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ケムステしごと

企業の研究を通して感じたこと

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大学を卒業して二年が経ち、企業の研究員として日々働いている筆者ですが、ふと大学の頃の研究とどのような違いがあるのか考えてみました。当然ですが、あくまでも私の一例です。

大学の頃のイメージ

就活の説明会などで話を聞く限りは、せいぜい実験スケールが大きいとか、直接お客さんとやり取りしているとかそんな違いだけのように感じました。ターゲットとなる研究も直接役に立つような化合物だけを研究していて、研究の本質は大学と変わらないだろうと大学院生の頃は思っていました。

 

実際の現場

実際に研究所に配属されると、イメージとは異なることばかりでした。

  1. 安定性の試験など、論文にならないような研究がメインだったりする

まず、新しい物質を作る仕事だけではないことを知りました。例えば、化合物を一定温度の恒温槽に何週間も放置し、変化を調べたりする安定性の試験は、大学ではまずやらない実験です。また化合物の容器や製造部品への影響を調べるために一定期間、部材を化合物と接触させた後、劣化を調べる実験も行っています。実は、このような研究結果が新たな化合物を商品化する際に重要なデータだったりします。

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このような温度をコントロールできる機械を使って長期間保管し、一定時間ごとに取り出して評価します。

温度をかけるだけでなく、振とうさせたり転がすタイプも行われています。

  1. デスクワークが多い

大学院生の頃のデスクワークは、①結果報告の資料作り②学会準備③論文執筆くらいでしたが、会社では、何をするにも資料を作って報告しなくてはなりません。例えば、新しい実験を始める時、原料や機器を購入する時、学会に参加した時、週ごとの結果報告などなど。デスクワークが溜まってくるとついつい実験タスクを探して逃げてしまいます。

 

  1. 安全に関して気を使う

企業では安全を第一に考えるということは知っていましたが、その徹底ぶりは、私の予想以上でした。例えば有機溶媒が大気中に大量に暴露される場合には、ガスマスクを装着するように指導されています。また、週初めの朝礼ではどんな実験を行うか、どんな薬品を使うか、どんな危険性があるのかをチームの前で説明します。また、ヒヤリハットを共有し、深刻な事例ではリスク分析を行います。一度事故を起こすと、会社のイメージは格段に下がるので、安全に関しては非常に敏感です。

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このようなマスクを使います。もちろん、安全ゴーグルも必須の装備です。

  1. 情報管理が厳しい

研究情報を競争他社に漏らし逮捕された事例があるように、研究結果や内容に関しては、厳しく管理されています。例えば、会社のスマホは、頻繁にパスワードの入力を求められ、一定回数パスワードを間違えるとスマホ内のすべてのデータが削除されるように設定されています。また、実験室内に外部の人が立ち入る場合には、実験の内容を示す掲示物などはすべて取り外したり隠します。携帯電話で隠し撮りをされないように、外部の人が持ち込む携帯電話のカメラの部分にシールを張ってもらう場合もあるそうです。他の企業や大学と共同研究をする場合には、秘密保持契約を結び相手が口外しないようにします。この契約を結んだとしても、相手が他の企業と共同研究を行っている場合があるので情報の研究情報の共有は最小限にとどめます。このように情報のコントロールは非常に厳しいと言えます。

 

  1. 人と人のつながりが大きい

大学で研究していたころは、先生と一緒に研究を進め、いい結果が出たら論文を書いて終わっていたように、大抵のことは研究室内で仕事が完結していました。しかし、会社では、もっと多くの人とつながっています。まず重要なお客さんとのつながりがあり、メールでのやり取りから直接お客さんのもとに行く場合もあります。その時には営業の担当者と一緒に行く場合の方が多いため、営業担当者と実験結果を議論することもあります。また、実験では分析専門部隊がいるため、分析はお願いします。さらには、先ほどの秘密保持契約を結ぶ場合には、契約の担当者に契約書を作ってもらいます。特許を出願する場合にも、特許の担当者と相談しながら出願します。このように多くの人とつながりながら企業の研究は成り立っています

 

まとめ

このように私の想像とは大きく異なることがいくつかありました。会社によって状況は全く異なりますが、このような会社の研究に辟易し、大学などに戻る選択をする人もいるようです。企業の研究員は、理系から見れば憧れる仕事の一つですが、いろいろと苦悩があることも現実です。

 

関連書籍

 

関連リンク

  • FTAとFMEA : リスク分析の具体的な手法であるFTAとFMEAについて解説しているサイトです。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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