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分析化学

香料化学 – におい分子が作るかおりの世界

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概要

“におい”を題材とした系統的な化学の教科書であり,基本的な有機化学をもとに人が“におい”を感じる仕組みを説明。また,実際のにおい分析の様子や,分子の構造とにおいの関係などのテーマについて,著者の研究例をもとに解説。(引用:コロナ社

対象

有機化学を勉強した高校生以上。本書ではにおいと化学構造の関係を中心に論じているため、立体構造の違いで人が感じるにおいが変わることを認識できます。書籍の紹介サイトでは、“におい”について興味を持っている方や“におい”に関係した仕事をなさっている方など,少しでも“におい”と接点のある皆様にぜひ読んでいただきたい書籍だと紹介されています。

目次

1.においをミクロの世界から理解するための有機化学の基本
1.1 におい分子の構造の基礎事項
1.2 におい分子の性質
1.3 におい分子の構造解析の基本手段
2.におい素材のにおい研究の基本
2.1 におい素材のにおい特性の解析
2.2 におい素材のにおい成分の分析方法
2.3 官能評価の基礎
3.においを感じる仕組み(嗅覚メカニズム)に基づいたにおい素材のにおい解析
3.1 においを感じる仕組み
3.2  GC-MSによる複合臭の解析
4.においを発する素材のにおい解析の実践
4.1 植物のにおい解析の実践
4.2 食品のにおい解析の実践
5.におい分子の構造変化によるにおいの変化
5.1 におい分子の構造の変化がにおいをどう変えるか
5.2 白檀の重要なにおい成分サンタロール類の構造変化とにおいの関係
5.3 スターアニスの重要なにおい成分アネトール類の構造変化とにおいの関係
5.4 バニリン誘導体の構造変化とにおいの関係
5.5 ベチバーの主要成分クシモールおよびその誘導体の構造とにおいの関係
5.6  c-ラクトン類の構造とにおいの関係

解説

有機化学に関する実験に従事していると、溶媒や原料の匂いを感じることは避けられず、匂いで溶媒の種類や反応後の収率が分かるようになることもあります。ただし実験で感じるにおいは臭い場合がほとんどで、中には匂いで黒歴史を作ってしまったことがある人もいるかと思います。一方で日用品や化粧品、食品において香りは重要な要素であり、石けんや洗剤に心地よい香りを付加した商品が多数発売されています。本書では、そんな香りと関係が深い化合物にスポットライトを当てて香料化学の基礎から研究のアプローチとその結果を紹介しています。

まず第一章ですが、有機化学の基礎と以降の章で登場するNMRチャートについて解説されています。学部低学年で学習する内容ですが、有機分子の振る舞いを理解するには必須の内容が解説されており、構造式にご無沙汰な方にはちょうど良い復習になるかと思います。第二章では香料化学の研究手法を紹介しています。におい成分を調べる場合には、抽出から実験が始まりますが、香料化学の研究において一般的な抽出方法がどのように使い分けられるかを本書にて理解することができました。また、GCによって分離された化合物の匂いを嗅ぐことができるにおい嗅ぎ装置付きガスクロマトグラフィー(GC-O)や、官能評価の方法についても詳説されており独特の機器や方法に触れることができます。

スニッフィングポート、GCからガスを引き込んで人が嗅ぐことができるようになる。二人で同時に嗅いで比較できるシステムも販売されている。(出典:GLサイエンス

第三章では、においを感じるメカニズムを解説しています。ここでは体内の仕組みではなく、におい分子の構造やその組み合わせに関して人がどう感じるかを解説しています。この章を読み進める中で分子同士の相互作用でにおいが大きく変化することが印象に残り、その上で香水などは原料の絶妙な配合で良い香りが作られていると理解しました。第四章では、サンダルウッド乳香、緑茶、日本酒を題材に抽出を行い、構造解析で含まれる分子を推定し、同じ匂いを持つ分子でグループ分けした結果が解説されています。緑茶の例では、匂いの元となる化合物を特定するために抽出物をLAH還元して確認しており、有機反応の手法も分析において役立つことを実感しました。この章と次の章ではたくさんの構造式が登場するため、有機化学を専門とする方にとっては香料化学が最も面白く感じられるパートだと思います。第五章では、いくつかの特徴的なにおいを持つ分子に関してその誘導体でにおいを比較し、分子構造とにおいの関係を調べた結果を紹介しています。この章を読む前は一般的な官能基別のにおいの印象が強く、分子の官能基がにおいを大きく変えると思っていましたが、誘導体の比較により官能基の種類よりも二重結合の位置や炭素数の違いの方がにおいへの影響が大きい結果も示されており、レセプターに結合する分子の立体構造特異性が重要であることを再認識しました。近年ではAIの応用が化学においても進んでおり、化学構造から匂いを予測できるAIが開発できる可能性を本章を読んで強く感じました。

本の紹介ページでは、“におい”の化学の入門書であり,専門書でもあると書かれているように、全体としては分子構造の基礎から入り、においの研究手法から研究結果までを触れることができる内容になっています。本文は化学的な内容がほとんどですが、コラムには身近なにおいについてのトピックがまとめられており、読むとそれらを家庭や職場での雑談中に披露したくなると思います。著者は、埼玉大学理工学研究科物質科学部門長谷川 登志夫准教授で、植物の香気成分の構造と香りの関係を中心に研究されているようです。入門の内容については、長谷川准教授が動画にまとめられており、書籍購入の参考にできます。

有機合成で臭いに匂いにうんざりしたら、本書を読んでいい香りに思いを馳せると気分転換になるかもしれません。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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