[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

シンクロトロン放射光を用いたカップリング反応機構の解明

[スポンサーリンク]

第152回目のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院工学府応用化学専攻・佐野浩介さん(博士前期課程修了生)、金沢優輝さん(博士前期課程1年)にお願いしました。所属先である平野研究室は有機金属化学と分子触媒化学を基盤として、共役ポリエンの合成や、メタラサイクルを経由した不斉反応などの成果を報告されています。

今回ご紹介する成果は、遷移金属を用いた脱水素型カップリング反応の機構に関して重要な知見を与えるもので、次のリンクから読むことができます。

Mechanistic Insights on Pd/Cu-Catalyzed Dehydrogenative Coupling of Dimethyl Phthalate

M. Hirano, K. Sano, Y. Kanazawa, N. Komine, Z. Maeno, T. Mitsudome, H. Takaya

ACS Catal. 2018, 8, 5827. DOI: 10.1021/acscatal.8b01095

また、平野先生は研究に携わったお二人を次のように評されています。

「この研究ではお世話になった先生方が大勢いるのですが、ここでは佐野君と金沢君についてコメントします。佐野君はジャズを愛する好青年で、研究室で初めてのチャレンジであるXAFSに果敢に取り組んでくれました。当初は放射光関連の研究会やセミナーに2人で参加しても完全なアウェー状態でしたが、ブルーノートをログノートに持ち替え、持ち前の探究心でゼロからのXAFS研究を粘り強く結果をまとめてくれました。パラジウム中間体の合成なども含めすばらしい研究になったと思います。現在は民間企業に就職してしまいましたが、良いところに拾ってもらえたので今後の活躍にも期待しています。金沢君は学部時代にダンスサークルに所属していてシックスステップやヘッドスピンを回してましたが、今回はトランスメタル化のステップと銅錯体の観点から触媒反応を回してくれて貢献大です。ちなみに我々のところでは学位論文審査とともに論文発表会で審査があり、評価の高い研究にはアワードがでるのですが平成29年度は佐野君と金沢君がダブル受賞してくれました。添付されている写真はその時のひとコマのようです。」

それでは、ご覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

フタル酸ジメチルの脱水素アレーンカップリング反応の機構について重要な知見を得ました。

フタル酸ジメチルの脱水素アレーンカップリング反応は、企業において見出された反応1であり、ポリイミドモノマーの前駆体合成において工業的にも重要な反応ですが、その収率は10%程度に留まっていました。そのため詳細な機構の解明が期待されていましたが、過酷な反応条件を要すること、希薄な触媒濃度でないと反応が進行しにくいこと、常磁性銅錯体が混在した複雑な触媒系であるといった課題のためにその機構については不明な点が多く残されていました。

本論文では推定中間体を別途合成・単離し、その量論反応や触媒反応、および液相XAFS測定を通じて機構に関する研究を行いました。その結果、本反応が不均化反応を経由していること、(アセタト)(ジメチルフタリル)(フェナントロリン)パラジウム(II)錯体が触媒反応中間体もしくは休止状態として実際の触媒反応に含まれていることが推定されました。(佐野)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるのは推定中間体の合成です。本研究で登場する推定中間体は特に複雑な錯体ではなく、合成は簡単なように思われましたが、意外と溶媒の影響なども受ける反応で、なかなかうまく合成できませんでした。そこで反応条件を工夫し、沈殿を濾別するだけで単離できるルートを考えた結果、最終反応生成物を再結晶するだけで純粋な目的物が得られるようになりました。(佐野)

触媒反応の経時変化を追跡したことに思い入れがあります。この反応は過酷な条件を必要として、助触媒として用いた銅塩のNMR測定ができないといった分析における難点が多く存在します。限られた機構解明の手法の中において、私は触媒反応の経時変化を追跡しました。反応溶液を一定時間ごとにサンプリングしてGCで定量するのですが、測定しなければならない試料の数が多かったのが印象に残っています。(金沢)

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?また、それをどのように乗り越えましたか?

XAFSの解析・解釈が難しかったです。私が所属していた分子触媒化学研究室にはXAFSに関する知見が全くありませんでした。そのため、自力で勉強するしかなく、本や論文を読み漁りました。また、SPring-8での測定時に満留先生や前野先生に解析方法を教えていただきました。おかげで卒業時には研究室で初歩的なXAFS解析講座を担当するくらいには成長できました。本論文でもXAFSのスペクトル図は私が書いています。(佐野)

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は今年、石炭化学メーカーに入社しました。石炭は古くから燃料資源として知られていますが、化学資源としての石炭は芳香族化合物の宝庫で、価値のある化合物がたくさんあります。今後はこの芳香族の特性を活かした化学に挑戦し、付加価値の高い製品を開発したいです。また産学連携にも関わり、学術的な化学の面白さも忘れずにいたいと考えています。(佐野)

研究生活で得られる化学的知見や考察力は自分の強みになると考えています。それを活かして人の役に立てる仕事に携わりたいと考えています。(金沢)

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

当たり前のことかもしれませんが、三年間の研究室生活で感じたことはディスカッションの大切さです。自分一人で考えているとどうしても固定概念に囚われてしまったり、新しい案が出なかったりします。そこで周りの人に今の状況を説明し、相手の意見を聞く。これをするだけで、説明による理解の深化と相手による新しい考えが得られます。学生や教員はもちろん、分野の壁を越えて他研究室ともディスカッションすることで、より良い研究につながるのではないでしょうか。(佐野)

 

 

脱水素アレーンカップリング反応は、基質の不活性なC–H結合を反応点にC–C結合を形成する理想的な反応であるにもかかわらず、選択性の制御や適用できる基質が限られるといった課題が多く存在する反応です。フタル酸ジメチルの脱水素アレーンカップリング反応をモデルとした機構解明が、この反応の高活性な触媒系の開発を実現するための土台となり、脱水素アレーンカップリング反応の発展に寄与することが期待されます。私もこの分野の発展に貢献できるように今後も研究したいと考えています。(金沢)

 

最後になりましたが、ご指導して頂いた平野雅文教授、小峰伸之助教、共同研究を行っていただいた大阪大学の満留敬人准教授、前野禅助教(現:北海道大学特任講師)および京都大学の高谷光准教授にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

参考文献

(1) Shiotani, A.; Itatani, H.; Inagaki, T. J. Mol. Catal. 1986, 34, 57–66.

関連リンク

東京農工大学プレスリリース

東京農工大学 平野研究室

研究者の略歴

名前:佐野浩介

現所属:JFEケミカル株式会社 ケミカル研究所 精密化学品開発センター

(経歴)

2016年3月 東京農工大学 工学部 応用分子化学科 卒業 (分子触媒化学研究室)
2018年3月 東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 物質応用化学専修 博士前期課程修了 (分子触媒化学研究室)
2018年4月~ JFEケミカル株式会社

 

名前:金沢優輝

現所属:東京農工大学 工学府 分子触媒化学研究室 (平野研究室)

(経歴)

2018年3月 東京農工大学 工学部 応用分子化学科 卒業 (分子触媒化学研究室)
2018年4月~ 東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 物質応用化学専修 博士前期課程

左:佐野さん、右:金沢さん

Orthogonene

投稿者の記事一覧

有機合成を専門にするシカゴ大学化学科PhD3年生です。
趣味はスポーツ(器械体操・筋トレ・ランニング)と読書です。
ゆくゆくはアメリカで教授になって活躍するため、日々精進中です。

http://donggroup-sites.uchicago.edu/

関連記事

  1. ケムステが文部科学大臣表彰 科学技術賞を受賞しました
  2. 【書籍】英文ライティングの基本原則をおさらい:『The Elem…
  3. 有機反応を俯瞰する ーシグマトロピー転位
  4. 化学者だって数学するっつーの! :定常状態と変数分離
  5. 不安定な高分子原料を従来に比べて 50 倍安定化することに成功!…
  6. 研究室でDIY!~光反応装置をつくろう~
  7. チオール架橋法による位置選択的三環性ペプチド合成
  8. 教科書を書き換えるか!?ヘリウムの化合物

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第三回 ケムステVシンポ「若手化学者、海外経験を語る」を開催します!
  2. 第11回 慶應有機化学若手シンポジウム
  3. メリフィールド ペプチド固相合成法 Merrifield Solid-Phase Peptide Synthesis
  4. ボラン錯体 Borane Complex (BH3・L)
  5. 求核剤担持型脱離基 Nucleophile-Assisting Leaving Groups (NALGs)
  6. 産総研で加速する電子材料開発
  7. アルツハイマー病の大型新薬「レカネマブ」のはなし
  8. edXで京都大学の無料講義配信が始まる!
  9. 全合成 total synthesis
  10. 誰でも参加OK!計算化学研究を手伝おう!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP