[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

エステルからエステルをつくる

[スポンサーリンク]

第 260 回のスポットライトリサーチは早稲田大学 山口研究室の博士課程 2 年生の一色遼大さんにお願いしました。

一色さんの所属する山口研究室は、「分子をつなぐ」「分子をぶっ壊す」「革新的分子をつくる」という合成化学の最も基本的な命題に、独自の合成戦略と触媒の力で研究しています。一色さんは「分子をつなぐ」テーマに取り組んでおり、このたびその成果を ACS catalysis に報告しました。

Ester Transfer Reaction of Aromatic Esters with Haloarenes and Arenols by a Nickel Catalyst
Isshiki, R.; Inayama, N.; Muto, K.; Yamaguchi, J. ACS Catal. 2020, 10, 3490-3494 DOI 10.1021/acscatal.0c00291

この成果は、プレスリリースとして発表されるだけでなく、日経産業新聞にも取り上げられました。論文発表から 2ヶ月が経とうとしている 2020 年 4 月 22 日現在でも、ACS Catal. の月間 Most Read Articles にランクインしており、一般メディアと研究者コミュニティのどちらでも注目されていますことが伺えます。今回インタビューした一色さんは、まだ博士 2 年にもかかわらず「何報目の論文かわからない」と山口研のブログの中で言及されており、その実力は折り紙つきです。そんな一色さんについて、研究室を主宰する山口先生からコメントをいただいています。

一色くんは早稲田での僕の研究室の1期生であり、研究室の「エース」ですね。正直、全く出来なかったのですが、有機化学にのめり込み、持ち前のポテンシャルの高さから、知識も研究力も抜群に伸びました。いちばん重要なところは、研究に対する熱意が他を圧倒しています。さらには、新しい反応を探すことに長けていて、彼の発見がもととなった研究は多くの後輩が引き継いで研究しています。まだ博士2年になったばかりですが、アカデミック志望なので、ぜひ注目しておいてもらえると幸いです。なお、修士2年の稲山さんも、たくさんの条件検討の末、本論文の収率アップに多大なる貢献したため両者とも筆頭著者になります。

それでは、一色さんの研究の熱意にも注目して、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?

今回私たちは、芳香族エステルのエステル骨格を芳香族(擬)ハロゲン化物上に転移させるエステル転移反応を開発しました。

二つの有機分子がもつ異なる官能基の交換反応が進行すれば、高い原子効率で一挙に二分子の変換が可能となり、効率的な分子の構造修飾ができます。2018年にMorandiらArndtsenらによりPd/Xantphos触媒存在下、ヨウ化アリールと芳香族酸塩化物とを反応させると官能基交換反応が進行することが報告されました(図1)。2,3この形式の反応の鍵は二種類の異なる単結合に酸化的付加できる触媒を使用することです。

図1. ヨウ化アリールと芳香族酸塩化物との官能基交換反応 (Morandi, および Arndtsenのグループ)2,3

当研究室ではこれまでに、独自に開発したNi/dcypt触媒を用いると芳香族(擬)ハロゲン化物のC–X結合と芳香族エステルのC(acyl)–O結合とをそれぞれ切断できることを報告しています。そこでこのNi/dcypt触媒を使用することで芳香族(擬)ハロゲン化物と芳香族エステルとの官能基交換反応が進行すると考え検討を始めました。しかし残念なことに芳香族(擬)ハロゲン化物の還元的脱離に障壁がありエステルが転移した化合物しか得られませんでした(図2)。交換反応が進行しなかったのは残念ですが芳香族エステルのエステル骨格をそのままエステル源として新たな芳香族エステルを合成することのできる面白い反応には変わりないので満足しています。

図2. 芳香族(擬)ハロゲン化物と芳香族エステルとのエステル転移反応 (本研究)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

気に入っているところは無保護のアレノールを直接エステル化できるところです(図3)。適用可能なアレノール誘導体の探索をしていたところ、芳香族エステルもアレノール誘導体だなと思い、反応させたところ二種類のエステルから新たなエステルを合成できました。そこで無保護のアレノールを用いた場合にも系中でエステル化が進行すれば適用できると考えました。実際に試してみたところ予想通りに反応が進行しました!論文の査読者にも大変評判が良くこのスキームにはとても思い入れがあります。「エステルとエステルからエステルを作るんだよ。」と言っても一回では誰にも伝わらない点もお気に入りです。

図3.無保護のナフトールへのエステル転移反応

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

低収率が一番の課題でした。共同筆頭著者の修士2年の稲山さんが怒涛のスクリーニングでDMAPの添加により収率が改善することを発見してくれてなんとか論文にすることができました。(それでも収率はかなり低いですが。)

官能基が交換しない問題に関しては続報があるので楽しみにしていてください。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

死ぬまで自分の好きな化学を続けていきたいです。反応開発はもちろん、全合成や材料などやりたいことは何でもチャレンジできるフットワークの軽い研究者を目標にしています。

また、有機化学の楽しさを多くの学生に伝えられるように教育面にも力を入れたいです。ただ、どんな学生にも負けずに一番楽しんでいるのは一色だと言われるような生涯現役の実験化学者でありたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

たくさん実験しましょう。有機合成は手を動かせば動かすほど結果がついて来てどんどん楽しくなっていきます。裏実験が進行した時の喜びと言ったら麻薬的です。実験が嫌いな人ももう少しやったらきっと好きになるでしょう。あまり責任感を感じずに楽しさだけで実験できるのも学生のうちだけだと思うのでみんなで今のうちにたくさん楽しみましょう。

最後に、日頃の研究を指導してくださっている潤さん、慶さん、英介さん、今回バリバリ実験して論文を形にしてくれた稲山さんにこの場を借りて感謝申し上げます。また、こうした形で研究紹介を行う機会を下さったケムステスタッフの皆様にも深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前:一色遼大

所属:早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻 山口潤一郎研究室

博士課程二年 日本学術振興会特別研究員(DC1)

研究テーマ:炭素-炭素結合切断型触媒的カップリング反応の開発

(左) 共同筆頭著者の稲山さん (右) 一色

参考文献

  1. Isshiki, R.; Inayama, N.; Muto, K.; Yamaguchi, J. ACS Catal. 2020, 10, 3490-3494 DOI 10.1021/acscatal.0c00291
  2. Lee, Y. H.; Morandi, B. Metathesis-Active Ligands Enable a Catalytic Functional Group Metathesis Between Aroyl Chlorides and Aryl Iodides. Nat. Chem. 2018, 10, 1016– 1022, DOI: 10.1038/s41557-018-0078-8
  3. De La Higuera Macias, M.; Arndtsen, B. A. Functional Group Transposition: A Palladium-Catalyzed Metathesis of Ar-X σ-Bonds and Acid Chloride Synthesis. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10140– 10144, DOI: 10.1021/jacs.8b06605

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4759813977″ locale=”JP” title=”高機能性金属錯体が拓く触媒科学:革新的分子変換反応の創出をめざして (CSJカレントレビュー)”]
Avatar photo

やぶ

投稿者の記事一覧

ポスドク。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. 化学者がMidjourneyで遊んでみた
  2. 君はPHOZONを知っているか?
  3. 静電相互作用を駆動力とする典型元素触媒
  4. 化学研究ライフハック: 研究現場のGTD式タスク管理
  5. 【解ければ化学者】オリーブオイルの主成分の素はどれ?【脂肪の素っ…
  6. マンガン触媒による飽和炭化水素の直接アジド化
  7. 第40回ケムステVシンポ「クリーンエネルギーの未来を拓く:次世代…
  8. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方と…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 潤滑剤なしで抜群の滑りを実現する「自己潤滑性XXドーム」が開発されている
  2. 有機合成化学協会誌2025年2月号:C–H結合変換反応・脱炭酸・ベンゾジアゼピン系医薬品・ベンザイン・超分子ポリマー
  3. 生物活性物質の化学―有機合成の考え方を学ぶ
  4. 研究室での英語【Part1】
  5. 糖鎖合成化学は芸術か?
  6. カルベンで挟む!
  7. 反応化学と生命科学の融合で新たなチャレンジへ【ケムステ×Hey!Laboインタビュー】
  8. アスタキサンチン (astaxanthin)
  9. ダニエル・ノセラ Daniel G. Nocera
  10. 変わったガラス器具達

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年4月
月 火 水 木 金 土 日
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

光前駆体法の活用によって、ヘプタセンで初の一重項分裂を観測!

第725回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室(山田研…

【スタッフ・寄稿募集】Chem-Stationで、化学を「伝える側」になりませんか?

Chem-Station(ケムステ)は2000年に開設された国内最大の化学ポータルサイトです。大学・…

第17回大津会議―とある参加者の記録―

2026年9月28日~29日に開催された第17回大津会議についての、とある参加者の記録です。この記事…

第17回大津会議 -Otsu Conference- 2026 開催報告 ~新体制で紡ぐ「有機合成の夢」~

第17回大津会議が2026年9月28日(月)〜9月29日(火)びわ湖大津プリンスホテルにて開催されま…

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

観察を写真で残す!カメラ内蔵リアクタ EasyMax 102i を使ってみた

反応の温度も、攪拌(かくはん)も、滴下も、サンプリングもいまや自動で記録される時代になりました。とこ…

ケムステ人気新着記事 トップ 5【2026年9月版】

2026年9月にケムステでは21本の新しい記事を公開しました。この記事では、その新着記事の中から、ペ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP