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海水から微量リチウムを抽出、濃縮できる電気化学セルを開発

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サウジアラビアのアブドラ国王科学技術大学院大学(KAUST)の研究チームが、リチウム・ランタン・チタン酸化物(LLTO)から構成されるセラミックメンブレンを利用して、海水から微量リチウムイオンを分離する電気化学セルを開発した。分離プロセスを繰り返すことによって、リチウムを0.2ppmから9000ppmに濃縮でき、最終的に99.94%の高純度リン酸リチウムを安価に得ることを確認した。 (引用:fabcross for エンジニア7月8日)

リチウムイオン電池は、PCやスマホ、タブレットなどのバッテリーとして組み込まれ、デジタル社会において必要不可欠なものになっています。さらに脱石油の方法の一つとしてEVが脚光を浴びており、現在発売されているEVの多くにはリチウムイオン電池が搭載されています。次世代の電池として注目を浴びている全固体電池にもリチウムを含む無機材料が使われています。今回紹介する論文では、そんな電池の材料になるリチウムの新たな製造方法を開発しました。

現状、リチウムは塩湖のかん水かスポジュメン鉱石を精製したものが流通しています。かん水を原料とする場合、かん水を濃縮・不純物除去後、炭酸ナトリウムや二酸化炭素を使って炭酸リチウムに変換します。鉱石の場合は、熱分解後、硫酸と反応させ硫酸リチウムに変換し、不純物を除去、炭酸ナトリウムを使って炭酸リチウムに変換します。こうして得られた炭酸リチウムを原料に様々なリチウム化合物が合成されます。リチウムはそれほど希少な元素ではありませんが、この10年でリチウムの価格は10倍以上に高騰しています。この先EVの普及といった電池の需要が増大すると、厳しい条件の場所でリチウム原料を採掘・生産する必要になり、さらに値段が跳ね上がる可能性があります。そこで海水に微量含まれているリチウムを濃縮して取り出す研究が行われています。

リチウム埋蔵量が全世界の27%にもおよぶアタカマ塩原のセヤス湖(Johan Bilien

論文の内容に入りますが、上記のようにリチウムは重要な資源であり経済的な理由から塩湖のかん水か鉱石を精製して製造されています。しかしながら、陸上のリチウム資源は限られており、需要の増大により2080年には枯渇するとの予測もあります。一方海水にもリチウムは含まれておりその量は、陸上の5000倍と見積もられています。しかし、海水のリチウム濃度は0.2 ppmほどと極めて低く、その一方でほかのイオンが多く含まれているため、海水からリチウムを回収することはチャレンジな課題でした。そんな中、FePO4やHMnO2 、クラウンエーテルが適度なLi/Naの選択性で捕捉能を持つことが判明しており、吸着、電解、電気透析などを組み合わせて選択的にリチウムを取り出す研究が数例報告されています。しかしながら、リチウムの濃度や濃縮速度が低い、危険性が高い実験条件、部材の再生が必要などの課題が残されています。実際、NaやKは溶解性が高いため重要な問題ではなく、むしろMgやCa選択性の方が重要な要素だと筆者らは考えています。このような状況を踏まえて、本研究ではメンブレンを利用して海水を処理しLi/Mgの比率を元よりも43 000倍高くすることに成功しました。

では実験方法に移ります。リチウム抽出のための電気分解セルは3つの部屋を持ち、陰極区画供給区画陽極区画と名付けられています。

セルの模式図と実験装置の写真(出典:原著論文

陰極/供給区画は、Li0.33La0.56TiO3 (LLTO) メンブレン膜で仕切られ、陽極/供給区画はアニオン交換メンブレン膜で仕切られています。陽極材料は、Pt–Ruで陰極にはPt–Ruでコーティングした中空ファイバー状の銅を使用しました。中空の材料を使用した理由は系内に二酸化炭素ガスを吹き込めるようにするためで、二酸化炭素を吹き込む理由は高電流下においてファラデー効率を上げることができます。リン酸はpHを4.5から5.5に保つために加えられ、これによりLLTOメンブレン膜の腐食を抑えています。以上の要素により系内に存在する化学種を考慮して電極の反応を考えると下記のようになり、陰極では水素が、陽極では塩素が発生します。

電極での反応

この研究の肝は、リチウムイオンだけを陰極区画に通すLLTOメンブレン膜であり、LLTO結晶格子にはリチウムのみがギリギリ通過できるような隙間があるため、この応用に使われました。具体的には合成されたLLTOナノ粒子をメンブレン膜とともに焼結させて、LLTOメンブレン膜を製作しました。

(c)(d)LLTOの格子構造とLiが通過できる隙間 (e)LLTOメンブレン膜の写真とSEM画像 (f)銅の中空ファイバー電極の写真とSEM画像(出典:原著論文

実際に濃縮を試みました。最初のステップでは紅海の水を供給区画に、脱イオン水を陰極区画に投入し、次以降のステップでは、陰極区画にて濃縮された水溶液を供給/陰極区画に加えて濃縮しました。20時間の反応時間を5ステップを行うことで0.21ppmだったリチウムの濃度を9000ppmまで上げることに成功しました。また他のアルカリ、アルカリ土類金属も低い濃度に抑えており高い選択性が示されています。

ステップごとの元素の濃度変化

結果を詳しく見るために各ステップでの電流の変化を確認すると、各ステップ初期の高い電流値の後は、5ステップ目以外では一定を保っていることが分かりました。この初期の高い電流は、メンブレンと電極にイオンが吸着するためだとコメントしています。そして最初の4ステップで電流が一定であることは、陰極区画のリチウム濃度が低いとき、イオンの移動割合は区画間の濃度差ではなく供給区画の濃度に依存していることを示していると主張しています。

各ステップでの電流の時間変化(出典:原著論文

さらに、各ステップにおけるイオンの移動量と電流の関係を調べたところ、第1ステップが他と比べて低いことが示されています。これに関して第1ステップでは供給区画に限られたリチウムのみが存在(海水のリチウム濃度)しているためだと考察していてますが、第1ステップの低い抽出効率でも、他の報告よりも高いと付け加えています。

ステップごとの電流とリチウムの移動量(各ステップの濃度から前のステップの濃度を引いた値)の関係(出典:原著論文

LLTOメンブレン膜を通過したイオンを調べると、LiとNa以外はほぼブロックされていることが確認できます。Naは海水に大量に含まれているため、コンタミは避けられないことだとコメントしています。

各ステップでの移動したイオンの量(各ステップの濃度から前のステップの濃度を引いた値)(出典:原著論文

ファラデー効率を計算するとほぼ100%の電気エネルギーがイオンの移動に使われたことが示されます。このことから9000ppmに濃縮して1Kgのリチウムを得るためには5ドルの電気代がかかりますが、副生成物と発生する塩素と水素には6.9–11.7ドルの価値がありリチウム生産の電気代を賄うことができると主張しています。さらに、1ステップ後の処理水には、リチウム以外には500ppm以下しか他のイオンが含まれていないため、脱塩した水を製造していることにもなり、このプロセスの副生成物には産業上価値のあることを示しています。

各ステップでのファラデー効率の違い(出典:原著論文

生産効率を考える上では、ステップ数を少なくすることが一般的に求められます。この場合は上記より供給区画のリチウム濃度が濃縮効率を左右し、特に海水から濃縮する最初のステップでなるべくリチウムの濃度を高くすることが後のステップに影響します。実際、電気分解の時間を長くすると濃度は高くなりましたが、それは効率の低いところで電気エネルギーを使用するわけであり、生産性とエネルギー消費がトレードオフの関係になっていることも示されています。また、最初のステップで不純物の濃度が決まるため、最初のステップでいかに不純物を抑えるかにも関係してくるようです。事実、反応時間を長くするとMgの濃度も上昇することが確認されています。

最後に濃縮したリチウム水溶液のpHを水酸化ナトリウムで12.25に変更しリン酸リチウムを析出されました。析出物を洗浄・乾燥しXRDを測定したところリン酸リチウムの標準サンプルのピークと一致しました。さらに元素の定量を行ったところ、Li3PO4 が99.94重量%, Na, K, Mg, and Caがそれぞれ194.53, 0.99, 25.16, 17.18 ppmとなり、リチウムバッテリーグレードの純度を満たすことが確認されました。濃縮を4回と3回だけした水溶液からもLi3PO4 を析出されて、元素の定量を行ったところ、4回の濃縮では純度を満たすものの3回ではMgとCaの濃度が基準を超過し、純度を満たさないことが分かりました。

得られたリン酸リチウムの粉末とそのXRDスペクトル(出典:原著論文

まとめると、本研究で連続的な電気ポンピングメンブレンプロセスを開発し、紅海の水からリチウムを濃縮することに成功しました。LLTOメンブレン膜により、リチウムを選択的に分け、さらにはアニオン交換メンブレンと飽和塩化ナトリウム水溶液の使用により塩素の発生を促進させ、他方では二酸化炭素とリン酸の添加でメンブレンの腐食を防ぎ、2000時間以上の稼働に耐えられました。そして中空の銅ファイバーを使用することでファラデー効率を100%近くにすることに成功しました。エネルギー消費は少なく、価値のある副生成物も同時に生成されることからエネルギーコストもカバーできるとしています。このようなメリットがあるアプローチがリチウム供給を確実なものにするためのプロセス開発をリードすると期待しているそうです。

リチウムは希少な元素ではないものの、得られる場所は限られていて、政治的な情勢によって供給が遮断される可能性もあります。また、需要がこのまま増大しバッテリー製造コストが上昇すると電動化による脱石油の動きはブレーキがかかってしまう可能性があります。そもそも、二酸化炭素の排出総量は、製造時の排出量も加えて比較すべきだとの意見もあり、資源を製造工場まで運ぶまでにも多くのエネルギーを使用しています。この技術を用いれば、海に面していて濃縮設備を設置できれば原理的にはどこでも資源を得ることができるわけであり、原料輸送が少なくなる可能性があります。太陽光+水素製造といったエネルギー変換を組み合わせることも研究されており、この技術も組み合わせる技術の一つに十分なりうると思います。陸上資源に乏しい日本でも海から資源を得ることができるようになれば、日本で原材料を調達し国際輸送なしで化学品を製造でき、二酸化炭素排出削減のアドバンテージを持つようになると考えられます。もちろん技術的な課題は大きいですが、このリチウムの濃縮も含めて海から資源を得る研究の発展に期待します。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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