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世界初、RoHS 指令の制限物質不使用で波長 14.3μm の中赤外光まで検出可能な検出器を量産化

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浜松ホトニクスは、長年培った化合物光半導体の製造技術により、特定の有害物質の使用を制限する欧州連合(以下 EU)の RoHS(ローズ)指令の制限物質である水銀(Hg)とカドミウム(Cd)を含まず、波長 14.3 マイクロメートル(以下 μm、μ は 100 万分の 1)の中赤外光まで検出できる化合物光半導体素子(TypeⅡ超格子赤外線検出素子※1)「P15409-901」の量産化に世界で初めて成功しました。 (引用:8月27日浜松ホトニクスプレスリリース)

FT-IRといえば、日本分光や島津製作所、堀場製作所、アジレント、サーモフィッシャーといった分析機器メーカーが頭に浮かぶと思いますが、浜松ホトニクスではその中に使われる検出器をはじめとする電子部品を製造しています。光に関係する電子部品に強く、微弱な光を電気信号に変換する光電子増倍管は世界シェア90%以上を有しています。そのため物理化学系の実験室には、浜松ホトニクス製の装置が一つはあるのではないでしょうか。

赤外線を検出する仕組みはたくさんありますが、FT-IRでは広い波長を高い感度で検出する必要があり、TGS(Triglycine sulfate)MCT(HgCdTe)検出器が良く使われています。TGS検出器は、温度変化に応じて誘電体の分極が変化する(焦電効果)ことを利用して赤外線を検出する装置で、一方のMCT検出器は半導体によって光を電気信号に変換する装置です。一般的にTGSのほうが測定波長が広いですが、感度はMCTの方が高いです。研究室にあるFT-IRが、測定する前に液体窒素を入れる必要があるものであれば、そのFT-IRの検出器はMCT型ということになり、それは感度を稼ぐために冷却する必要があるからです。そして、MCT型の代替となるRoHS 指令の制限物質を使わない新しい検出器を開発したことが本ニュースの内容です。

島津製作所のIRTracer-100、オプションによりMCT型検出器を搭載できる

RoHS (Restriction of the use of certain Hazardous Substances)指令とは、電気・電子機器などの特定有害物資の使用制限に関するEUの法律で、具体的には鉛、水銀カドミウム、六価クロム、PBB(ポリ臭化カビフェニル)、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル)を1000 ppm(Cdのみ100 ppm)を超える量を含む製品はEU域内で上市することができないというルールです。濃度の定義は機械的に分離できる最小単位であり、電気機器であれば、電子回路に使われている電子部品のピンや膜、はんだの中で、規定濃度以下でなくてはならず、上記がほぼ含まれてはいけないことになります。RoHS施行以前の話ですが、2001年10月、欧州市場向けにオランダの港で陸揚げされたソニーの家庭用ゲーム機のPS oneから、同国の法律で定められた基準を上回るカドミウムが検出され、PS oneは輸入差し止めと部品の交換を余儀なくされたことがあります。この結果、出荷は約2カ月滞り、ソニーは130億円の売り上げを失ったそうです。そのため機器メーカーとしては、RoHS指令で規制されている物質が製品に含まれてはいけません。もちろん、RoHS 指令には例外規定もあり、現代の科学技術で代替できない用途については、上記の材料を使うことができます。例えば、pH 電極のガラスを含むイオン選択電極に含まれる鉛およびカドミウムは代替が利かないため、使用することができます。ただし技術の進歩に合わせて例外が更新され、使用期限が設定されて、それ以降は使えなくなることもあります。赤外線検出器に含まれる鉛、カドミウムおよび水銀も例外として認められているため、MCT検出器は使えますが、これらの有害な元素を使わないに越したことはないので、浜松ホトニクスでは量産に踏み切ったと予測されます。

 では、新しく開発された素子の構造を見ていきます。赤外線を検出する素子には光を受ける受光層と電極が接続されて、受光層から電極に電気が流れやすくするためにコンタクト層が成膜されています。一般的に、各層は均一な薄膜ですが、開発された製品ではInAsとGaSbの薄膜をそれぞれ数nmの厚さで基板上に交互に2,000層以上積み重ねた受光層が使われています。この交互に層を積み重ねることが重要で、浜松ホトニクスでは、In、As、Sb を材料とした赤外線の検出器を販売してきましたが、それは赤外線の波長が11μm までのみ検出できるタイプで、11µm より長い波長を測定するためにこの特殊な構造の素子の開発を行いました。成膜方法は公開されていませんが、特許などから分子線エピタキシーが使われているかもしれません。いずれにしても量産スケールで非常に薄い膜を多く重ねる製造方法の開発は、数多くの困難があったと予想できます。ちなみに11µm より長い波長の測定が必要な理由ですが、分析対象物に含まれる物質を正確に特定するためには、14μm 付近までの中赤外光を測定し、吸収する性質の違いを比べる必要があるからです。

構造の違い

 浜松ホトニクスでは、この素子の販売を9月2日から開始しました。価格は32万円で3年後には年間千台の販売を目標にしています。RoHS指令で規制されている有機物が含まれていないかを調べる際にはFT-IRが有効ですが、この開発により分析について、より環境安全に配慮した装置が使われることになりそうです。RoHSは今年の7月から強化されたRoHS2が適用が始まり、フタル酸ビス (2-エチルヘキシル)(DEHP)、フタル酸ブチルベンジル (BBP)、フタル酸ジブチル (DBP)、フタル酸ジイソブチル (DIBP)も規制物質となり、さらなるFT-IRの活躍が期待されています。

新たに追加されたフタル酸誘導体

参考文献

  • 特開2015-90901
  • 特開2010-177350

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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