[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

セルロース由来バイオ燃料にイオン液体が救世主!?

セルロースから作るバイオエタノールにイオン液体で課題克服を目指す

 

 

植物の細胞壁に含まれ、最も重要な成分の1つがセルロースと呼ばれる高分子多糖です。セルロースをバイオ燃料に変えるためには、化学的に安定なセルロースをどうにか細切れにしなければなりません。この困難を克服するために、以前は電池材料や特別な潤滑剤として注目されていたイオン液体と呼ばれるちょっと変わった物質が、あらためてまた注目され始めています。 

 

セルロースはグルコースが多数つながった高分子多糖です。地球上で最も豊富に存在する再生可能材料であり、わたしたちはよくお世話になっています。身近な例として、 植物から得られたセルロースが、の原材料であることは、よく知られたところでしょう。この歴史は古く、例えば、中国の歴史書では、蔡倫という人物が、西暦105年に、ときの皇帝へ紙を献上したと記載されています。

ヨーロッパでは大航海時代に前後して、動物由来の羊皮紙から植物由来の紙へシフトしていきました。グーテンベルクという人物が活版印刷を発明した背景にあった紙の普及は、知の拡大を考える上でも重要な意味を持つでしょう。書籍の大量供給を可能にし、学問のありかたそのものに与えた影響ははかりしれません。

 

セルロースが再び起こす時代のうねり

かつてをもって歴史を変えたセルロースが、今度はエネルギーをもってまた時代のうねりを引き起こそうとしています。

糖からエタノールを作ることは、類を思い出せば分かるように、人類は大昔から行ってきました。バイオエタノールも基本となる原理は同じです。最も顕著な問題は、糖の供給源であり、現在、商業ベースで動き始めているバイオエタノールのプラントでは、ほとんどすべてデンプンを用いています。そのため、食料の生産と拮抗し、トウモロコシをはじめ主要な穀物の値段を上げてしまうなど、問題になっていました。

そこで注目される成分がセルロースです。デンプンを豊富に含む食用部以外の食べられない部分を、バイオ燃料にしようという目論みです。しかし、セルロースはとても安定な物質であり、なかなか分解されません。水にも溶けません。デンプンもセルロースもグルコースがつながっただけの物質です。しかし、それぞれ化学結合の仕方が異なるため構造が異なり、デンプンはクルルンとしてとっつきやすそうですが、セルロースはスパッとしていて他のものをよせつけようとしなそうな雰囲気です。しかも、植物のセルロースは、まるで結晶しているかのように何本も束になっています。 

(セルロースの構造)

植物科学・微生物学・有機化学、それぞれの学問がそれぞれの方法で解決法を模索していますが、これらとは違った観点から、効率的にバイオ燃料を生産するための道筋を紹介しましょう。

 

イオン結晶の例外 イオン液体とはなんぞや

イオン結晶とは…

陽イオンと陰イオンとが、静電気力によって引き合ってできる結合をイオン結合といい,イオン結合でできている結晶をイオン結晶という。(中略) イオン結合の物質は一般に融点が高い。

高等学校化学Ⅱ(数研出版)より引用

 

世の中、教科書には記載しきれなかった例外というものがあるもので、そういった例外の中に面白いものがあったりもします。食卓の塩(塩化ナトリウム)を思い出してのとおり、ほとんどのイオン結晶は融点が高く、一般に室温で固体ですが、室温で液体という変わりものも存在します。このような物質はイオン液体(ionic liquid)と呼ばれています。

イオン液体の陽イオンあるいは陰イオンは、たいていサイズが大きめのイオンです。水や有機溶媒と異なり、イオン液体は特徴ある性質をいくつか持ちます。一般には、蒸気圧がきわめて低く、ほとんど揮発しません。また、酸素と化合して燃焼したりしません。

このようなイオン液体には、さらに驚きの性質があることが報告されています。水にも有機溶媒にも溶けなかったセルロースが、なんとイオン液体には溶けるのです[1]。

GREEN048.PNG

(論文[1]より引用 / 図左が水・図右がイオン液体で処理したもの)

セルロース の繊維がふにゃフニャじゃん!

 

イオン液体に溶かしたセルロースを酵素が分解する!

イオン液体にセルロースが溶ける。この発見がブレイクスルーとなって、さらなる改良案がいくつも報告されます。そして、驚くべきことに、イオン液体の中で、セルラーゼと呼ばれる酵素に、セルロースの分解を触媒させようという試みが進行中です。水に満たされた生体内で機能するように進化してきたタンパク質が、はたしてイオン液体の中でも機能するのでしょうか。

(細菌セルラーゼの結晶構造解析データをProtein Data Bankより出力)

答えを言うと酵素活性は大幅に落ちてしまいます。生体内で最善な折りたたみになるようにタンパク質は進化してきました。そのため、条件が変わると最適な折りたたみを取れなくなり、本来の機能を失います。

水とイオン液体を混ぜれば酵素活性はまた戻りますが、今度はセルロースが溶けにくくなります。両者は二律背反、トレードオフの関係です。しかし、ここであきらめてはサイエンティストの名がすたるというもの。何とか克服していきましょう。

 

1.セルロースをよく溶かし環境に優しくタンパク質変性が少ないイオン液体の開発

まだまだイオン液体の歴史は浅く、レパートリーはまだまだ増えるでしょう。標準アミノ酸を用いたイオン液体など、環境に優しそうなものも報告されています[2]。面白いなと思った方法としては、タンパク質変性の少ないイオン液体の探索に緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein; GFP)を用いることができるということです[3]。毎回セルロース分解酵素を用いて反応産物の糖を定量をするよりかは、光り具合を見ておよその指標とした方がハイスループットですよね。

 

2.イオン液体の中でも機能が落ちない頑丈なセルロース分解酵素の探索

従来よく調べられてきたセルロース合成酵素は、カビや昆虫から得られたものでした。しかし、これらのセルロース分解酵素と相同であるものの独自の進化を遂げた特別なセルロース分解酵素は、自然界にまだまだ存在します。とくに、セルロース分解酵素の遺伝子資源として、塩田などの極限環境に住む微生物が注目されています。実際に、好塩古細菌のなかまからセルロース分解酵素をコードする遺伝子がクローニングされており、イオン液体の中でもよく機能したようです[4]。理論の面からは、アスパラギン酸グルタミン酸など酸性アミノ酸がタンパク質の表面にあると、イオン液体中での酵素活性の抑制が緩和されると指摘されています。

 

他にいくつものアプローチで研究が進められています[5],[6]。イオン液体の中で、酵素反応を使うという発想は、興味深いアイディアに感じられます。イオン液体の応用範囲は、エネルギー分野を含め、さらに広がっていきそうです。

 

参考論文

[1] イオン液体でセルロースが溶解

“Dissolution of Cellose with Ionic Liquids” Richard P. Swatloski et al. J. Am. Chem. Soc. 2002 DOI: 10.1021/ja025790m

[2] 天然に存在する20の標準アミノ酸からイオン液体

“Room Temperature Ionic Liquids from 20 Natural Amino Acids” Kenta Fukumoto et al. J. Am. Chem. Soc. 2005 DOI:10.1021/ja043451i

[3] タンパク質に優しいイオン液体をGFPで選抜

“Green fluorescent protein as a screen for enzymatic activity in ionic liquid–aqueous systems for in situ hydrolysis of lignocellulose” Paul W. Wolski et al. Green Chem2011 DOI: 10.1039/c1gc15691h

[4] 好塩古細菌からイオン液体に耐性があるセルラーゼを同定

“Identification of a haloalkaliphilic and thermostable cellulase with improved ionic liquid tolerance” Tao Zhang et al. Green Chem 2011 DOI: 10.1039/c1gc15193b

[5] セルラーゼを装備した酵母菌がイオン液体に耐えてセルロースからバイオエタノールまで作る

“Direct bioethanol production from cellulose by the combination of cellulase-displaying yeast and ionic liquid pretreatment” Kazunori Nakashima et al. Green Chem 2011 DOI: 10.1039/c1gc15688h

[6] 高速イオン液体クロマトグラフィーの開発

“High performance ionic liquid chromatography” Yukinobu Fukaya et al. Chem Commun 2011 DOI: 10.1039/c0cc05307d 

 

関連書籍

 

The following two tabs change content below.
Green

Green

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。
Green

最新記事 by Green (全て見る)

関連記事

  1. Google日本語入力の専門用語サジェストが凄すぎる件:化学編
  2. シリカゲルの小ネタを集めてみた
  3. 【書籍】イシューからはじめよ~知的生産のシンプルな本質~
  4. 化学のちからで抗体医薬を武装する
  5. こんなサービスが欲しかった! 「Chemistry Refere…
  6. みんな大好きBRAINIAC
  7. 最近の金事情
  8. ドライアイスに御用心

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ベロウソフ・ジャボチンスキー反応 Belousov-Zhabotinsky(BZ) Reaction
  2. 存命化学者達のハーシュ指数ランキングが発表
  3. 大鵬薬品、米社から日本での抗癌剤「アブラキサン」の開発・販売権を取得
  4. TEMPOよりも高活性なアルコール酸化触媒
  5. 第五回 超分子デバイスの開発 – J. Fraser Stoddart教授
  6. コラボリー/Groups(グループ):サイエンスミートアップを支援
  7. 神谷 信夫 Nobuo Kamiya
  8. ノリッシュ・ヤン反応 Norrish-Yang Reaction
  9. 光と熱で固体と液体を行き来する金属錯体
  10. ケーニッヒ・クノール グリコシド化反応 Koenigs-Knorr Glycosidation

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

光C-Hザンチル化を起点とするLate-Stage変換法

2016年、ノースカロライナ大学チャペルヒル校・Eric J. Alexanianらは、青色光照射下…

硤合 憲三 Kenso Soai

硤合 憲三 (そあい けんそう、1950年x月x日-)は、日本の有機化学者である。東京理科大学 名誉…

カルボン酸からハロゲン化合物を不斉合成する

第119回のスポットライトリサーチは、豊橋技術科学大学大学院 柴富研究室 博士後期課程1年の北原 一…

アンドリュー・ハミルトン Andrew D. Hamilton

アンドリュー・ディヴィッド・ハミルトン (Andrew David Hamilton、1952年11…

耐薬品性デジタルマノメーター:バキューブランド VACUU・VIEW

突然ですが、「バキューブランド」って会社知っていますか?合成化学系の先生方はご存知の人が多い…

生物指向型合成 Biology-Oriented Synthesis

生物の機能主体であるタンパク質では、決まった構造モチーフが種を超越して高度に保存されている。生物活性…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP