[スポンサーリンク]

一般的な話題

NMRの化学シフト値予測の実力はいかに

[スポンサーリンク]

ある化合物のNMRの化学シフト値を調べるときには、文献から合成例かSDBSといったデータベースから実測値を調べるのが通常の手段ですが、実測値がない場合には予測値でもいいから知りたいという場合もあります。一昔前は、あまり精度が良くないChemDrawに付属する機能しかありませんでしたが、今では研究が進みいろいろなサービスがあります。今回は、そんなNMR予測サービスと予測値の比較結果について紹介します。

化学シフト値予測とは

NMRの基礎知識で紹介しましたが、NMRによって化学シフトを測定することで、原子核の置かれている環境情報が得られます。そのため、原子核の置かれている環境を計算によってシミュレートすれば化学シフトを予測することができ、量子化学をはじめとする理論化学の手法を用いて分子の構造最適化、振動計算を行えば、化学シフト値を予測することができます。理論的に正しい予測は、Gaussianなどを使う手法ですが、分子が大きくなるほどパソコンの処理時間がとても長くなります。そこで、構造式からNMRの化学シフト値を簡単に予測する方法が開発されています。

各種NMR予測サービス

  • nmrdb.org:スイス連邦工科大学ローザンヌ校の化学工学研究所、情報化学部門長Luc Patinyらによって運営されているサイトです。1H,13CだけでなくCOSYなどのスペクトルを構造式から予測することができます。
  • NMRShiftDB:NMRShiftDBは、有志によって作られているNMRデータベースでその中に予測サービスも公開されています。1H,13CだけでなくCOSYなどの二次元や、19F,15N,31Pなどの多彩な核種を選択でき、重溶媒を選択すると補正もかかります。予測値の信頼性が低い場合には、正直に信頼できないかもしれないと表示されます。
  • ChemDoodle:ChemDrawと似たようなソフトのNMR予測機能をWeb上でデモとしてトライすることができます。シンプルなインターフェイスで1H,13C、Massが同時に表示されるのが特徴だと思います。
  • Orange NMR:ChemSketchで有名なAdvanced Chemistry Development社でのキャリアを持つKirill Blinovさんが開発したiOSアプリです。無料版では12原子までの1Hと13Cが予測できます。

文献化学シフト値の比較

実際に各サービスで化学シフト値を比較してみました。実測値はSDBSから取得し、上記に加えてChemDraw(バージョン18.0)とで予測を行いました。分子全体の化学シフト値の誤差は、RMSE(二乗平均平方根誤差)によって数値化しました。残念ながら、ChemDoodleには使用回数制限があるようで途中までしか予測できませんでした。

手始めに6員環と5員環がつながったジエンを予測したところ、全体的にどのソフトもまずまずの精度の結果になりました。ChemDrawはプロトンでほぼ正確に予測できましたが、カーボンでは4番炭素が大きくずれ精度が悪くなりました。。NMRShiftDBも低磁場側で予測が大きくずれています。

次のジメチルジエンでは、意外にもChemDoodleがプロトンで最も高い精度を出しました。ChemDrawは、カーボン、プロトンともにそれなりの精度になっています。NMRShiftDBは、やはり低磁場のカーボンの予測が弱い結果になりました。

次にアミノトリアゾールを予測しました。ここで、nmrdbはCH以外のプロトンは予測しないことに気づきました。意外にもOrange NMRがピタリ賞を出す結果になり、それ以外ChemDrawが健闘していますが、プロトン実測値よりも低磁場に予測する結果になりました。

ビニルシランの予測では、元素の制限でChemDoodleとOrnage NMR、nmrdbのカーボンが予測できませんでした。ChemDrawのプロトンは安定して高い精度を出しているものの、カーボンでは2番炭素が上手く予測できていません。ジエンの同様の炭素は精度が良かったのでシリコンの影響でずれたのかもしれません。

炭素数が化合物としてカルバゾール誘導体を予測しました。Oranage NMRは無料版の原子数を超えているので予測できませんでした。やはりChemDrawの低磁場の精度は他と一線を画すものがありますが、総合的に見れば、nmrdbのほうが良い結果になりました。

4つのベンゼン環を持つ化合物の予測も行いましたが、ChemDrawが総合的に高い精度を出しました。不規則な構造でなければ分子量が大きくなっても精度には影響しないのかもしれません。

最後にフルオロベンゼン誘導体を予測しました。プロトンの予測は高いもののカーボンでは、ChemDrawが8番炭素でまさかの大誤算!(ゴチになります!風に)一方のnmrdbはフッ素が結合していても高い精度になりました。

総評としては、大誤算もあるもののChemDrawが総合的に高い精度を出していることがわかりました。フリーソフトの中ではnmrdbが精度が高いと言えますが、NMRShiftDBのほうが制約が少なく重溶媒による補正する機能もあるので、適用範囲が高いと言えます。今回は、天然物やフッ素以外のハロゲン、リン、硫黄含有化合物などは行いませんでしたが、比較すると上記以外の違いが見えてくるかもしれません。

MSの場合には測定結果から分子を推定する機能がGC-MSやLC-MSに搭載されていますが、NMRにはそのような機能はまだありません。一方で最近、量子化学と機械学習を組み合わせて、最高精度の化学シフト値の予測に成功したことを報告しました。NMR測定において重要なことは結果をどう解釈するかで、構造が複雑になるほど他のデータを参照したりと経験が必要になります。そのため予測機能が発達すれば、より簡単で正確にNMRから構造を予測することができるかもしれません。

関連書籍

[amazonjs asin=”4782707746″ locale=”JP” title=”パソコンによるFT‐NMRのデータ処理”] [amazonjs asin=”0080999867″ locale=”JP” title=”High-Resolution NMR Techniques in Organic Chemistry, Third Edition”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 自己修復性高分子研究を異種架橋高分子の革新的接着に展開
  2. 位置多様性・脱水素型クロスカップリング
  3. ビジネスが科学を待っている ー「バイオ」と「脱炭素」ー
  4. 研究者向けプロフィールサービス徹底比較!
  5. カルボン酸をホウ素に変換する新手法
  6. 魅惑の薫り、漂う香り、つんざく臭い
  7. プロドラッグの活性化をジグリシンが助ける
  8. ダン・シェヒトマン博士の講演を聞いてきました。

注目情報

ピックアップ記事

  1. Purification of Laboratory Chemicals
  2. ロビンソン・ガブリエルオキサゾール合成 Robinson-Gabriel Oxazole Synthesis
  3. 世界初のジアゾフリーキラル銀カルベン発生法の開発と活性化されていないベンゼノイドの脱芳香族化反応への応用
  4. Practical Functional Group Synthesis
  5. 化学系必見!博物館特集 野辺山天文台編~HC11Nってどんな分子?~ 45 mミリ波電波望遠鏡(筆者撮影)
  6. トリフルオロメタンスルホン酸2-(トリメチルシリル)フェニル : 2-(Trimethylsilyl)phenyl Trifluoromethanesulfonate
  7. 磁気ナノ粒子でガン細胞を選別する
  8. 化学工場災害事例 ~爆発事故に学ぶ~
  9. Sim2Realマテリアルズインフォマティクス:データの乏しさを分子シミュレーションにより克服する
  10. IRの基礎知識

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP