[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

1-ヒドロキシタキシニンの不斉全合成

[スポンサーリンク]

2つのラジカル反応を鍵反応として6/8/6員炭素骨格を効率的に構築し、1-ヒドロキシタキシニンの不斉全合成に成功した。

強力な生物活性を有する複雑天然物タキサンジテルペノイド

イチイの茎から単離された1-ヒドロキシタキシニン(1)は、400を超える同族体を含むタキサンジテルペノイドファミリーに属し、マウス白血病細胞(L1210)およびヒト上皮性口腔癌細胞(KB)に対して細胞毒性を示す(図1A)。
タキサンジテルペノイドの多くは生物学的に重要な特性を持っており、中でも最も生物活性の高い同族体の1つであるタキソール(2)は、さまざまな癌の治療に臨床的に使用される(図1B)。タキサンジテルペノイドは6/8/6員炭素骨格(ABC環)を共通骨格としてもち、酸素官能基の置換様式によって様々な天然物が存在する。1は酸素原子で置換された6つの炭素(C1, 2, 5, 9, 10および13)と2つの4級炭素(C8, 15)、2つのオレフィン(C4, 11)を有し、この酸素官能基密集型の骨格が合成を困難なものとしている。
今までに同族体2の全合成は10グループが達成しているものの(1)1の全合成は1998年のらのグループによる一例のみに限られる(2)。本合成は最長直線工程数38段階と工程数が多く、より効率的に1を合成する方法の確立が求められていた(図1C)。
今回、東京大学の井上教授らは市販品である2,2-ジメチル-1,3-シクロヘキサンジオン(3)から1の不斉全合成を26工程(総収率0.015%)で達成した(図1D)。独自に開発したα-アルコキシアシルテルリドを用いたラジカル反応(3)、および分子内ピナコールカップリング反応による効率的なB環構築が成功の鍵となっている。

図1. (A) 1-ヒドロキシタキシニン(1) (B) タキソール(2) (C) 岸らの手法 (C) 今回の逆合成解析

 

“Total Synthesis of 1-Hydroxytaxinine”

Imamura, Y.; Yoshioka, S.; Nagatomo, M.; Inoue, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2019, Early View.

DOI:10.1002/anie.201906872

論文著者の紹介


研究者:井上将行
研究者の経歴:
1993 東京大学理学部化学科卒業
1998 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(橘和夫教授)
1998-2000 スローン・ケタリング癌研究所博士研究員(Samuel J. Danishefsky教授)
2000-2003 東北大学大学院理学研究科助手(平間正博教授)
2003-2004 東北大学大学院理学研究科講師
2004-2007 東北大学大学院理学研究科助教授
2007-現在東京大学大学院薬学系研究科教授
研究内容:官能基密集型生物活性天然物及び巨大ペプチド系天然物の全合成研究とそのための新規反応開発

論文の概要

出発原料3から5工程でエステル4を合成した後、シャープレス不斉ジヒドロキシル化により光学活性なジオール5を得た。続く2工程で調製したアシルテルリド6に対し、空気雰囲気下、トリエチルホウ素を作用させると脱一酸化炭素を伴ってa-アルコキシラジカルAが生じる。このラジカルがシクロヘキセノン7へ付加することでA, C環連結体Bを与えた。さらに、ワンポットでのDDQ酸化によりエノン8へと導いた。8に対する有機銅試薬の1,4-付加によりC8位の不斉炭素を構築した後、2工程を経て9を得た。
続いて、ピナコールカップリングによるジオール10への変換を試みた。検討の結果、9に対し四塩化チタンと亜鉛、ピリジンをTHF溶媒中50 °Cで反応させることで10を合成することに成功した(詳細は論文を参照)。
この際、10とジアステレオマーC2-epi-10は分離困難であったが、続く10のC2位選択的アセチル化後に11は単離できた。次に、11のC5, C13位の酸化及びC5位のシンナミル化を含む6工程の変換で12を得た。なお、種々の試薬を用いてC4位のケトンのメチレン化を試みたがオレフィンは得られず、異なる手法を用いてエキソオレフィンを構築する必要があった。
そこで、C4位のメチル化を含む3工程で3級アルコール13へと誘導した。最後にバージェス試薬による脱水とシリル基の除去を経て1の全合成を達成した。なお、C1位のヒドロキシ基を保護しない場合はワーグナー・メーヤワイン転位が進行し、1は得られなかった。

図2. 1-ヒドロキシタキシニンの全合成

 

以上、分子間および分子内2つのラジカル反応を組み合わせた効率的なB環構築法により1-ヒドロキシタキシニンの不斉全合成を達成した。今回開発された合成法が他の同族体の合成に応用されることにより、タキサンジテルペノイドのさらなる生物学的研究の発展が期待される。

参考文献

  1. (a) Holton, R. A.; Kim, H.-B.; Somoza, C.; Liang, F.; Biediger, R. J.; Boatman, P. D.; Shindo, M.; Smith, C. C.; Kim, S.; Nadizadeh, H.; Suzuki, Y.; Tao, C.; Vu, P.; Tang, S.; Zhang, P.; Murthi, K. K.; Gentile, L. N.; Liu, J. H. J. Am. Chem. Soc.1994, 116, 1599. DOI: 10.1021/ja00083a067(b) Nicolaou, K. C.; Ueno, H.; Liu, J.-J.; Nantermet, P. G.; Yang, Z.; Renaud, J.; Paulvannan, K.; Chadha, R. J. Am. Chem. Soc.1995, 117, 653. DOI: 10.1021/ja00107a009(c) Danishefsky, S. J.; Masters, J. J.; Young, W. B.; Link, J. T.; Snyder, L. B.; Magee, T. V.; Jung, D. K.; Isaacs, R. C. A.; Bornmann, W. G.; Alaimo, C. A.; Coburn, C. A.; Grandi, M. J. D. J. Am. Chem. Soc.1996, 118, 2843. DOI: 10.1021/ja952692a(d) Wender, P. A.; Badham, N. F.; Conway, S. P.;Floreancig, P. E.; Glass, T. E.; Houze, J. B.; Krauss, N. E.; Lee, D.; Marquess, D. G.; McGrane, P. L.; Meng, W.; Natchus, M. G.; Shuker, A. J.; Sutton, J. C.; Taylor, R. E. J. Am. Chem. Soc.1997, 119, 2757. DOI: 10.1021/ja963539z(e) Mukaiyama, T.; Shiina, I.; Iwadare, H.; Saitoh, M.; Nishimura, T.; Ohkawa, N.; Sakoh, H.; Nishimura, K.; Tani, Y.; Hasegawa, M.; Yamada, K.; Saitoh, K. Chem. Eur. J. 1999,5, 121. DOI: 10.1002/(SICI)1521-3765(19990104)5:1<121::AID-CHEM121>3.0.CO;2-O(f) Kusama, H.; Hara, R.; Kawahara, S.; Nishimori, T.; Kashima, H.; Nakamura, N.; Morihira, K.; Kuwajima, I. J. Am. Chem. Soc.2000, 122, 3811. DOI: 10.1021/ja9939439(g) Jongwon, L. PhD thesis, Harvard University (USA), 2000. (h) Doi, T.; Fuse, S.; Miyamoto, S.; Nakai, K.; Sasuga, D.; Takahashi, T. Chem. Asian J.2006, 1, 370. DOI: 10.1002/asia.200600156(i) Hirai, S.; Utsugi, M.; Iwamoto, M.; Nakada, M. Chem. Eur. J. 2015, 21, 355. DOI: 10.1002/chem.201404295(j) Fukaya, K.; Kodama, K.; Tanaka, Y.; Yamazaki, H.; Sugai, T.; Yamaguchi, Y.; Watanabe, A.; Oishi, T.; Sato, T.; Chida, N. Org. Lett. 2015, 17, 2574.DOI: 10.1021/acs.orglett.5b01174
  2. Sheng, X. C. PhD thesis, Harvard University (USA), 1998.
  3. (a) Nagatomo, M.; Nishiyama, H.; Fujino, H.; Inoue, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 1537. DOI: 10.1002/anie.201410186(b) Nagatomo, M.; Kamimura, D.; Matsui, Y.; Masuda, K.; Inoue, M. Chem. Sci. 2015, 6, 2765. DOI: 10.1039/C5SC00457H(c) Matsumura, S.; Matsui, Y.; Nagatomo, M.; Inoue, M. Tetrahedron 2016, 72, 4859. DOI:10.1016/j.tet.2016.06.056(d) Kuwana, D.; Ovadia, B.; Kamimura, D.; Nagatomo, M.; Inoue, M. Asian J. Org. Chem. 2019, 8, 1088. DOI: 10.1002/ajoc.201900170
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 3.11 14:46 ①
  2. グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体…
  3. フラーレンの“籠”でH2O2を運ぶ
  4. 溶液中での安定性と反応性を両立した金ナノ粒子触媒の開発
  5. センター試験を解いてみた
  6. IR情報から読み解く大手化学メーカーの比較
  7. 有機合成化学協会誌2021年7月号:PoxIm・トリアルキルシリ…
  8. 【21卒イベント】「化学系学生のための企業研究セミナー」 大阪1…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 液体ガラスのフシギ
  2. 有機ELディスプレイ材料市場について調査結果を発表
  3. 原子間力顕微鏡 Atomic Force Microscope (AFM)
  4. 2010年10大化学ニュース
  5. プラサナ・デ・シルバ A Prasanna de Silva
  6. 化学研究ライフハック: Evernoteで論文PDFを一元管理!
  7. フォン・リヒター反応 von Richter Reaction
  8. 化学に魅せられて
  9. ポンコツ博士の海外奮闘録XVIII ~博士,WBCを観る~
  10. マーティン・ウィッテ Martin D. Witte

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年8月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP