[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

フッ素のチカラで光学分割!?〜配向基はじめました〜

[スポンサーリンク]

ジフルオロメチレン基をもつアルコールの触媒的速度論的光学分割法が報告された。ジフルオロメチレン基が配向基としてはたらき、エナンチオ選択性に寄与することを明らかにした。

アルコールの速度論的光学分割法

キラルな有機化合物の合成法に、酵素によるラセミ化合物の速度論的光学分割(KR)法が古くから知られる。アルコールのアシル化反応によるKR法が一般的であるが、酵素の基質特異性のため、反応できる化合物に制限がある[1]。近年ではその問題を解決するため、小分子(有機分子触媒)を用いたアルコールのKR法の開発も盛んである。例えば、2006年Birmanらはキラルイソチオウレア(BTM)触媒を用いた、不斉アシル化反応によるアルコールのKR法を報告している(図1A)[2]
キラルイソチオウレア触媒を用いたアルコールのKR法では、触媒が無水物によりアシル化され、それがアルコールと反応する。この反応において、種々の非共有結合相互作用(NCI)を含む図1Bの遷移状態が提唱されている[3]。種々のNCIとは (a)キラルイソチオウレアの硫黄とアシル基酸素の非共有電子対との相互作用 (b)カルボキシラートイオンとアルコールおよび触媒の水素との水素結合 (c)アシル化によって生じた触媒上のカチオンとアルコールa 位の置換基(不飽和結合や芳香環)とのカチオン–π、およびπ–π相互作用を指す。特に(c)は反応のエナンチオ選択性に大きく関与しており、a 位にアリール基などの置換基(配向基)をもつアルコールの不斉アシル化が多く報告されている。
一方、キラル有機フッ素化合物は、医農薬開発や材料化学分野で広く用いられ、その合成価値は高いものの、キラルな含フッ素アルコールのKR法の例は少ない。2008年にChenらは、キラルイソチオウレア触媒(BTM)をジフルオロプロピオン酸エチルエステルの不斉アシル化反応に適用した(図1C) [4]しかし、a 位にアリール基をもつアルコールに限定されており、ジフルオロメチレン基が不斉発現には関与しないと考えられていた。最近、Rychnovskyは1–フルオロ–2–ヘキサノールの不斉アシル化反応を報告した(図1D)[5]これはフッ素原子と触媒のカチオンが相互作用していることを示唆するものではあったが、具体的な評価はされていなかった。
今回、本論文の著者らは、ジフルオロメチレン基をもつアルコールの不斉アシル化反応を報告した (図1E)さらに種々の実験から、ジフルオロメチレン基の配向基としての役割を明らかにした。

図1. (A) キラルイソチオウレアを触媒に用いたアルコールのKR (B) 不斉アシル化反応の遷移状態 (C) Chenらの報告 (D) Rychnovskyらの報告 (E) 本手法

 

“Impact of the Difluoromethylene Group (CF2) in Organocatalyzed Acylative Kinetic Resolution of α,α-Difluorohydrins”
Desrues, T.; Merad, I.; Andrei, D; Pons, J. M.; Parrain, J. L.; Médebielle, M; Quintard, A; Bressy, C.
Angew. Chem., Int. Ed.2021, Early View.
DOI: 10.1002/anie.202107041

論文著者の紹介


研究者: Cyril Bressey (URL:研究室HP)
研究者の経歴:
2000–2004 Ph.D., University Claude Bernard Lyon 1, France (Prof. O. Piva)
2004–2005 Postdoc, University of Tronto, Canada (Prof. M. Lautens)
2005–2006 Postdoc, ESPCI-ParisTech, France (Prof. J Cossy)
2006–2015 Assistant Professor (Maître de Conférences), Aix-Marseille University, France
2015– Professor, Aix-Marseille University, France
研究内容:不斉反応および不斉触媒の開発、複雑天然物の全合成

研究者: Adrien Quintard (URL:研究室HP)
研究者の経歴:
2007 M.S., University of Lyon, France
2007–2011 Ph.D., Postdoc, University of Geneva, Switzerland (Prof. A. Alexakis).
2011–2013 Postdoc, University of Stanford, USA (Prof. B. M. Trost) and Aix-Marseille University, France
2013–2014 Research Associate, Institute of Molecular Sciences, Aix-Marseille University, France
2014– CNRS Permanent researcher, Institute of Molecular Sciences, Aix-Marseille University, France
研究内容: 有機触媒反応、金属触媒反応の開発、超分子化学

研究者: Maurice Medebielle (URL:研究室HP)
研究者の経歴:
1987–1990 Ph.D., Paris Diderot University, France (Prof. J.-M. Savéant and Prof. J. Pinson)
1990–1991 Postdoc, Durham University, United Kingdom
1991–1994 CNRS Junior Research Scientist, Paris Diderot University, France
1994–2006 CNRS Senior Research Scientist, Paris Diderot University, France
2006– CNRS Research Director, Aix-Marseille University, France
研究内容:電気化学

論文の概要

著者らは、含フッ素官能基のエナンチオ選択性への影響を評価するため、キラルイソチオウレア触媒(HyperBTM)を用い、4–フェニル–2–ブタノール(1)とそのフッ素化化合物24をプロピオン酸無水物によりアシル化した(図2A)その結果、アルコール1と比較して、フッ素を有するアルコール2,3ではs[6]が大きくなった。特にジフルオロメチレン基を有する4s値は8.9と最も高くなり、ジフルオロメチレン基がエナンチオ選択性に寄与していることが示唆された。また、置換基が嵩高いアルコール5に本反応を適用するとs値が20.6と高い値を示した。
次に、4のアシル化反応の遷移状態をDFT計算により求めた(図2B)NBO解析から、R体に比べてS体の遷移状態の方が安定であり、どちらも2.7 Åの距離で触媒と4のF–カチオン相互作用があることがわかった。S体の場合はアルコールの酸素とアシル基との距離が短くなるため、より安定な遷移状態を形成する。そのためS体のアルコールがより高いエナンチオ選択性で得られたと考察した。
HyperBTM触媒存在下、芳香環とジフルオロメチレン基を含むジオール6にプロピオン酸無水物を反応させたところジエステルが収率49%、エナンチオマー比99.6:0.4で得られた(図2C)フッ素原子を含まないジオール7でも収率46%、優れたエナンチオマー比(98.1:1.9)でジエステルが得られた。これは触媒と芳香環のカチオン–π相互作用の方がフッ素とのカチオン–F相互作用よりも強いことを意味する。

図2. (A) 二級アルコールの速度論的光学分割 (B) 遷移状態 (C) 2,2-ジフルオロアンチジオールの速度論的光学分割

以上著者らは、ジフルオロメチレン基を配向基に用いたアルコールのKR法を報告した。本反応の鍵はジフルオロメチレン基と触媒のアシル化により生じたカチオンとのNCIであり、計算化学により遷移状態が示された。今後、ジフルオロメチレン基を巧みに利用したKR法によって医薬品の開発が進展することを期待する。

参考文献と用語説明

  1. Hungerhoff, B.;  Sonnenschein, H.; Theil, F. Combining Lipase-Catalyzed Enantiomer-Selective Acylation with Fluorous Phase Labeling: A New Method for The Resolution of Racemic Alcohols. J. Org. Chem. 2002, 67 , 1781–1785. DOI: 10.1021/jo010767p
  2. Birman, V. B.; Li, X. Benzotetramisole: A Remarkably Enantioselective Acyl Transfer Catalyst. Org. Lett. 2006, 8, 1351–1354. DOI: 10.1021/ol060065s
  3. Li.; P. Liu.; K. N. Houk.; V. B. Birman.Origin of Enantioselectivity in CF3-PIP-Catalyzed Kinetic Resolution of Secondary Benzylic Alcohols. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 13836–13837. DOI: 10.1021/ja805275s
  4. Zhou.; Q. Xu.; P. Chen.Kinetic Resolution of 2,2-Difluoro-3-hydroxy-3-aryl-propionates Catalyzed by Organocatalyst (R)-Benzotetramisole. Tetrahedron 2008, 64, 6494–6499. DOI: 10.1016/j.tet.2008.04.055a
  5. S. Burns.; C. C. Ross.; S. D. Rychnovsky. Heteroatom-Directed Acylation of Secondary Alcohols To Assign Absolute Configuration. J. Org. Chem. 2018, 83, 2504–2515. DOI: 10.1021/acs.joc.7b03156
  6. R体とS体の反応速度定数の比。一般にs値が大きいほど、エナンチオ選択性が優れる。KR法では一般的にs値が20を超えると実用的にキラル化合物を得ることができる。

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. ダウとデュポンの統合に関する小話
  2. 超大画面ディスプレイ(シプラ)実現へ
  3. 第25回 名古屋メダルセミナー The 25th Nagoya …
  4. “逆転の発想”で世界最高のプロトン伝導度を示す新物質を発見
  5. 化合物の秤量
  6. マクロロタキサン~巨大なリングでロタキサンを作る~
  7. プロワイプ:実験室を安価できれいに!
  8. ゲームプレイヤーがNatureの論文をゲット!?

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【データケミカル】正社員採用情報
  2. 光触媒で空気中に浮遊する”新型コロナウイルス”の感染性を消失させることに成功
  3. 第55回―「イオン性液体と化学反応」Tom Welton教授
  4. ベンゼン環を壊す“アレノフィル”
  5. 私がケムステスタッフになったワケ(3)
  6. 周期表の形はこれでいいのか? –その 2: s ブロックの位置 編–
  7. 有機反応を俯瞰する ー縮合反応
  8. プロ格闘ゲーマーが有機化学Youtuberをスポンサー!?
  9. 死刑囚によるVXガスに関する論文が掲載される
  10. バートン脱カルボキシル化 Barton Decarboxylation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年11月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

電子のスピンに基づく新しい「異性体」を提唱―スピン状態を色で見分けられる分子を創製―

第614回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(松田研究室)の清水大貴 助教にお願い…

Wei-Yu Lin教授の講演を聴講してみた

bergです。この度は2024年5月13日(月)に東京大学 本郷キャンパス(薬学部)にて開催されたW…

【26卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

カルベン転移反応 ~フラスコ内での反応を生体内へ~

有機化学を履修したことのある方は、ほとんど全員と言っても過言でもないほどカルベンについて教科書で習っ…

ナノ学会 第22回大会 付設展示会ケムステキャンペーン

ナノ学会の第22回大会が東北大学青葉山新キャンパスにて開催されます。協賛団体であるACS(ア…

【酵素模倣】酸素ガスを用いた MOF 内での高スピン鉄(IV)オキソの発生

Long らは酸素分子を酸化剤に用いて酵素を模倣した反応活性種を金属-有機構造体中に発生させ、C-H…

【書評】奇跡の薬 16 の物語 ペニシリンからリアップ、バイアグラ、新型コロナワクチンまで

ペニシリンはたまたま混入したアオカビから発見された──だけではない.薬の…

MEDCHEM NEWS 33-2 号「2022年度医薬化学部会賞」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎と応用

開催日:2024/05/22 申込みはこちら■開催概要「分子生成」という技術は様々な問題…

AlphaFold3の登場!!再びブレイクスルーとなりうるのか~実際にβ版を使用してみた~

2021年にタンパク質の立体構造予測ツールであるAlphaFold2 (AF2) が登場し、様々な分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP