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一般的な話題

誤解してない? 電子の軌道は”軌道”ではない

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この記事では、化学の中でも重要な概念である軌道についてお話しします。特に以下の疑問点については、明確にしたいと思っています。

  1. 量子の世界と古典の世界の相違点は結局、何だったのか。
  2. よく見かける軌道の形(ex: s軌道,p軌道,d軌道,…)を図示したものは実際に、空間上に広がって存在しているのだろうか。
  3. 電子配置を考える際に軌道に電子を入れるという言い方をするが、軌道と電子はどの様な関係で結ばれているのか。

今回取り上げる上記の3点の疑問点は、何を隠そう私がずっとあやふやに感じていた点です。1の疑問点としてよくある切り口は粒子と波動の二重性というものがあります。それについては既にやぶさんが記事「波動-粒子二重性 Wave-Particle Duality:で、粒子性とか波動性ってなに?」の中で解説してくださっています。なので、今回は違った観点から量子の世界の不思議を見ていこうと思います。実は数学的には同じことを言っているのですが、その点についてはまたの機会に譲ることにしましょう。2,3についても、これまた私自身、何回も混乱したところでした。

軌道というのは化学を勉強していれば、どの方面の方でも1度はふれることでしょう。決して物理化学だけに限ったものではありません。現に有機系の研究を進める際にも定性的なイメージを論理的に説明する際にs軌道やp軌道など(無機化学ではd軌道やf軌道も)を用いる場面はあるでしょう。今や軌道概念は化学の隅々にまで浸透していると言ってよく、まさに化学の三種の神器である!(と勝手に思っています)

このように化学において重要な軌道の概念ですが、往々にして化学系の教科書、ひいては授業でも軌道の形が分かり次第、すぐにそれを応用する方向に進んでしまいます。そこで何となく慣れてきてわかった気になり、そのまま進んでしまう方も多いでしょう(例に漏れず私もその一人でした)。しかしこのように基礎的な内容ほど、よくよく考え直してみると分かっていないというのはよくある事です。この記事は、ある程度学習が進んでいる方へ新しい気づきが1つでもあればいいなと思い書きました。一方で、これから新しく化学を学ぼうとされている方にも、陥りやすい混乱の種を取り除き、その先の学習の一助となるように初歩的なところから書いています。

さてさて御託はこの辺にして早速始めていきましょう。

古典と量子の相違

まずは軌道概念の舞台である量子力学の世界を少しのぞいてみましょう。そのためにも古典と量子との決定的な相違点を見ていく必要があります。古典というのは量子力学的な世界像との対比としての意味であって、決して字面通りの古いという意味ではありません。今でも日常スケールで考えれば古典力学や電磁気学は、良い予言を与えてくれるわけです。しかし19世紀後半から20世紀前半にかけて、私たちにとって馴染みやすい古典的な考え方ではどうしても理解できない内容が出てきてしまい、大きな変革を余儀なくされました。それが量子の世界です。あまりにも異なる為に、量子力学が生まれる前と後とで形式的に区分けされたのでした。

古典論では物体の軌跡が一義的に決定できる

私たちが大学以前で習ってきた物理は、俗に言う古典力学というものでした。古典力学は、運動する物体の『時間追跡(未来を予言)』をすることが大きな目標です。ある初期条件の下で時間追跡ができたという事は、知りたい情報がすべて『時間の関数として表現できた』ことを意味するので、これから先の事もそれ以前の事も一義的に決定できるのです。考えている物体の軌跡や、各点の速度や加速度などの情報が逐一決定できてしまうとも言えます。
そんな時間の予言に必要な方程式は何だったのかというと以下のNewtonの運動方程式というものでした。

(1)   \begin{align*} m\ddot{\bm{x}} = \bm{F} \end{align*}

これは右辺から左辺の方向に読んで、力\bm{F}を加えたられた結果として加速度\ddot{x}が生じると解釈します。このように、「ある原因のもとある結果が生じる」という思考の形式を因果律と呼んだりしていました。あまり気になさる必要はありませんが、Newton自身は著書プリンキピアにて力を加えられた結果として『運動量m\bm{v}』が変化すると書いているようです。実際には質量の変化も考慮する点では、そちらの方がより適切ですが今回はそこには言及しないことにしましょう。

ここまでは皆さんもよくご存じの内容で、復習になります。上記の内容で特にしっかりと認識してほしいことが2点あります。

  • 古典論では物体の軌跡がNewtonの運動方程式と初期条件をもとに一義的に決定できる。
  • 物理量(加速度や速度)などは原理的に一意義に決定でき、その物理量を測定した際の時間も含めて一つのデータの塊とすれば全て区別することが出来る

2つ目については例えば、P_1: (x_1,v_1,t_1) = (2,3,1), P_2: (x_2,v_2,t_2) = (3,4,2)などとすれば、当然ですがP_1 \neq P_2ですね。ここでは位置をx,速度をv,時間をtと表していることに注意してください。今このようなデータ一つ一つを物理状態と名付けたわけです。

量子論では電子の位置が各瞬間で定まらない[1]

かたや量子の舞台はどうでしょう。なんと先の2点が量子の世界では一般に成り立たないのです。1について、私たちは日常生活の直観から言って『物体の運動には必ず軌跡があってその軌跡はいつでも確かめることができる』という事に疑いを持つことはないでしょう。

実際に机の上で消しゴムなどを摘まんで動かしてみましょう。目視でも消しゴムの軌跡があることが分かるでしょう(急に消えたりしない!)。中には心配性な方もいらっしゃるかもしれません。そういう方は、ストロボスコープなどを用いれば心配ないでしょう。運動の軌跡がしっかりと確認できます。しかし量子の世界ではなんとこの『軌跡』という概念を捨て去らなければならないのです。より正確に言うと

  • 電子には『各瞬間瞬間に定まった位置』という概念が存在せず,よって電子の軌跡を追う事は『原理的に』できない

これはとっても不思議に思えます。各瞬間の位置さえもわからないのならば一体何を根本において考えれば良いのでしょうか。そんな中で、更に追い打ちをかける変更点があります。

  • 量子の世界では一般に物理量を全て確定値として決定することが『原理的に』できない。つまり『原理的に』測定値は測定ごとに『ばらつき』が生じてしまう。

測定とは何かと言われると実は中々に難しいのです。詳しく知りたい方は量子測定についての本をご覧になってください。しかし、今回のところはそこまで詳しく理解していなくても十分で、目的の物理量(例えば位置や運動量)を知るための操作程度に理解して頂ければ十分でしょう。

さてどうでしょうか。これは古典論に慣れきってしまった我々には衝撃です。なんと軌跡もわからなければ、一般に物理量も同時に決定できないのです。しかもこれは測定の人為的な誤差などに起因するものではなく、自然自身がその構造において要求していることなのです!

本来はこの二点をしっかりと認識したうえで量子化学を勉強する必要があるのですが、あまりこのような点を指摘し、深く取り上げている教科書は少ないのが現状です。冒頭でも述べた波動と粒子の二重性に過度にスポットが集中しています。波動と粒子の二重性は、初学者にとっては混乱の種になる可能性が高く、一通り学習が進み量子力学について整理がついた人向けといってよいと思います。むしろ初学者の方や量子化学に苦手意識のある方は、上記の2点を認識して勉強するだけで理解がすすみ、量子力学・化学の味わいが増していくのではないかと個人的には思っています。

ここで、本題との繋がりにピンときた方もいらっしゃるかもしれません。我々が軌道と読んでいるs軌道、p軌道、d軌道…はあくまで量子的な概念である以上、古典的な軌道とは一線を画す概念なのです。

不運なことに翻訳が同じままになってしまい初学者や、ひいてはある程度学習が進んでいる人でさえ混乱が生じています。同じ軌道という呼ばれ方でも明確に異なる概念である事を意識してください。このことについて詳しく見ていきましょう。

原子軌道が導かれる過程

少し道草を食う事にします。まずは我々のなじみのある軌道がどこから生まれてくるのか、その流れを大雑把に復習します。

まず量子力学では古典力学のNewtonの方程式にあたる式として、Schrödinger方程式がありました。Schrödinger方程式は

(2)   \begin{align*} i\hbar\frac{\partial \psi}{\partial t} = \hat{H}\psi \end{align*}

と書き下せます。ここで少し注意しますと、上記の式は正確にはSchrödinger方程式とは呼ばず、正準交換関係を満たす演算子によるSchrödinger表現と呼びます。Schrödinger方程式とSchrödinger表現は明確に異なりますが多くの教科書で(2)式をSchrödinger方程式と呼んでいるため,混乱のないようここでもそれに合わせることにします。なぜ違うのに用いても良いのか、気になるところではありますが、ひとまずおいておきましょう。この(3)式はハミルトニアンについて時間の項を含まない場合に下記の様に式変形できます。

(3)   \begin{align*} \hat{H}\psi = E\psi \end{align*}

これを定常状態のSchrödinger方程式と呼んでいました。この導出過程やSchrödinger方程式についての初歩的な内容についても、既に「化学者だって数学するっつーの! :定常状態と変数分離」という記事の中で、わかりやすく解説されているので是非合わせてご覧ください。話は飛ぶようですが、昔は映画の事を活動写真と呼んでいました。意味はお分かりの様に1枚1枚の写真をつぎはぎしていく事であたかも動いているように見せていたことからこのような名前になったそうです。映画の全体としての動きと、それを構成する1枚の絵の関係を的確に表現した言葉です。なぜこんなことを言い始めたかというと、今話題としているSchrödinger方程式について、時間発展するSchrödinger方程式がいわば活動写真の様なもので、この定常状態というのはそれを構成する1枚の写真(ある時間Tで固定された状態)の様なものなのです。
さてここまでくると導出の一部が遂行できます。以下は一電子系について記述していきますが、詳しい流れはどの量子化学の本でも記載されているので、是非そちらも適宜参照してください。(3)式から一電子系のクーロンポテンシャル下でのSchrödinger方程式は

(4)   \begin{align*} \left[-\frac{\hbar^2}{2m}\left\{\frac{\partial ^2}{\partial x^2}+\frac{\partial ^2}{\partial y^2}+\frac{\partial ^2}{\partial z^2}\right\}-\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0r}\right]\psi(x,y,z) =E\psi(x,y,z) \end{align*}

と表せます。座標系は適宜、解析のしやすいように工夫することができます。今回の様に中心力が働くような場合は、極座標へ変換するのが定石でした。この後の解析についてはどの量子化学の本でも触れられているはずなので是非確認してみてください。

軌道図

さてさて無駄話も終わってやっと本題です。上記のSchrödinger方程式を解いて

図1. 原子軌道のイメージ図 (出典: 東邦大学ホームページMolecule of the Monthの原子の構造より引用)

上記のような私たちになじみのある軌道が出てきます。軌道の表記の仕方には様々なものがありますが、一番本質的でかつ分かりやすいのは上記の図になるでしょうか。これらの軌道のイメージ図はどの様な形で定式化されていたのかというと

(5)   \begin{align*} |\psi(r,\theta,\phi)|^2 d\tau = |R_{nl}(r)Y_{lm}(\theta,\phi)|^2 r^2\sin\theta dr d\theta d{\phi} \end{align*}

からくるものでした(動径方向については、より正確には球殻の4\pi r^2を乗じた動径分布関数を考えます)。

これは波動関数の自乗を電子の存在確率の確率密度とするBornの解釈に由来します。注目すべきは電子の存在確率の確率密度という箇所です。ここで思い返して頂きたいのですが確率という考え方は、多数回の試行があって初めて成り立つ考えでした。すると疑問が生じて来ます。今回の様に1個の電子しか考えていない場合にはどのようにして確率を考えれば良いのでしょう。
実はこの点も当たり前なこととして化学の教科書に詳しく記載されていません。この点を再認識する事もこの記事の目的なのです

軌道図は統計的な概念である

この疑問を解決するために思考実験をしてみましょう。クーロンポテンシャル下にある電子の位置を測定するという実験です。

図2. 各測定において電子が見いだされた位置をプロットした図

上図の水色の点は何回目の実験でどこに電子がいたのかをプロットした図です。先に述べたように、測定によって得られた電子の位置にはばらつきが生じています。

しつこい様ですがこの様なばらつきは決して事前に予測できるようなものではありませんでした。この様な位置を測定する実験をN回行ってその極限をとる。例えば位置r=(x_0,y_0,z_0)に電子がいる確率P(r)というのは、
N回の位置の測定のうち測定結果がrであった回数がM回であったとすると

(6)   \begin{align*} P(r)\equiv\lim_{N\rightarrow\infty}\frac{M}{N} \end{align*}

として定義されることになります。この様にして得られる確率の分布を図にしてみましょう。図にするためには電子の位置をプロットした図2の写真たちを1枚に重ね合わせればよいでしょう[2]。

 

図3. 電子に位置をプロットした図を重ね合わせることで”軌道”が浮かび上がる様子(出典: 宮城教育大学のホームページより引用)
いかがでしょうか。これは私たちの良く知る1s軌道ではありませんか。

簡単のためにs軌道を考えましたがp軌道もd軌道も全て同じ要領で描かれるものです。つまり原子の軌道というものは統計的な概念なのです。ここまでくると先ほど図1が表記として本質的と言っていた意味が分かってくるでしょう。

よく見かける軌道図として下記の様なものもあります。これを今は輪郭表示と呼ぶことにします。

図4. 原子軌道の輪郭表示 (出典: Wikipediaのs軌道、p軌道のページより引用)

輪郭表示は電子の存在確率のおよそ90~95%の領域で区切ったもので[3]、名づけた通り、軌道の輪郭を把握する際に適しています。一方で統計的な要素は描かれていません。そのためあたかも図4の様な軌道が広がっていると誤解してしまう場合があります。図1では、軌道の形状はぼんやりとしていますが、点をプロットして描いているため、軌道が統計的な概念であるという本質を理解するのには最適と言えるわけです。

本質はなんだったのか

軌道は統計的なものであるという事が分かりました。ではこのような軌道は本当に空間に広がっているのかといえば、答えはもうお分かりの様にNOです。

  • あくまで電子の位置を多数回測定してみた結果として図1や図4の様な形が分かる

勉強しはじめによく誤解することですが、電子が波動性を持っているという言葉が独り歩きして、図4の様な形で空間に広がっていると考えてしまう事もあります。しかしそうではありません。どこまでいっても電子は1個、2個と数えられるものなのです。意外かもしれませんが量子力学の産みの親の一人であるSchrödingerも同じような誤解をしていたそうです。その誤解とは、電子が雲の様に実際の空間に広がっているという描像です。実際に教科書でも電子雲という表現を見かけますが、初めのうちは混乱のもととなってしまうので注意が必要です。

では、この軌道図を電子の運動の軌跡という風に見ることはできるでしょうか。残念ながらこれもNOです。目に見えないだけで、何かしらの法則にのっとって量子状態が連続的に変化するという事でもありません。もしそうだとするならば、そもそも測定のばらつきという(2)の概念自体が生じ得ないはずです。くどい様ですが、電子には各瞬間瞬間定まった位置というものを持ちません。電子の軌跡というものが存在しえない以上、軌道を電子の軌跡と考える事もできないのです。
端的に言うならば

  • 電子には定まった位置というものが存在しないため位置の測定を行わないかぎり、どこにいるのか確定しないが測定を行えば殆どの場合、図1のプロットのどこかしらに電子が観測される。その観測されやすい領域をまとめて軌道と定義する。

ここまでくるとs軌道、p軌道、d軌道などと呼んでいる軌道という言葉がどれだけ古典的な概念と違うかお分かりになられると思います。

では『電子配置を考える際に電子を軌道に入れる』といいますが、これはどう解釈すればよいのでしょうか。この言い方では軌道と電子が独立したものとして捉えられています。実際は電子を多数回測定することなしに軌道など存在しえないのですからおかしなことになります。実はこれは化学者が考えたサバイバル術なのです!

  • はじめから多数回測定した結果としての軌道をあらかじめ存在しているものと認めてしまい、そこへ電子を入れる、としても結果は同じ状況(クーロン場に電子があるという状況)になる

今までの議論からお分かりの様に、上記のはじめの仮定『はじめから多数回測定した結果としての軌道を認めてしまい…』の箇所は正確には誤りです。しかし終わり良ければ全てよしという発想です。

なんとアバウトな…と呆然としてしまうかもしれませんが、これは化学者なりの生きる知恵なのです。もし物理学の様に○○体系などと予め決めなければならないとすると、かえって化学の良さである複雑性が全く議論できなくなってしまいます。

化学は多電子系を扱うこと、そしてなんといっても反応の主役は電子です。電子を媒介とすることが多い化学にとってはこうするしかないともいえるのです。無機化学などに特有の空軌道なども、この立場をとるからこそ成立する概念です。さらに多電子系は物理では厳密には扱えなくなることも考えると、むしろ化学は賢く立ち回っているともいえるわけです。この軌道をあらかじめ認めてしまうという立場と適切な近似を用いて行く事で化学は今こうして、結合理論や多原子分子、錯体など豊かな土壌を気づき上げているのです。

軌道という名称の歴史的背景[4]

今まで述べてきた軌道の原語はatomic orbitalと呼ばれたりしています。分子についてならばmolecular orbitalですね。ここで大切なのはorbitalであってorbitではないという事です。この点については歴史背景を少し述べておきます。

今習っている量子力学というのは、前期量子論といわれる量子力学の黎明期、Bohrによって提唱された原子模型から10年以上の歳月を経て形成されました。このBohrの原子模型は古典的な軌道に、当時わかっていた量子論の一部を無理やりねじ込んだもので、仮の住処の様なものでした。この時はまだ古典的な軌道を考えていた為に、古典論での軌道を意味するorbitという単語を用いて名づけることができました。そこから我々の直観と反する波動関数による置き換えが生じたことで、古典的な1s orbit, 2s orbit …にあたる関数という意味合いで1s orbital function, 2s orbital function…というように使われたと考えられている様です。

この名称は実に合理的です。というのも古典的な軌道ならば、量子数nを自然数に限れば軌道半径r_nとは一対一に対応します。つまり、電子の軌道は確定している為に自然数nとの対応づけを通して数え上げができるという事です。そのためorbitという古典的な軌道を表す言葉を用いて何の不満もありません。しかし、量子論の中での軌道というのは、ばらつきがあり、あくまで分布という形でしか示せないものである以上、これは関数としての表示でしか完全に言い表すことはできません。そのため関数であることを明記したorbital functionと呼ぶ以外に術がありません。現在はそこからfunctionが落ちて、orbitalという形容詞だけが抜き出されて使われています。この短縮形を意識的に使い始めたのはR.Mullikenだと言われているようです。

しかし、こんなにも異なる概念が同じ軌道という日本語で翻訳されてしまったのは大変な不運に他なりません。本来ならば『軌道』と『軌道函数』くらいの訳し分けがあっても良かったのではないかと個人的には感じています。

最後に

自然科学を学ぶ上で、私たちは日常の言語だけですべての説明を本質的に伝える事は困難です。その都度、適切な数式は必須となります。しかしすべてを数式で語ることもまた困難といえます。つまり言葉と数式のバランスが大切になっていきます。今回取り扱った軌道ひとつとってもその理解の程度によって言葉の深みや重みが異なってしまうのです。これからの化学を担っていく私たちは言葉への感度をしっかりと上げていけるような勉強していきたいですね(もちろん私も含みます)。

そして今回の記事は全体を通して数式的に深く言及せず、大雑把な内容しか書きませんでした。それはもちろん私の技量の問題もさることながら、それ以上に私が完璧に記述されたものを読むのがあまり好きではないからです。確かに完璧に記述された内容はそれだけで感銘を与えるに足るもので、読んでいてとても面白いのです。一方で自分が新しく考える余地が殆どなくなってしまうという事もあるでしょう。

この記事を読んでいく中で疑問が次々と沸き起こってきた方がいらっしゃれば、狙い通りです。

例えば

  • 量子を扱うための座標系(力学の時のユークリッド空間に対応するもの)ってないのか?
  • 化学などでも電子を円運動の方程式を用いて簡単に解析を行ったり、質量分析でも電子やイオン(イオンは大きさによって話は少し違ってきます)に対して、古典論的な軌道を考えていたがあれはどういう事なのか?
  • 電子遷移というのはどう考えればいいのか、分子軌道はどうするのか、波動関数の位相は?

などは簡単に思いつきます。疑問の持ち方は十人十色で、その人による部分が大きいです。是非、その疑問を大切にして自分なりに筋道を立てて考えてみてください。紙と鉛筆を用意して些細な疑問に対しても計算してみましょう。それは自分の『言葉』で化学を理解することであり、個性的な化学の創発につながるはずです。

参考文献

[1]清水明, 第1章 古典物理学の破綻 第2章 基本的枠組み「新版 量子論の基礎」サイエンス社, 2018年, pp10-14, 19-21.

[2]原島鮮 第14章 水素類似原子 「初等量子力学(改訂版)」裳華房,  2018年.

[3]JOHN McMURRY, 第1章 原子の構造:軌道   ORGANIC CEMISTRY Ninth Edition  東京化学同人, 2017年, pp4-5.

[4]藤永茂 第3章 1中心1電子系 「入門分子軌道法 分子計算を手がける前に」講談社, 2008年, pp43-45

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物理と数学を積極的に駆使した数理化学を模索する化学者の卵。現在は分光の研究室に所属。分子のレーザー冷却の可能性に興味がある。好きな有名人はエンリコ・フェルミ、ヘルマン・ワイル、セルゲイ・ラフマニノフ、エドヴァルド・グリーグ

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