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一般的な話題

とある難病の薬 ~アザシチジンとその仲間~

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Tshozoです。

筆者が幼少の頃貪るように読んでいた手塚治虫「ブラック・ジャック」、以前書いた記事でのウルトラマンよろしくほとんどのコマとセリフとを覚えていた時期がありました。子供心に衝撃的な場面が多かったのですが、その中で印象に残っていた病名が白血病。確か病気の説明のところの文章で「ひどい状態になると血液が白みがかってしまう病気だ」と書いてあったと記憶しています。その文章だけでも感受性の高い子供を恐怖に叩き落すことは容易に推定できるでしょう。難病中の難病という描写でしたが、医学が発達した現在でもやはり難病のまま。タイプによっては治療率、延命率は上がっているようですが根治が難しいものであることには変わりがないようです。

で、今回あることでその出来事を思い出し、特に造血に関わり未だに治療することが難しい白血病につながる疾患を対象とする薬に関するトピックを書いてみようと思う次第です。お付き合いください。

注:筆者は生物学、医学を正式に修めておりませんので多々間違いがあるかもしれません ご指摘いただければありがたいです

どういう薬やねん・一体何にどう効くねん

今回取り上げるのはまずアザシチジン Azacitidineという薬(商品名「ビダーザ」Vidaza/Celgene社登録商標 で言われることが多い)。正式名称は4-Amino-1-β-D-ribofuranosyl-s-triazin-2(1H)-oneというトリアジンに糖がくっついたような特徴の分子構造を持ちます。これは実は非常に古い薬で、1960年代には既に臨床を突破し抗がん剤として使用可能ということがわかっていたものの、かなり副作用が強いことからその使用が憚られていました(文献1)。しかし1970年代、現Keck School of Medicine of USCの前身 University of Southern California School of Medicine Los Angelsに所属する生化学研究者Peter A. Jonesと、彼の所属していた血液系の難病を扱う小児科医の同僚であるShirley M. Taylor(文献2)らがその使用分量を適正化(これまでの<1/10以下の量)することで、副作用を抑えて抗がん剤としての薬効を実現出来ることを発見。純粋に研究者と病院医師が主導した形で見いだされた、少し珍しいタイプのきっかけを持つお薬なわけです。

アザシチジン 分子構造 (文献1)より引用

ただ当時はこうしたトリアジン系の合成をうまく進められるところが無かったようで、別の文献によるとドイツの科学機関で、大腸菌の培養に伴う生合成で得ていたらしいですね(文献3)。さすがに最近は化学合成で作れているはずですが、と思ってちょっと探ってみましたら出るわ出るわ。最初期は水銀アマルガムを使ってトリアジン部をくっつけている荒業が見られますが(文献4)、お薬として使用する場合はさすがにそのような乱暴な方法は用いることが出来ず、下図のようなルートが提案されたりしています。

アザシチジンの人工合成例 (文献5)より引用
3ステップくらいで出来ると思っていたが思いのほかルートが長い
1,2,3,5-tetra-O-acetyl-β- D-ribofuranoseを基材的に使用する例がほとんどの模様

で、このアザシチジンがどうやって、どのタイプの疾患に効くのか。ポイントとしてはアザシチジンが染色体内のDNAを構成する分子の一部に擬態出来ることにあります。そして、その薬効を正しく理解するには細胞の増殖とかそういうめんどい事象をおさらいしましょう。

細胞の主目的の一つに、自分のコピーを増やすことがあります。でないと子孫が繁栄できないし仲間も増えない。これは種の繁栄に必須の生命の不思議的プログラムに従いどの細胞もガンガン増えていこうとするというのがこの世の基本的な仕組みであるわけです(注:増える仕組みを持っていない細胞も存在しますが今回の対象外なので割愛・心臓とか腎臓とかの細胞がソレ)。

細胞の増殖のサイクルを端的に示した図 (文献6)より引用
G1期で細胞の中身が熟成され、S期で46個の染色体を複製、G2で複製が正しく行われているかをチェックして、
Mitosisという分裂期の準備を進めたうえで細胞が2個に増える

分裂時の細胞内の動きの詳細 細胞核内にある染色体が特徴ある形(X状)になってから
2個の細胞に分かれていくのが動画の最後らへん(4:20~)で説明されている

一体そのプログラムがどの時代に刻まれたのやら予想もつかんのですが、この自己増殖を行う際に変なこと、つまり極端なコピーミスとかコピー抜けとかが起きると困る。えらく困る。こうした現象は一般にガンとかにつながりかねないのですが、ふつうはそうならんように細胞内(細胞核内)にはそれをコントロールする主要設計図が入ってる。それがDNAであり、細胞分裂のときに組織化されるDNAの集合体が染色体なわけです。

細胞の中の染色体が収まっている位置や役割説明する動画
基本的には細胞核の中に納まっていて、細胞分裂の時に特徴ある形に変化するのがわかりやすい
学生の時にこういうのが欲しかったなぁとつくづく思います

人間の染色体は46個(正確には23対)あり、今でも色々調べられてはいるようですが各々ざっくり役割が決まっていて細胞の中に大事にしまわれ、いざ増殖を開始するときにほどかれつつコピーされるという、細胞のオリジナルの鋳型でもあり鋳物本体でもある重要な機能を持っています。このプロセスがRNA含めて”ほぼほぼ”正常に回ると、きれいにコピーができ、タンパク質が正しくつくらっれ、正しく細胞分化が行われ、正しく生命活動が回る根幹を担っている。だからこれまでDNAとその構造体である染色体にかかわる重要な発見は須らく人類の英知の金字塔たる扱いを受けてきたとも言えます。

染色体の発見や構成物、その仕組みを見つけたごくごく一部の方々
写真は全て英語版Wikipediaより引用
どなたも生物学史に大きな名前を残した フランシスとクリックを外した理由は(以下略)
染色体~DNAまでの各種構成 (文献7)より引用
よくもまぁこんなもんの構造と構成物を明らかにしようと思ったなぁと正直呆れる

個人的に気に入っている動画

問題はこの後。

加齢や放射線、化学物質などの外部刺激により、このDNA(と染色体という構造物)、つまり生物の鋳型と鋳物本体が崩れたとするとどうなるか。ごく一部が崩れたところで何とか回るのは回るのですが、DNAに記録された”プログラム”が異常になっていたり特定の染色体が異常な形になっていたり欠けたり(q)なくなったり(ー)する場合が出てくると本当に大問題になる。具体的には分裂後、異常な速度で増殖したり悪玉細胞を増やしたり、機能しないスカスカの細胞ができたり、場合によっては細胞増殖そのものができなくなる。なので細胞のDNAや染色体の状態を調べるということは、この増殖機能の正常性を判断するために大きな意義を持ちます(注:実際の染色体を調べるには一般に細胞分裂が盛んな骨髄細胞などを取り出し、分裂期の細胞をわざわざ探して細胞を培養してから構成要素を分画や遠心分離などで選り分け、撮影して並べなおして….というかなり面倒な手間が必要です/詳細リンク)。

筆者が産まれたころはこんな生命の奥の奥に関わるようなプロセスを観察したり干渉するようなことはお天道様だって出来ねぇだろうという印象だったのですが、今やそうしたプロセスの理解も進み、原理もわかり、作用機序がわかり、なんなら色々コントロールできる技術レベルにまでなってきた。というかDNAのどこに何を放り込むかも場合により可能で、暗闇で光る変な生物すら出来てしまう。こうした遺伝子のナントカに関わる学問をエピジェネティクスというらしいのですが、今回採り上げるお薬はアザシチジンをはじめその分野に関わりつつ効果を発揮していることが分かってきたもののごく一部、ということになります。

で、以下、アザシチジンに話を戻して。

このアザシチジンについて冒頭で「DNAの一部に擬態する」と書きましたが実際に分子構造を見てもらうと、DNA主要構造の一部であるシトシンを含むシチジンと非常に似ている。というか窒素1個違うだけ。つまり細胞が分裂期に入った際に発生するDNAを複製する、DNAポリメラーゼが活動するプロセスにおいて細胞内に紛れ込んでおくと、シチジンの代わりに下図(文献8)のようにDNAに組み込まれることが出来るわけです。DNAポリメラーゼ、意外といい加減ですが、さすがに構成分子の原子1個が違うということに対する門番は設けていないんでしょうね。

(文献8)より引用 アザシチジンは本来シチジンが入るところにまぎれこんで
DNMT(メチル化酵素)を無効化し、DNAが過度にメチル化されないようにする
ヘテロのところを窒素でガードしてメチル化したいところをできなくするイメージ
(文献9)より引用

んでDNA複製のとき、このメチル化してるかしていないかはメチャクチャに重要で、コンピュータの演算で言うなら離数世界での基本要素である離散素数pのk番目の数字が、コピーするときに0→1になるくらい違う。1個くらいなら演算の全体の傾向に大きな影響は与えず因数が増えないのはイメージはつくかもしれませんが、もしこれが大量に、特に特定の群でメチル化が起き0→1であるべきところが1→0となったとするとルールが崩れて多数の因数を持つようになる可能性が非常に高い、つまりコピー後のDNA情報が壊れたものになる。ということはその後の細胞の増え方が異常な方に行き得る確率が高くなるので、どこかメチル化しているかなども含めて出来るだけ正常なDNAを正確にコピーしてもらわないとダメなわけです(後述)。

しかし、これに対し発生した異常を妨害できるとしたらどうか。それを部分的に行えるのがアザシチジンで、生体反応では上図のアザシチジンの窒素部分をメチル化できない。つまり異常なストレスや化学物質などで極端にメチル化した領域を持つDNAを複製時にメチル化させず修正し得る(今のところ「確率的に」ではありますが)、これがこのお薬の機序と言われています。メチル化したDNAは(疎水性が上がり特に人体のような水分が多い状態だと)凝集する傾向があるため、これを凝集させずにかつ「ほぐす」効能がある、と国際ヒトエピゲノムコンソーシアム殿のサイトに書かれていましたが(リンク)、イメージとしては非常に伝わりやすい表現だと思いました。

なお何故極端にメチル化していると困るのか。これは初学者である筆者には荷が重いので下図の動画をご覧ください。要は異常が発生して大半がメチル化されたDNAは、本来あるべき情報発現を出てこないように抑制してしまうので困るのです。例えて言うなら今まで営業部だったところで営業に合った人員を育てていたら、次の年にいきなりあるメンバが工場での製造部門にいるべき人員を育ててしまった、というようなもんでしょうか。1人くらいならミスとしてその次の年に修正されるかもしれませんが10人規模とかになったりするとえらいことになるのは容易に想像できるでしょう。なんなら次の年製造部に入れ替えされてしまうまでありますぜ。


オーストラリア Garvan研究所が公開している動画

イメージが非常に掴みやすい いい時代になったもんです

なので化学合成で使われるようなメチル化剤はDNA情報の根幹にかかわるため一般的に発がん性のあるグループに属される、劇物であることが多い。記事冒頭でアザシチジンも適正な量で処方しないと副作用が高すぎて使用できなかったという理由も、メチル化を「調節」するのではなく「阻害」剤としてはたらいていた状態であったのだろうと想像出来ると思います。実際アザシチジンも区分1B(ヒトに対しておそらく発がん性があるとみられる材料)に属していて、医師の管理のもと注射剤としてのみ使用されていますのでバンバカ使えるような代物ではない点は注意しましょう。

治るんかい治せないんかいどっちやねん、の見通し

で、アザシチジンは骨髄細胞の異常を原因(白血病も含む・きわめて幅広い原因を持つので素人には分類し難いが…)とする疾患のうち、DNA中のメチル化抑制による異常な細胞の増殖抑制(→速度鈍化)が必要なグループに効くことが明らかにされている、というのが臨床結果から見出された効果です。上記では簡単のため記載しませんでしたが、(文献10)によるとDNAだけでなくRNAにも取り込まれるためRNAの主要機能であるタンパク質の合成を阻害→細胞死、を導くこともできるとの記載がありました。とにかくこの2つの効果で異常な細胞を増えにくくするのが主要な機序であると考えられます。

その効果により、2000年に入ってから行われた特定の疾患のリスクが低い群に対してのみですが下図のように明確な延命効果が見込まれました。こうして昔はほとんど手を尽くせなかった疾患に対する心強い武器になりつつある、というのが現状です。

(文献10)より引用 ある血液疾患に対するアザシチジンの効果(AZA=Azacitidine=ビターザ)
横軸:発症からの月数 縦軸:存命者率 右上に行くほどよい
低リスク群に対する延命効果は一目瞭然だが高リスク群には明確に効果があるとは言い難いか

なおこのアザシチジンの白血病関連疾患に対する効果はセルジーン(現在はブリストルマイヤーズスクイブ子会社)により見出されたもので、そこから世界中でライセンスを受けて商品名ビターザとして製造・販売するメーカがあり、日本ですと滋賀に拠点を持つ大原製薬、尼崎に工場があるシオエ製薬、業界トップの沢井製薬、そして歴史の長い日本化薬がそれぞれ供給していて、急性骨髄性白血病などの治療に用いられていることが各社の文書からみてとれます。

しかし人体というのはおそろしいもので、このアザシチジンによって修正された遺伝子の異常は、継続してアザシチジンを使用しているとその異常が再発生しかつアザシチジンのリライト効果が消えてしまうことがかなり高い頻度で起きることがわかっています。これをアザシチジン耐性(またはビターザ耐性)と呼び、これまた人体の不思議というしかありません。基本的に細胞の分裂などの動きはDNAという読み出し情報に基づいて行われるはずなのですが、それ以外に見つけられていない支配要因がまだあるのでは、とも思わされる不思議な現象である気がします。

なおこれまた特定の疾患に限定されるのですが、レナリドミド(サリドマイド誘導体)が併用されることがあるのがこのアザシチジンに関わる大きなトピックでしょう。だいぶ古いのですがこの記事の時点で既に取り組みは始まっており、アザシチジンだけでは効かない複合的な原因を持つ疾患に対してある一定の効果が認められている、という論文が出ていたりします(下図)。具体的には特定の染色体に発生している異常(5q-)を抑制する、というかなりピンポイントなものなうえ、今のところ特定の症状のみ(RBC-TI:Red Blood Count Transfusion Indipendent :輸血非依存達成率)を改善するという限定的なものであり第一選択薬としては認めがたいケースが多いようなのですが、実際のところは骨髄の異常はだいたいが複合的な要因を含むものだそうで、こうした複数の武器で対処しないと寛解には至りにくいのでしょう。それにしても個人的にはサリドマイドの「細胞成長を阻害する」という効果に目をつけてがんへの治療薬に適用するというその考え方の構築に唸るばかりです。

レナリドミド分子構造(左) サリドマイドは右
AMEDや(リンク)最近東京医科大からは脱メチル化とは異なるという結果が出ている(リンク)

レナリドミドによる特定遺伝子に異常のある疾患に対する効果 (文献12)より引用
治験対象者に輸血に頼らずに生活できる患者が出てきて、その方々の死亡率が下がった、というもの

もちろんレナリドミドはサリドマイド誘導体であるため催奇性が否定できず、医師の厳密な管理のもとで使用されるお薬であるの十分ご留意を。なお最近は細胞の分子構造の特定部分に効くいわゆる分子標的薬がこうした難病治療の中心になっているため、どうしてもカクテル療法的な方向に行くのは仕方のないことなのかもしれません(ただし単純な併用だけでより重症の患者さんに効くというわけでもなく、最近だとアザシチジンとレナリドミドの併用でよりハイリスクの患者さんに対する治験が失敗したりしている・参考リンク)。

その他、アザシチジンなどを含め進んでいる臨床試験について

ざっとまとめると下記の表のようになります(文献12を編集してアザシチジンを利用しているもののみ引用)。かなりの薬剤がアザシチジンとの併用/非併用を利用しており、対象となる血液疾患に対しいかに重要な位置を占めているかがわかると思います。

ただここまで調べてきてわかったのが、実はここまで医学が進んだ現代でも、血液疾患の中でいわゆる高リスク群(≒余命が短いことがほぼ確実な患者群)に対する有効な治療法は本当に確立されていないのだ、ということです。ここまで述べてきた疾患は白血病につながる「くすぶり白血病」と言われているようなものが中心ですが、白血病が「血液がん」であるとみなすと、その前兆段階を治癒する手段が本当にない、ということなのです。もちろん上記のように様々な会社や病院が治験を行ってはいますが、それもここ10年の話。しかも結構な確率で失敗していたり成功したとしても本当にピンポイントでの症状にしか効かないケースもしばしば。いかに難しい疾患であるかを再認識したのが今回の調査結果でした…

最後に、実は本件に絡めてこのシタラビンの話もしようと思っていたのですがボリュームがありすぎますので次回に回すとしましょう…構造的にはアザシチジンに非常に似ているのにその作用ポイントが異なるという面白い薬ですのでまた別の機会に御覧ください。

おわりに

本記事の元ネタをばらしますと、筆者の親類がこの薬が関わる病気に罹ってしまいまして。

で、だいたいの場合病気の内容と原理と原因と対策を調べますよね。効く薬がないか、国内外で種類も臨床フェーズも全部調べますよね。そうすると調べるほど現代の医学では太刀打ちできない、また処置をしたとしても支持療法しか出来ないという、恐ろしい病気であったわけです。たとえば日本最大の製薬メーカであるタケダも本件の疾患に近い高リスク群に対し2019年前後から進めていた案件が有意差ナシ(リンク)となり開発をドロップさせたことを先日知りました。

もちろん既に挙げたとおり何点か臨床が進んでいて見込みのある材料もあるのですが、残念なことにピンポイントしか持たないものばかり。というかそもそも今更臨床に参加する時間がない。またその疾患は種類が多すぎて、言わば希少疾患の寄せ集めみたいなことになっていて横断的に効く薬が全くない。

んで、今回せっかく詳細に採り上げたアザシチジンも色々紐解いてみると効く確率が低いどころか効果ゼロのゾーン。さあ困った、死んでしまうやないか。子供のころ白血病に対する恐怖に慄いていたのは崖の下でゴジラが吠えてる、くらいのを怖がっていたレベルで、いざ目の前に脅威として現れるとゴジラどころの騒ぎではありませんでした。

今回の疾患は特に高齢者に増えているらしく、日本だけで年間推定15000人にも達するもよう。筆者の親族も最初の頃は多少息切れする程度だったのですがしまいに自転車すら漕げず、階段すら登れず、という有様に。発症の兆候が夏バテとか貧血に似ているだけに軽口を叩いていたのですが、なぜあの時にすぐ病院に行けよ、とか言えなかったのか自責の念と後悔の念に日々かられております。ご親族が体調を崩されている場合に浅薄に軽口を利くのは絶対におすすめしません。

改めて今回思い知ったのですが疾患がはっきり分類できたとして、だいたいの現代西洋医学の場合、今までの叡智の結晶に基づくフローチャートに従ってアレかコレかの対策を選んでいって、選び終わって対策が尽きると支持療法以外手がない。科学に基づいた対策アイテムが事実として存在しない、と言うべきとは思いますし支持療法があるだけマシな上、昔よりもその延命レベルや分析レベルは上がっているのは確実なのですが、、、

いずれにせよここまで猛烈に無力感を喰らう経験も人生の中で3回くらいしかなかった気がします。アザシチジンはその経緯で見つけた薬だったのですが、高リスク群には太刀打ちが出来ないということが判明したのは調査開始の最初期のことでした。で、今現在は何とかしてくださる可能性のある方に、あるアプローチで御縋りする以外無いという状態になっています。

というわけで。

正直に申し上げますと今回の件で神頼みをする心情を部分的に理解してしまう側に一気に至ってしまいました。つまり無力感があまりにも大きいと科学的とか本来依るべき概念がどこかに行ってしまう。〇オパシーとかがんは気合で治りますとか、壺とか多宝塔とか信心と念仏が足らんから地獄に落ちるとか前世でサタンがどうのとか説伏大行進とか怖いお兄さん達が後ろにゴロゴロいそうな案件に頼るつもりは一切ございませんが、連中はこういう隙間につけこんで来るんだとというのを非常に強く認識した次第で。皆様もどうかお気を付けて(注:現在筆者が採っているアプローチはこれらに該当しません)。

また至って初めて「論語」の重要な概念、「格物到知」の格物しかわかっていなかったことを思い知りました。科学はまだ格物にしか過ぎず、到知、知に到るというのは実体験でしか得られないものごとである、と。この到知をどう捉えるのかを、古来の数多の賢人が考え悩んだ結果振り回さざるを得なくなったもののうち、アジアに栄えたものが仏教とか禅とかだと思いますが、このふたつは一神教の土壌から生まれた科学とは非常に相性がわるいというのはなんとなくわかる気がします。頭をはたかれるか目の前が真っ暗になるかとかいう実感でしか理解できない、論理性とか信仰心とか全く関係ないもんなんでしょうから。しかもそこを突破して知に到ってもだいたい何も一得るものが無いし切解決しないという。この状態をどう乗り越えるのか。

筆者は臨済和尚のようにはなれない凡夫であるので迫る現実が辛い悲しいどうしよう言いながら毎日グズグズしているのが現実ですが、お釈迦様ならそういう凡夫にも何かを体験させるような計らいをして下さってるはず、と思うくらいは衆生の一員として許してもらえるでしょう。そのぐらい思わんと救われんではないですか。

どうか薬学者、医学に関わられている科学者の皆様方、こういう筆者を含めた現世の数多の諦念を汲み取り、次代の良い薬をつくる土壌にしてくださるよう、切にお願いするものであります。

それでは今回はこんなところで。

参考文献

1. “新薬の開発とエピゲノム”, 日本医療研究開発機構(AMED), リンク

2. “Multiple new phenotypes induced in 10T12 and 3T3 cells treated with 5-azacytidine”, Cell, Volume 17, ISSUE 4, P771-779, August 01, 1979, リンク

3. “Azacitidine”, IARC Publications

4. “Potential Antimetabolites. II. Chemical Synthesis of 6-Azacytidine”, , リンク

5. “An Improved and Scalable Process for the Synthesis of 5‑Azacytidine:An Antineoplastic Drug Ⅱ”, Org. Process Res. Dev. 2013, 17, 303−30, リンク

6. “Lecture 8: Cell Cycle”, San Jose State University Biology 講義資料, リンク

7. “Genetics: A Conceptual Approach 6th ed. 2017 Edition”, Benjamin Pierce, リンク

8. “Azacitidine”, NATURE REVIEWS DRUG DISCOVERY VOLUME 4, APRIL 2005, 275, リンク

9. 加古川中央市民病院, 腫瘍・血液内科勉強会資料(2015年) リンク

10. “Enhancing survival outcomes in the management of patients with higher-risk myelodysplastic syndromes”, Cancer Control, 2009 Oct;16 リンク
11. “Randomized phase II study of azacitidine ± lenalidomide in higher-risk myelodysplastic syndromes and acute myeloid leukemia with a karyotype including Del(5q)”, Leukemia volume 36, pages 1436–1439 (2022), リンク

12. “Treatment of myelodysplastic syndromes in the era of precision medicine and immunomodulatory drugs: a focus on higher‑risk disease”, Journal of Hematology & Oncology (2022) 15:124, リンク

Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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