[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

金属中心に不斉を持つオレフィンメタセシス触媒

[スポンサーリンク]

先日、Richard R. Schrock教授(MIT)の講演を聴いてきました。Schrock教授はご存じの通り、高酸化数を持つ金属アルキリデン錯体(Schrockカルベン)の開発、および実用的オレフィンメタセシス触媒(Schrockモリブデン触媒)の開発で世界的に著名な科学者です。Grubbs教授と並び称される化学者であり、その傑出した業績が評価され、2005年にノーベル化学賞を受賞しています。

今回の講演では、Amir Hoveyda教授(ボストンカレッジ)のグループと共同研究しているSchrock-Hoveyda触媒の、最近の発展について主に話されていました。

 

彼らによって開発されたモリブデンビスピロリル錯体[1]は、フェノール・アルコールと反応させることで、様々なモノアルコキシドモノピロリル錯体へと簡便に誘導できます[2]。この錯体はモリブデン金属に不斉中心を持つとともに、イミド・ピロール・フェノール・アルキリデン部位それぞれを精密チューニング可能な、diversityに富む不斉触媒プラットフォームとなります。

Mo_schrock_4

 

このモノピロリルモノアルコキシド触媒は、低触媒量にて不斉メタセシスを進行させる超高活性触媒となります。この触媒を用いれば、斬新なルートでの生物活性物質の合成も可能となります。彼らは実際にQuebrachamineの合成に適用して有用性を示しています。このメタセシス反応は、既存のどの触媒を用いても全く上手くいかず、彼らが独自に開発したものだけが高い収率・不斉収率をたたき出すとのこと。これらの結果はごく最近、NatureJACSに報告[3]されています。

Mo_metathesis_1Mo_schrock_5

 

 

その後この触媒群を使って様々な検討を行い、実現困難だった反応をいくつか達成しているとのこと。特に面白い結果だと思えたのは、Z-選択的なオレフィンメタセシス反応。単純クロスメタセシスにおいては、E/Z選択性の制御はきわめて困難、というのはご存じの通り。まだpreliminaryなデータのようですが、ひとつのブレイクスルーになりそうな印象を受けました。活性中心を混み合わせて立体要請を強くでき、それでもなお活性が保たれるという、この触媒群のユニークな特性こそが、反応促進には必須なのかも知れません。(追記:その後本研究はNature誌に掲載される素晴らしい成果として結実しています。)

Mo_schrock_1

 

 

ノーベル賞を取ってしまった学者は、化学にとどまらず歴史・文化・環境などにまでおよぶ、政治家然としたジェネラルな講演形式をすることも少なくないのですが、今回の講演は純粋ケミストリーのお話ばかりでした。まだまだ現役バリバリの研究者で、化学研究の情熱は全く失われてない、ということなのでしょう。ノーベル賞は、彼にとってのゴールではないようです。世界的名誉を得た後でも常に研究者たろうとする姿勢は、是非とも見習っていきたいものだと思えました。

 

関連文献

[1]?(a) Hock, A.; Schrock, R. R.; Hoveyda, A. H. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128,16373. DOI: 10.1021/ja0665904 (b) Singh, R.; Czekelius, C.; Schrock, R. R.; Muller, P. Organometallics 2007, 26, 2528. DOI: 10.1021/om061134

[2] Singh,R.; Schrock, R. R.; Muller, P.; Hoveyda, A. H. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 12654. doi:10.1021/ja075569f

[3] (a) Malcolmson, S. J.; Meek, S. J.; Sattely, E. S.; Schrock,?R.?R.; Hoveyda, A. H. Nature 2008, 456, 933. doi:10.1038/nature07594 (b) Sattely, E. S.; Meek, S. J.; Malcolmson, S. J.; Schrock, R. R.; Hoveyda, A. H. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 943. DOI: 10.1021/ja8084934

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 分子研 大学院説明会・体験入学説明会 参加登録受付中!
  2. YMC「水素吸蔵合金キャニスター」:水素を安全・効率的に所有!
  3. 電子や分子に応答する“サンドイッチ”分子からなるナノカプセルを開…
  4. セルロース由来バイオ燃料にイオン液体が救世主!?
  5. 最近の有機化学論文2
  6. アルケンでCatellani反応: 長年解決されなかった副反応を…
  7. 【10月開催】マイクロ波化学ウェブセミナー
  8. ChatGPTが作った記事を添削してみた

注目情報

ピックアップ記事

  1. 春日大社
  2. アミンの新合成法
  3. 複雑な試薬のChemDrawテンプレートを作ってみた
  4. 野依不斉水素移動反応 Noyori Asymmetric Transfer Hydrogenation
  5. マーティン・ウィッテ Martin D. Witte
  6. コロナワクチン接種の体験談【化学者のつぶやき】
  7. 化学研究ライフハック :RSSリーダーで新着情報をチェック!2015年版
  8. 2007年文化勲章・文化功労者決定
  9. 有機合成化学協会誌2019年11月号:英文版特集号
  10. サレット・コリンズ酸化 Sarett-Collins Oxidation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP