[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ビニル位炭素-水素結合への形式的分子内カルベン挿入

[スポンサーリンク]

ロジウム二核錯体やヨウ化銅(I)を触媒に用いたビニル位炭素水素結合への形式的分子内カルベン挿入を伴うインデン骨格の構築法が報告された。

カルベンのC–H結合挿入反応

遷移金属触媒を用いたC–H結合へのカルベン挿入反応は金属カルベン種の特徴的な変換法の1つであり、不活性なC–H結合を炭素官能基化できる有用な手法として知られている。

電子豊富なC–H結合に限るが、C(sp3)–H結合へのカルベン挿入は協奏的機構(図1A(a))であるのに対して、芳香族C(sp2)–H結合への挿入は求電子置換反応であり形式的な”カルベン挿入”といえる(図1A(b))。

アルケンのビニル位C(sp2)–H結合への挿入反応も、一般的には求電子置換反応型で進行するが、シクロプロパン化を併発する[1]。そこで、シクロプロパン化が進行しづらい位置にオレフィンのある分子内反応にすることで、ビニル位C(sp2)–Hへのカルベン挿入を優先させることができる。

最近de Bruinらは 、コバルト触媒によるオルトビニルN-トシルヒドラゾン(R2: エステル基・フェニル基等)のビニル位C(sp2)–H結合への分子内カルベン挿入反応によりインデン類を合成した(図1B) [2]。この反応は求電子置換反応とは異なり、コバルトラジカル中間体を経て進行する。しかし、興味深いことにカルベン挿入反応でよく用いられるRh二核錯体や銅(I)触媒では進行しなかった。

今回北京大学のWang教授らは、このカルベン挿入反応を再調査し、Rh二核錯体やヨウ化銅(I)を触媒にもちいたインデン骨格の構築に成功した (図1C)。本反応は芳香族C(sp2)–H結合と同様に求電子置換反応型で進行する。

図1. (A) C(sp3)–H結合およびC(sp2)–H結合へのカルベン挿入反応の一般的な機構 (B)(C) 形式的な分子内カルベン挿入を経るインデン合成

 

Rh(II)- or Cu(I)-Catalyzed Formal Intramolecular Carbene Insertion into Vinylic C(sp2)-H Bond: An Access toward Substituted 1H Indenes

Zhou, Q.; Li, S.; Zhang, Y.; Wang, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 50, 16013.

DOI: 10.1002/anie.201709375

論文著者の紹介

研究者:Jianbo Wang

研究者の経歴:
1979-1983 B.Sc., Nanjing University of Science and Technology
1984-1987 M.Sc., Hokkaido University (Prof. Hiroshi Suginome)
1987-1990 Ph.D., Hokkaido University (Prof. Hiroshi Suginome)
1990-1993 Posdoc, University of Geneva, Switzerland (Prof. C. W. Jefford)
1993-1995 Posdoc, University of Wisconsin-Madison, USA (Prof. H. E. Zimmerman and Prof. L. A. Fahien)
1995-1999 Associate Professor, Peking University
1999- Professor, Peking University

研究内容:金属カルベンを用いた新規触媒反応の開発

論文の概要

Wangらは求電子置換反応型の反応機構を想定していたため、オルトビニルN-トシルヒドラゾンの置換基をアリール基・アルキル基のもつ化合物を中心にして検討を行った。その結果、Rh2(Oct)4触媒存在下、リチウムt-ブトキシドを塩基に用い、オルトビニルN-トシルヒドラゾン1をトルエン溶媒中、100°Cで反応させることでインデン類2の合成に成功した(図2A)。

1の基質適用範囲に関しては、アリール部位(Ar)やビニル位(R1, R2)に置換基(アリール基・アルキル基)があっても良好な収率で2を与える。一部の基質で異性体2を生じるものの、反応時間を延ばすことで2から2に異性化できる。また、著者らはRh2(Oct)4のかわりに安価なヨウ化銅(I)を用いても、やや収率は劣るが同様の反応が進行することを見出した。

重水素ラベル化およびKIE実験による機構解明の結果、以下の反応経路が示唆された(図2B)。

  1. 1と塩基によるジアゾ化合物の生成、続くロジウム触媒による金属カルベノイド3の発生
  2. 電子不足なカルベン炭素へのビニルオレフィンの求核攻撃による5員環中間体4の形成
  3.  5のC–Rh結合からの電子移動による不飽和5員環5の生成
  4. 5から1,5-水素移動を経て2となる

という機構である。5の1,5-水素移動の際、異性体2’を生じうるが、加熱し続けることで熱力学的に安定な 2へ異性化できる。

図2.(A)基質適用範囲検討 (B)推定反応機構

 

参考文献

  1. Taber, D. F.; Amedio Jr., J. C.; Sherrill, R. G. J. Org. Chem. 1986, 51, 3382. DOI:10.1021/jo00367a030
  2. Das, B. G.; Chirila, A.; Tromp, M.; Reek, J. N. H.; de Bruin, B. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8968. DOI:10.1021/jacs.6b05434
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. スケールアップのためのインフォマティクス活用 -ラボスケールから…
  2. トリチウム水から完全無害な水素ガスを作り出す?
  3. 2残基ずつペプチド鎖を伸長できる超高速マイクロフロー合成法を開発…
  4. YMC-DispoPackAT 「ケムステを見た!!」 30%O…
  5. 転職を成功させる「人たらし」から学ぶ3つのポイント
  6. ガン細胞を掴んで離さない分子の開発
  7. き裂を高速で修復する自己治癒材料
  8. 美麗な元素のおもちゃ箱を貴方に―『世界で一番美しい元素図鑑』

注目情報

ピックアップ記事

  1. クレアチン creatine 
  2. 先端領域に携わりたいという秘めた思い。考えてもいなかったスタートアップに叶う場があった
  3. TEtraQuinoline (TEQ)
  4. 第一製薬、仏サノフィに脳梗塞予防薬の営業権を返還
  5. オキシ水銀化・脱水銀化 Oxymercuration-Demercuration
  6. シンクロトロンで実験してきました【アメリカで Ph.D. を取る: 研究の非日常の巻】
  7. 第50回「非二重らせん核酸は生物種を超えて生命を制御できるか」建石寿枝准教授
  8. 投票!2014年ノーベル化学賞は誰の手に??
  9. 春の褒章2011-化学
  10. マテリアルズ・インフォマティクスにおける予測モデルの解釈性を上げるには?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

配位子が酸化??触媒サイクルに参加!!

C(sp3)–Hヒドロキシ化に効果的に働く、ヘテロレプティックなルテニウム(II)触媒が報告された。…

精密質量計算の盲点:不正確なデータ提出を防ぐために

ご存じの通り、近年では化学の世界でもデータ駆動アプローチが重要視されています。高精度質量分析(HRM…

第71回「分子制御で楽しく固体化学を開拓する」林正太郎教授

第71回目の研究者インタビューです! 今回は第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」の講演者…

第70回「ケイ素はなぜ生体組織に必要なのか?」城﨑由紀准教授

第70回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第69回「見えないものを見えるようにする」野々山貴行准教授

第69回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第68回「表面・界面の科学からバイオセラミックスの未来に輝きを」多賀谷 基博 准教授

第68回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

配座制御が鍵!(–)-Rauvomine Bの全合成

シクロプロパン環をもつインドールアルカロイド(–)-rauvomine Bの初の全合成が達成された。…

岩田浩明 Hiroaki IWATA

岩田浩明(いわたひろあき)は、日本のデータサイエンティスト・計算科学者である。鳥取大学医学部 教授。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP