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化学者のつぶやき

その置換基、パラジウムと交換しませんか?

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パラジウム触媒を用いたシクロペンテン誘導体の1,4-不斉フルオロアリール化反応が報告された。反応の過程でパラジウムの1,2-ジオトロピー転位の進行が示唆されている。

予期せぬジオトロピー転位の発見

ジオトロピー転位は、分子内の2つのσ結合が同時に組み替わる転位反応であり、ペリ環状反応の一種とaして、1972年にReetzによって提唱された(図 1A)[1]。ジオトロピー転位の歴史は古く、1906年には加熱によってジブロモコレスタンの隣り合う2つの臭素の立体が入れ替わる現象が報告されている [2a, 2b]。また、1990年代には2位にアルキル金属(M = Cu, Al, Zr)をもつフラン誘導体のC(sp2)–M結合上の置換基のジオトロピー転位を用いた、三置換オレフィン合成法が報告された[2c, 2d]。ジオトロピー転位を利用することで、ユニークな分子変換法が確立できる[2e]
今回、本論文著者であるZhuらは、すでに報告例のあるパラジウム触媒によるスチレン誘導体の不斉フルオロアリール化をシクロペンテン誘導体に適用した(図 1B and 1C)[3]

その結果、予期せずに1,2-フルオロアリール化でなく1,4-フルオロアリール化が進行した生成物を与えた。この反応を詳しく解析したところ、パラジウムの1,2-ジオトロピー転位が起きているのではないかとの結論に至った。なお、本反応はパラジウムがジオトロピー転位した初めての例である。

図1. (A) ジオトロピー転位 (B) パラジウム触媒を用いた不斉フルオロアリール化 (D) 今回の反応

C–C Bond Activation Enabled by Dyotropic Rearrangement of Pd(IV) Species
Cao, J.; Wu, Hua.; Wang, Q.; Zhu, J. Nat. Chem. 2021, 13, 671–676.
DOI: 10.1038/s41557-021-00698-y

論文著者の紹介

研究者:Jieping Zhu
研究者の経歴:
–1984 B.Sc., Hanzhou Normal University, China
–1987 M.Sc., Lanzhou University, China (Prof. Y.-L. Li)
–1991 Ph.D., Université Paris XI, France (Prof. H.-P. Husson and Prof. J.-C. Quirion)
1991–1992 Postdoc, Texas A&M University, USA (Prof. Sir D. H. R. Barton)
1992–2000 “Chargé de Recherche” at ICSN, CNRS, France
2000–2006 Director of Research, 2nd class, at ICSN CNRS, France
2006–2010 Director of Research, 1st class at ICSN, CNRS, France
2010 Professor, ISIC, EPFL
研究内容:天然物の全合成, 多成分反応, 金属触媒を用いたドミノ型反応, 不斉反応の開発

論文の概要

本反応は、Pd(AdCO2)2/L1触媒、炭酸ナトリウム存在下、シクロペンテン1とアリールボロン酸、Selectfluor®︎を反応させることで1,4-フルオロアリール化体2が得られる(図 2A)。1から中間体3が生成した後、C3位のパラジウムとC4位のアリール基またはアルキル基のジオトロピー転位により中間体4を与える。ジオトロピー転位の際は遷移状態TS1を経由し、アミドの立体反転を伴いつつ互いの結合がアンチの位置関係のまま協奏的に入れ替わる。その後C–F結合の還元的脱離により2が生成する。また、本反応では3のC–F結合が還元的脱離した1,3-フルオロアリール化体2’が副生している。
著者らはジオトロピー転位ではなく、フェノニウム中間体を経由して2が生成する可能性について考察した(図2B)。3からパラジウムが脱離してフェノニウム5となった場合、立体および電子的要因から、フッ化物イオンはC3位優先的に求核攻撃するため、主生成物は2’になると予想される。しかし、実際は予想と異なり2が主生成物であるため、5を経由する可能性は低い。
次に、著者らはジオトロピー転位の際のパラジウムの価数を調査した(図 2C)。まず、著者らはPd(OAc)2L2存在下、1とアリールボロン酸を反応させてパラジウム(II)錯体(±)-6を合成した。二価の状態でジオトロピー転位が起こるか確かめるため、炭酸ナトリウム存在下、(±)-6を室温で撹拌した。しかし(±)-6の部分的な分解が確認された。また、一電子酸化剤により三価のパラジウムを生成させたところ、β-水素脱離が起こり、シクロペンテン7が得られた。一方で(±)-6にSelectfluor®︎と炭酸ナトリウムを作用させることでフルオロアリール化体(±)-2と(±)-2’をそれぞれ中程度の収率で与えた。この際、中間体であるフッ化パラジウム(IV)錯体の存在は高分解能質量分析で確認している。これらの結果よりジオトロピー転位には、二価、三価ではなく四価のパラジウムの関与が示唆された。

図2. (A)ジオトロピー転位を用いた1,4-不斉フルオロアリール化 (B) フェノニウム中間体の仮定 (C) ジオトロピー転位でのパラジウムの価数

 

以上、ジオトロピー転位を介したシクロペンテンの1,4-フルオロアリール化が報告された。パラジウムが1,2-ジオトロピー転位を起こした初めての例であり、より詳しい機構解明が期待される。

参考文献

  1. (a) Reetz, M. T. Dyotropic Rearrangements, A New Class of Orbital-Symmetry Controlled Reactions. Type I. Angew. Chem., Int. Ed. 1972, 11, 129–130. DOI: 10.1002/anie.197201291 (b) Reetz, M. T. Dyotropic Rearrangements, A New Class of Orbital-Symmetry Controlled Reactions. Type II. Angew. Chem., Int. Ed. 1972, 11, 130–131. DOI: 10.1002/anie.197201301
  2. (a) Mauthner, J. Neue Beiträge zur Kenntnis des Cholesterins. Monatsh. Chem. 1906, 27, 421–431. DOI: 10.1007/BF01527178 (b) Grob, C. A.; Winstein, S. Mechanismus der Mutarotation von 5,6-Dibromcholestan. Helv. Chim. Acta. 1952, 99, 782–802. DOI: 10.1002/hlca.19520350315 (c) Kocieński, P.; Barber, C. Synthetic Applications of Metallate Rearrangements. Pure Appl. Chem. 1990, 62, 1933–1940. DOI: 10.1351/pac199062101933 (d) Erker, G.; Petrenz, R. Chalcogenametallacyclohexadienes by Thermally Induced Migratory Ring Enlargement of Furyl- and Thienylzirconocene Complexes. Organometallics 1992, 11, 1646. DOI: 10.1021/om00040a040 (e) Fernández, I.; Cossío, F. P.; Sierra, M. A. Dyotropic Reactions: Mechanisms and Synthetic Applications. Chem. Rev. 2009, 109, 6687–6711. DOI: 10.1021/cr900209c
  3. Talbot, E. P. A.; Fernandes, T. de A.; Mckenna, J. M.; Toste, F. D. Asymmetric Palladium-Catalyzed Directed Intermolecular Fluoroarylation of Styrenes. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 4101–4104. DOI: 10.1021/ja412881j

山口 研究室

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