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一般的な話題

合成化学者のための固体DNP-NMR

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先日、2020年7月7日の第5回ケムステVシンポ山東先生による溶液DNP-NMRの利用に関するご講演で興味を持たれた方も多いのではないかと思いますが、核スピンの超編極を利用する手法としてDNP法が最近注目されています。これに関連して、固体DNP-NMRについて産総研の田中真司さんからご寄稿いただきました。基本的なDNP-NMRの原理、2020年現在の最先端の応用事例、日本国内での利用方法などについて詳しく解説していただいたのでお楽しみいただけると幸いです。(トップ画像1. 田中研究員 (左, 文献9) と永島研究員 (右, 文献10) とDNP-NMR装置@産総研つくば)

はじめに

とある合成化学系ラボにて

4年生「〇〇とXXを反応させてみたんですけど、沈殿が出てきました。この沈殿、どの溶媒にも溶けません…」
先輩 「溶けへんとNMRとられへんからあかんな。次は原料にメチル基を生やして溶解度稼いでみよか。」
4年生「わかりました!(…でもこの沈殿って目的化合物ちゃうんかな)」

筆者は関西のとある合成化学系ラボの出身で、学生時代は多核錯体をつなぎ合わせて超分子を作っていました。ラボに配属されて間もない頃、先輩と上記のような会話をしたのを今でもよく覚えています。その後、溶解度が上がった化合物は、きちんと溶液NMRで構造解析でき、再結晶で綺麗な単結晶を作ることができてX線結晶構造解析で構造決定できました。しかし、最初に作った不溶物の構造は永遠にわからないままなのでしょうか?

不溶物の構造をどうしても知りたい場合、FT-IRや元素分析がまず頭に浮かび、もし装置があればMALDI-TOFMS、表面化学のラボと協力関係にあればXPSも有力かもしれません。しかし、そもそもそんなに溶けないものはおそらく目的物ではないから忘れる、という場合も多いでしょう。

それでは、固体NMRはどうでしょうか?

合成化学系のラボではあまり出てこない選択肢です。なぜならば、普段見ているNMRスペクトルよりもはるかに分解能が悪く、そして極めて感度が低いからです。一般的な固体1H NMRは、脂肪族と芳香族はそれぞれ1つのブロードなシグナルしか見えません。13C NMRにしてようやく構造を議論する気が起こってきます。しかし、これは最低でも一晩は積算しないと綺麗なシグナルは見えません。つまり、固体NMRは溶液NMRのようにルーチン測定として使える代物では無いのです。

NMRの技術は現在も日進月歩で進化を続けています。最近、固体NMRの感度の問題を解決する手法として動的核偏極 (Dynamic Nuclear Polarization; DNP) を利用するNMR、すなわちDNP-NMRが発展を遂げてきました。本記事ではDNP-NMRの簡単な原理と最新の研究状況、さらに国内での装置の稼働状況について概説してきます。なお、一般的な固体NMRの解説についてはこちらの記事が詳しいですのでご参照ください。

DNP-NMRの原理

NMRは静磁場中に置かれた核スピンがゼーマン効果によりエネルギー準位が分裂し、生じたαスピンとβスピン間の共鳴を利用するものです。この時、核スピンのエネルギー差はわずかであり、スピン数にして9999:10000程度の差しかありません。これがNMR が原理的に低感度である要因です。これに対し、電子スピンのゼーマン効果によるエネルギー準位の分裂は、1Hに対しておよそ660倍あります(磁気回転比γの比)。そのため、電子スピン共鳴(ESR)はNMRよりもはるかに高感度になります (図2)。

DNPはこのような電子スピンの性質を核スピンに移す、磁化移動の方法の一種です。溶液NMRでも13C DEPTなど、1Hの磁化を13Cに移すことにより選択的にシグナルを見る手法が知られていますが、それを核スピン→核スピンから電子スピン→核スピンに応用したものと考えても良いです。ただし、DNP現象の発見自体は古く、核オーバーハウザー効果 (NOE) で知られるOverhauserが1953年に提唱[1]、同年にCarver, Slichterらによって初めて観測されています[2]。近年の高出力マイクロ波発生装置(ジャイロトロン)の発展により、高磁場中に置かれた電子スピンの共鳴が可能となりました。Griffinらはこれを応用し、高磁場でのDNP-NMRに成功したことを契機として、ここ10数年でDNP-NMRの研究は急速に発展しました[3]

図2. DNP-NMRの原理

DNPの磁化移動の原理はいくつか知られていますが、現在最もよく研究されているのは交差効果 (Cross-effect) です。交差効果は2つの電子スピンと1つの原子核スピンが、特定の周波数のマイクロ波照射条件で共鳴すると観測されますが、その前提条件として2つの電子スピン同士がある程度近くに存在しなければならないという制約があります。電子スピンを供給するためには、安定ラジカル分子(DNP偏極剤)が用いられ、測定サンプルと共存させた条件で測定することになります (図3左)。

DNPにおいては電子スピンからの磁化移動が肝となるため、DNP偏極剤の設計も極めて重要な研究要素の1つとなっています。2つのニトロキシドラジカルをつなぎ合わせ、互いに直交した構造が有効であることがGriffin、松木 (現大阪大学准教授) らにより報告され[4]、さらに改良が進み現在はTEKPol (図3) が非水系の有用な偏極剤として知られています。また、水系の偏極剤としてはTOTAPOLやAMUPol が知られています。その他、炭素ラジカルや金属錯体も報告されていますが、それらはまた別のメカニズムでDNP効果を促します。

図3. DNPサンプル調製法と偏極剤の効果

これらは一見なんだか不思議な化合物ですが、緻密に設計、合成された分子であり、現在でも偏極剤の改良の研究は続いています。このあたりは、今後合成化学者が大活躍できる可能性がありますね。

これらの偏極剤を適切な条件で用いると、最大でNMRの感度が200倍以上になります。これは、測定時間にして1/40000に相当します(シグナル/ノイズ比は積算回数の平方根に比例)。つまり、一晩かかっていた測定なんてほんの数秒で十分になります。

ちなみにこれは1H核の話でしたが、1H核のみならず、固体NMRの手法として確立されたCross-Polarization (CP) 法を組み合わせることで13C, 29Si, 15Nなどの低感度核も超高速で測ることが可能になります (図3)。

DNP-NMRを紹介する時、“溶液みたいに測れる固体NMR”、と宣伝されることがあります。これは測定に要する時間だけを見ればある意味事実ですが、実際には色々な制約があります。最も悩ましいのは、100K以下の低温を必要とすることです。これは低温でないと、DNP効果が起こる前に電子スピンの磁化が緩和してしまうからです。低温にして無理やり縦緩和時間を延ばすことで、DNP効果を起こりやすくします。また、100K付近だと大抵の化合物は凍るので、必然的に固体NMRの手法を用いる測定となるわけです。

低温でのマジックアングルスピニング (MAS) には液体窒素温度の高圧ガスが必要となり、液体窒素の消費が甚大な上、クラッシュのリスクも高まります。阪大蛋白研のグループは極低温ヘリウムガスを循環型で用いるシステムを開発しており、極低温かつ低コストでDNP-NMR測定が可能です[5]。また、阪大基礎工や理研を中心とするグループでは、光励起三重項電子スピンを用いるDNP (Triplet-DNP) で室温での測定を可能としています[6]。このあたりは国内のグループが世界最先端の研究を担っています。

DNP-NMRの測定例

DNP-NMRは、初期は巨大タンパク質の高感度解析に応用されました。その後、ラジカル分子が近接する材料表面を選択的に高感度化できることが注目され、固体触媒の構造解析への応用が進みました。これはDNP-Surface-Enhanced NMR Spectroscopy (DNP-SENS) とも呼ばれています[7]。例えば、シリカ上に担持したオレフィンメタセシス触媒の触媒活性種/失活種の解析に用いられています (図4)[8]。この報告ではカルベン部位に13C同位体ラベルを施してありますが、通常不可能と言って良い測定時間を必要とする13C-13C INADEQUATE測定 (図4b) を行ない、化学種の構造を完全に決定することができています。

図4. シリカ担持オレフィンメタセシス触媒のDNP-NMR

不溶性ポリマーは溶液NMRが適用できないため、固体NMRの測定対象として特に重要です。しかし、不溶性ポリマーへのDNP-NMRの応用は最近までありませんでした。これは、シリカのように比表面積が大きく、偏極剤が分散しやすい材料は良いのですが、架橋型ポリマーのように低比表面積の材料では、これまでの戦略が通用しないことが一因です。偏極剤とともに用いる溶媒の性質と、架橋型ポリマーの膨潤特性に着目することで、架橋型ポリスチレンのDNP-NMR測定が可能であることが最近報告されました[9]。具体的には、疎水性サンプルにはTEKPol/1,1,2,2-テトラクロロエタン (TCE) を用い、親水性サンプルには AMUPol/DMSOが有効となります(図5a)。この適切な条件選択により、天然存在比サンプルでの15N DNP-NMRのシリーズ解析が可能となりました (図5b)。

図5. a) 架橋型ポリスチレンのDNP-NMRとb) 天然存在比での15N DNP-NMR

NMRは理論的には周期表のほとんどの原子核を測定できますが、実際に活用されている核種は一握りです。特に周期表の75%を占める17Oなどの核スピン量子数I が1以上の四極子核は、13CなどのI = 1/2の原子核で用いる手法をそのまま適用できません。そのため、DNP-NMRによる四極子核の有効な観測法が最近までありませんでした。最近、DNP-NMRを用いる上で制約となる、冷却MAS (~10 kHz) 条件で、1H→四極子核の磁化移動を効率的に促すパルスプログラムが開発され、17O (I = 5/2) に加え、67Zn (I = 5/2)、47,49Ti (I = 5/2, 7/2)、95Mo (I = 5/2) などの金属核種への適用も可能になりました (図6)[10]。固体触媒や光学デバイス材料として用いられる金属酸化物の構造をより深く理解するための画期的な手法として期待されます。

図6. 新規パルスプログラムを用いた天然存在比でのMoO3/TiO217O DNP-NMR (左)とAl-doped-ZnO267Zn DNP-NMR (右)

また、DNP-NMRはそもそもサンプル量をたくさん確保できない材料にも有用な手法です。基板上に蒸着させた有機半導体薄膜は、薄膜の名の如く分子の数自体は非常に少なく、そのまま固体NMRを測定してもシグナルが得られる望みは薄いです。とはいえ、表面を削り取ってサンプル量を増やしたとしても、薄膜状態での分子配向情報が失われてしまいます。DNP偏極剤を測定対象分子とともに基板上に共蒸着させることで、非MAS条件下、薄膜のままでの固体DNP-NMR測定に成功し、基板上で有機半導体分子がどのように配向しているか明らかにされています(図7)[11]

図7. 有機半導体フィルムのDNP-NMR

最後に:DNP-NMRを利用するには

DNP-NMRはBruker社が汎用装置を市販しており、現在このモデルが米国と欧州を中心に30台以上稼働しています。日本には、2017年に京都大学化学研究所と産総研 (つくば) にそれぞれ1台導入されました。阪大蛋白研には、JEOL社と共同開発した高磁場DNP-NMR (600 MHz, 700 MHz) が稼働しており、これはSPring-8のように利用申請を行うことで誰でも研究に活用できるチャンスがあります。利用申請はこちらから。

筆者 (トップ画像、左側)は産総研装置の管理、運用を任される立場にあり、物理学を専門とする永島研究員 (トップ画像、右側)とともに日々研究に励んでおります。本装置はNEDO超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト (2016-2022) の一環で導入され、最先端材料の解析のためにプロジェクト参画企業が独占して使用しています。ただし、測定技術進歩のための基礎研究レベルでの連携は必要と考えていて、すでに国内外の大学グループと連携して論文発表にも至っています[12]。先述のようにDNP-NMRにはまだまだ課題もありますが、それらがクリアされていけば、かつて溶液NMRがそうであったように、合成化学研究のルーチン測定としてDNP-NMRが普及する日もそう遠くないかも知れません。

合成化学を研究のバックグラウンドとする筆者ですが、様々な巡り合わせを経て、DNP及び固体NMRの世界にどっぷり浸かることになりました。かつてどの溶媒にも溶けないからといって捨てていた不溶物は、DNP-NMR (あるいは通常の固体NMR) を自在に用いて構造解析することができます。なんだか面白そうだけど、溶けなくてなんだかよくわからない化合物を手にしている研究者の皆様、ぜひ筆者までご一報を。

この記事の著者

田中 真司

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター ケイ素化学チーム 主任研究員

研究チーム 研究所の公式Websiteはこちら、Facebookベージはこちら

NEDO超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト (2016-2022)

参考文献

  1. Overhauser, A. Phys. Rev. 1953, 92, 411. DOI: 10.1103/PhysRev.92.411.
  2. Carver, T. R.; Slichter, C. P., Phys. Rev. 1953, 92, 212. DOI: 10.1103/PhysRev.92.212.2.
  3. Ni, Q. Z.; Daviso, E.; Can, T. V.; Markhasin, E.; Jawla, S. K.; Swager, T. M.; Temkin, R. J.; Herzfeld, J.; Griffin, R. G. Acc. Chem. Rec. 2013, 46, 1933. DOI: 10.1021/ar300348n.
  4. Matsuki, Y.; Maly, T.; Ouari, O.; Karoui, H.; Le Moigne, F.; Rizzato, E.; Lyubenova, S.; Herzfeld, J.; Prisner, T.; Tordo, P.; Griffin, R. G. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 4996. DOI: 10.1002/anie.200805940.
  5. Matsuki, Y.; Idehara, T.; Fukazawa, J.; Fujiwara, T. J. Magn. Reson. 2016, 264, 107. DOI: 10.1016/j.jmr.2016.01.022.
  6. Tateishi, K.; Negoro, M.; Nishida, S.; Kagawa, A.;  Morita, Y.; Kitagawa, M. Proc. Nat. Acad. Sci. 2014, 111, 7527-7530. DOI: 10.1073/pnas.1315778111.
  7. Rossini, A. J.; Zagdoun, A.; Lelli, M.; Lesage, A.; Copéret, C.; Emsley, L.  Acc. Chem. Rec. 2013, 46, 1942-1951. DOI: 10.1021/ar300322x.
  8. Ong, T. C.; Liao, W. C.; Mougel, V.; Gajan, D.; Lesage, A.; Emsley, L.; Coperet, C. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 4743-4747. DOI: 10.1002/anie.201510821.
  9. Tanaka, S.; Liao, W.-C.; Ogawa, A.; Sato, K.; Copéret, C. Phys. Chem. Chem. Phys. 2020, 22, 3184-3190. DOI: 10.1039/C9CP05208A.
  10. Nagashima, H.; Trébosc, J.; Kon, Y.; Sato, K.; Lafon, O.; Amoureux, J.-P. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 10659-10672. DOI: 10.1021/jacs.9b13838.
  11. Suzuki, K.; Kubo, S.; Aussenac, F.; Engelke, F.; Fukushima, T.; Kaji, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 14842-14846. DOI: 10.1002/anie.201707208.
  12. Maeda, K.; Uemura, Y.; Kim, M.; Nakajima, K.; Tanaka, S.; Chun, W.-J.; Motokura, K. J. Phys. Chem. C 2019, 123, 14556-14563. DOI: 10.1021/acs.jpcc.9b03280.

謝辞 参考文献9,10の成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発事業(NEDO)の委託業務(JPNP16010)の結果得られたものです。

関連動画

ケムステVシンポ第5回 山東 信介 先生(東大・工 教授) 「分子設計で実現する次世代バイオイメージング」(溶液DNPの例。溶液DNPと本記事で扱っている個体DNPは異なりますので注意してください。)

その他、DNP NMRに関する解説動画

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東京の大学で修士を修了後、インターンを挟み、スイスで博士課程の学生として働いていました。現在オーストリアでポスドクをしています。博士号は取れたものの、ハンドルネームは変えられないようなので、今後もGakushiで通します。

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