所が青く変化することが挙げられる(図1B)。青色化の機構解明は長い間研究者の注目を集めている(図1C)[2]。1960年にLevineらは、ヨーロッパイガイ(Mytilus edulis)に含まれる酸化酵素を用いて2を酸化したところ、青色化することを報告した[2a]。その際に生成する青色化合物はキノイド構造をもつと推測した。Bocksらは1を酸化しても青色化が起こらないこと、青色化合物を還元すると退色することを報告している[2b]。また、HoritaとWeberは、哺乳類組織のホモジネートを用いることで2は即座に、1もゆっくりと青色化することを見いだした[2c]。哺乳類組織にはホスファターゼが含まれることから、青色化反応は1の脱リン酸化された2が酸化されることで起こることが示唆された。しかし、青色化合物の構造は明らかになっておらず、マジックマッシュルームの生体内での合成経路も解明されていない。

 今回、イェーナ大学のHoffmeisterらは、マジックマッシュルームの損傷時に産生する青色色素の構造決定および生合成経路の解明に成功した。その過程で、青色化機構で重要となる新しい酵素、ホスファターゼPsiPとオキシダーゼPsiLの同定にも成功した。

図1. (A) 青色化反応 (B) シロシビンとシロシンの構造 (C) 過去の青色化機構解明実験 (D) 本論文で明らかになった青色化機構

 

“Injury-Triggered Blueing Reactions of Psilocybe “Magic” Mushrooms”
Lenz, C.; Wick, J.; Braga, D.; García-Altares, M.; Lackner, G.; Hertweck, C.; Gressler, M.; Hoffmeister, D. Angew. Chem.,Int. Ed. 2020, 59, 1450–1454
DOI: 10.1002/anie.201910175

論文著者の紹介

研究者:Dirk Hoffmeister
研究者の経歴:
1998 Diploma in Biology, University of Tübingen, Germany
2002 Ph.D., Faculty of Chemistry and Pharmacy, University of Freiburg, Germany (Prof. Andreas Bechthold)
2002–2004 Postdoc, University of Wisconsin, Madison, USA (Prof. Jon S. Thorson)
2004–2007 Research assistant, Institute for Pharmacy, University of Freiburg, Germany
2008 Habilitation in Pharmaceutical Biology and Biotechnology, University of Freiburg, Germany
2007–2009 Assistant Professor, University of Minnesota, Twin Cities, USA
2009–2014 Associate Professor, Department of Pharmaceutical Biology, University of Jena, and Head of the Associated Department Pharmaceutical Biology, Hans Knöll Institute, Germany
2014– Professor, University of Jena and Hans Knöll Institute, Germany
研究内容:真菌や担子菌類の二次代謝産物の生化学と遺伝学、微生物の非リボソームペプチド合成酵素研究

論文の概要

著者らはまず、シロシビン(1)からシロシン(2)に導くホスファターゼと、2から青色色素を生成するためのオキシダーゼを同定した。すなわち、ミナミシビレタケから抽出したタンパク質を種々のクロマトグラフィーで精製した。目的の酵素は4-ニトロフェニル二水素リン酸もしくはシリンガルダジンで呈色し検出した。続くペプチドマスフィンガープリンティング法*によりホスファターゼPsiPとラッカーゼPsiLが同定された。PsiLはマルチ銅オキシダーゼであり、標的から一電子除去する触媒として働く。また、これらの酵素は細胞外またはリソソームに局在していることも明らかとなった。
続いて、2を塩化鉄(III)で酸化したモデル反応のマススペクトルによる分析、および青色色素のIRスペクトルから青色化合物の構造は5であると決定した。また、自動酸化条件(西洋ワサビペルオキシダーゼ/H2O2)による2の酸化反応のin situ 13C NMR測定により2の酸化的カップリング反応の機構を解析した(図2A)。その結果より、以下の青色化機構を提唱した(図2B)。1がPsiPにより脱リン酸化し2を生成する。得られた2はPsiLによって酸化され、フェノキシラジカル3を経由してC5位でカップリングし、二量体4を形成する。4は無色であるロイコ体だが、キノイド構造5をとることで青く発色する。また、マジックマッシュルームが産生する青色化合物は単一ではなく、2がさらに重合することで得られる無色の重合体6がキノイド構造に変換した7の不均一混合物である。
以上、傷ついたマジックマッシュルームが青色化する生体内の機構が解明された。今後はこの構造決定された青色化合物の生物学的役割解明が期待される。

図2. (A) 2のオリゴマー化におけるin situ 13C NMRスペクトル (B) 青色化の推定機構(論文より引用)

参考文献

  1. (a)Hofmann, A.; Heim, R.; Brack, A.; Kobel, H. Psilocybin, Ein Psychotroper Wirkstoff aus Dem Mexikanischen Rauschpilz Psilocybe Mexicana Experientia 1958, 14, 107–109. DOI: 10.1007/BF02159243 (b) Hofmann, A.; Frey, A.; Ott, H.; Petrzilka, T.; Troxler, F. Konstitutionsaufklärung und Synthese von Psilocybin. Experientia 1958, 14, 397–399. DOI: 10.1007/BF02160424 (c) Hofmann, A.; Heim, R.; Brack, A.; Kobel, H.; Frey, A.; Ott, H.; Petrzilka, T.; Troxler, F. Psilocybin und Psilocin, Zwei Psychotrope Wirkstoffe aus Mexikanischen Rauschpilzen. Helv. Chim. Acta 1959, 42, 1557–1572. DOI: 10.1002/hlca.19590420518
  2. (a)Blaschko, H.; Levine, W. G. Enzymic Oxidtion of Psilocine and Other Hydroxyindoles Biochem. Pharmacol. 1960, 3, 168–169. DOI: 10.1016/0006-2952(60)90036-8 (b) Bocks, S. M. Fungal Metabolism-IV. : The Oxidation of Psilocin by p-Diphenol Oxidase (Laccase). Phytochemistry1967, 6, 1629–1631. DOI: 10.1016/S0031-9422(00)82894-0 (c) Horita, A.; Weber, L. J. The Enzymic Dephosphorylation and Oxidation of Psilocybin and Pscilocin by Mammalian Tissue Homogenates. Biochem. Pharmacol. 1961, 7, 47–54. DOI: 10.1016/0006-2952(61)90124-1
  3. 関根太一, 加藤智啓. 「質量分析による蛋白質の同定」 http://igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/322/11-32-2gijutsu.pdf (2020年1月20日閲覧)

用語説明

ペプチドマスフィンガープリンティング法[3]
未知タンパク質を同定する手法。単離したタンパク質をトリプシンなど配列特異性の高いプロテアーゼで切断する。切断されて得られた複数のペプチド鎖を質量分析し分子量を測定する。一方でin silicoでは、タンパク質データベース上のアミノ酸配列をトリプシンなどで切断すると理論上どのようなペプチド断片が得られるかを予測する。以上のように測定された分子量の実測値と、データーベースから得られた理論値をコンピューターで比較することで、統計的に最も一致率が高いタンパク質が示される。

Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 自動フラッシュ精製システムにリモート化オプション!:Selekt…
  2. 「産総研・触媒化学研究部門」ってどんな研究所?
  3. 有機合成化学協会誌2018年5月号:天然物化学特集号
  4. スーパーなパーティクル ースーパーパーティクルー
  5. 架橋シラ-N-ヘテロ環合成の新手法
  6. ありふれた試薬でカルボン酸をエノラート化:カルボン酸の触媒的α-…
  7. 貴金属触媒の活性・硫黄耐性の大幅向上に成功
  8. (+)-フロンドシンBの超短工程合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. 光レドックス触媒と有機分子触媒の協同作用
  2. 環サイズを選択できるジアミノ化
  3. 種子島沖海底泥火山における表層堆積物中の希ガスを用いた流体の起源深度の推定
  4. 男性研究者、育休を取る。
  5. 【21卒イベント 大阪開催2/26(水)】 「化学業界 企業合同説明会」
  6. 第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り拓く次世代型材料機能」を開催します!
  7. トーマス・トーレス Tomas Torres
  8. 樹脂コンパウンド材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  9. 第62回―「再生医療・ドラッグデリバリーを発展させる高分子化学」Molly Shoichet教授
  10. 一次元の欠陥が整列した新しい有機−無機ハイブリッド化合物 -ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に期待-

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

MI conference 2025開催のお知らせ

開催概要昨年エントリー1,400名超!MIに特化したカンファレンスを今年も開催近年、研究開発…

【ユシロ】新卒採用情報(2026卒)

ユシロは、創業以来80年間、“油”で「ものづくり」と「人々の暮らし」を支え続けている化学メーカーです…

Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”

昨今、脱炭素社会への実現に向け、石油原料を主に使用している樹脂に対し、メンテナンス性の軽減や材料の長…

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP