[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

触媒表面の化学反応をナノレベルでマッピング

[スポンサーリンク]

ミュンヘン工科大学のBandarenka教授らは、走査型トンネル顕微鏡を用いて、固体触媒表面の活性部位を直接検知することに成功しました。

“Direct instrumental identification of catalytically active surface sites”

Pfisterer, J. H. K.; Liang, Y.; Schneider, O.; Bandarenka, A. S. Nature 2017, 549, 74. DOI: 10.1038/nature23661

1. 固体触媒と表面構造

固体触媒は、化学やエネルギー産業で最も幅広く用いられている触媒の種類です。触媒と反応液が混じり合った均一系の分子触媒(図1、左)とは違い、固体触媒(右)では反応後に生成物を簡単に分離することができるため、化学工業プロセスに向いています。

図1. 分子触媒と固体触媒

この固体触媒の表面を、原子レベルで見てみましょう。

原子の配列は一様ではなく、所々に段差や空孔が存在しています(図2)。また、異なる種類の金属を組み合わせた触媒には境界面があり、単一の金属とは違った性質が現れます。さらに、金属ナノクラスターのように、個別の構造をとる触媒もあります。

図2. 固体触媒の様々な表面構造

それでは、このような固体触媒の表面において、一体どこで触媒反応は起こっているのでしょうか?より活性の高い固体触媒をデザインするためにも、触媒の活性部位を知ることはとても重要です。

2. 走査型トンネル顕微鏡(STM)

走査型トンネル顕微鏡(STM)は、固体触媒の表面特性を調べるのに便利な手法です。STMでは、探針を導電性サンプルの表面に近づけ、微小な電圧をかけることで、トンネル電流を発生させます(図3、左)。探針を水平方向に移動させながら、このトンネル電流が一定になるように、探針-サンプル間の距離を制御することで、サンプル表面の形状を原子レベルで調べることができます(図3、右)。

図3. 走査型トンネル顕微鏡(左)とMoS2ナノ粒子触媒のSTM画像(右)。STM画像は論文[1]より。 スケールバー:10 nm

しかしながら、STMでは基質や生成物の結合に関する情報は得られても、触媒反応を直接検知し、定量することはできません

3. STMのノイズと活性部位の検知

今回の論文においてBandarenka教授らは、STMのノイズを利用し、Pt触媒表面での水素発生反応(HER)や酸素還元反応(ORR)を直接測定することに成功しました。

この手法の鍵は、STMのノイズです。

STMでは、探針を動かさず、探針-サンプル間に加える電圧を一定にした場合、流れるトンネル電流も一定になり、ノイズのみが観測されます。Bandarenkaらは、探針の付近で触媒反応が起こると、観測されるノイズの大きさが変化すると予想しました(図4)。なぜなら、触媒反応が起こると、分子が触媒表面にて吸脱着したり、電解質が移動したりすることで、探針­-サンプル間のポテンシャル障壁が変化するからです。

図4. Pt電極上でのSTMノイズ測定(i) “terrace”部位, (ii) “step”部位

白金(Pt)電極上の水素発生反応(HER)は、表面が平坦な”terrace”部位ではなく、段差のある”step”部位で主に起こると考えられています。そこで、Bandarenkaらは、HERがON・OFFとなるそれぞれの電圧条件で、Pt触媒表面のSTM測定を行いました(図5)。

図5. 電解質溶液中のPt(111)表面のSTM測定。HER ‘ON’では、触媒反応が起こるよう電極に十分な負電荷が与えられている(論文より)

図5からわかるように、HERをONにした場合は、”step”部位にて大きなノイズが観測されています。一方で、HERをOFFにした場合には、”terrace”部位と”step”部位でのノイズの大きさに違いが見られません。このことから、観測されたノイズは触媒反応の進行を示していることが分かります。

4. 異種の金属の境界面における活性部位の検知

さらにBandarenkaらは、金(Au)表面にパラジウム(Pd)を蒸着させ、水素発生反応が起こる条件(HER ‘ON’)にてSTM測定を行いました(図6)。触媒活性の低いAu表面では、ノイズがほとんど観測されていないのに対し、触媒活性の高いPd上では、はっきりとノイズが観測されています。さらに注目すべきなのは、境界部のPd原子数個において、かなり大きなノイズが観測されているということです。これは、境界部のたった13個程度のPd原子が、全体の触媒活性の大部分に寄与しているということを示しています。このことから、Au/Pd界面に存在するPd原子が多くなるように固体触媒をデザインすれば、触媒活性が向上させられると考えられます。

図6. 硫酸溶液中のAu(111)とPd触媒の境界におけるSTM測定

5. おわりに

今回の研究では、1~2 nmもの分解能で電極上の化学反応を定量的に検出することが達成されています。また、本記事では細かく触れませんでしたが、今回の手法は水素発生反応(HER)よりも遅い酸素還元反応(ORR)に対しても、利用できることが示されています。今後、反応速度や表面構造の異なる固体触媒にどう応用されていくかが楽しみです。

参考文献

  1. Jaramillo, T. F.; Jørgensen, K. P.; Bonde, J.; Nielsen, J. H.; Horch, S.; Chorkendorff, I. Science 2007, 317, 100. 
DOI: 10.1126/science.1141483
  2. Dette, C.; Boettcher, S. W. Nature 2017, 549, 34. DOI: 10.1038/549034a
  3. Sun, T.; Yu, Y.; Zacher, B. J.; Mirkin, M. V. Angew. Chem. Int. Edn. 2014, 53, 14120. DOI: 10.1002/anie.200602750

関連書籍

 

関連リンク

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 化学実験系YouTuber
  2. 【日産化学】画期的な生物活性を有する新規除草剤の開発  ~ジオキ…
  3. ChemDrawの使い方【作図編⑤ : 反応機構 (後編)】
  4. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑧(解答編…
  5. 有機合成化学協会誌6月号:ポリフィリン・ブチルアニリド・ヘテロ環…
  6. 常温常圧でのアンモニア合成の実現
  7. 美術品保存と高分子
  8. 二丁拳銃をたずさえ帰ってきた魔弾の射手

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. アスピリンの梗塞予防検証 慶応大、1万人臨床試験
  2. 軽量・透明・断熱!エアロゲル(aerogel)を身近に
  3. 魅惑の薫り、漂う香り、つんざく臭い
  4. 危険物に関する法令:危険物の標識・掲示板
  5. 次世代電池の開発と市場予測について調査結果を発表
  6. アルコール依存症患者の救世主現る?
  7. ウォルフ転位 Wolff Rearrangement
  8. ウルフ賞化学部門―受賞者一覧
  9. 分取薄層クロマトグラフィー PTLC (Preparative Thin-Layer Chromatography)
  10. 有機ルイス酸触媒で不斉向山–マイケル反応

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

実験条件検討・最適化特化サービス miHubのメジャーアップデートのご紹介 -実験点検討と試行錯誤プラットフォーム-

開催日:2023/12/13 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!

カルボン酸のb位C(sp3)–H結合を直接臭素化できるイソキノリン配位子が開発された。イソキノリンに…

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP