[スポンサーリンク]

一般的な話題

肝はメチル基!? ロルカセリン

[スポンサーリンク]

 ケムステニュースに取り上げましたが、Arena Pharmaceuticalsが創成し、エーザイ株式会社が販売権をもつ抗肥満薬 「BELVIQ®」 (一般名lorcaserin hydrochloride)が2012年6月27日にFDA承認を取得しました。安全性確認のための追加試験が行われるようですが、「国民の2/3が肥満」と言われる米国においては13年振りの抗肥満薬であり、まさに待望の新薬なのでしょう。

対象となる患者は、BMIが30kg/m2以上が対象なので、身長170cmで体重>87kgですね。ネット上では早くも 「痩せ薬キタ━(゚∀゚)━!」 「これでダイエット不要に!」と言う声も出ていますが、「臨床試験成績は平均で年間3~3・7%の体重減少」という事なので、ダイエットできる人ならそっちの方が早そうですね。

創薬の経緯を少し調べてみたんですが、見出し絵の通り、ロルカセリンの成否はメチル基1つだったのか!? とビックリしたので記事にします。(ケムステニュースには私見を込めたくないので、記事を切り分けました)

 

5-HT2CターゲットとArena の戦略

セロトニン (5-ヒドロキシトリプタミン、5-HT)は、中枢作用、および血圧/体温調節等の末梢作用などの様々な生理学的機能を有する神経伝達物質です。セロトニンの受容体は、現在までに 14 種類が報告されていて、5-HT1Aアゴニスト、5-HT1D/1Bアゴニスト、5-HT4アゴニスト、5-HT3アンタゴニスト等が臨床使用されています。セロトニン受容体の一つである5-HT2C受容体は中枢系に広く分布し、摂食、性機能、社会的相互作用への関与が示唆されている受容体であり、創薬ターゲットとして注目されていました。しかしながら、同じサブファミリーに属する5-HT2A及び5-HT2Bと受容体構造が近いため選択性を得る事が難しい点が5-HT2Cアゴニスト創薬の課題でした。

Arena Pharma.の研究者達は、既存の非選択的アゴニストであるセロトニン、ノルフェンフルラミン、Ro 60-0175の共通部分構造であるarylethylamineに着目し、環化による配座固定化を行っています。即ち、分子が取りうるコンフォメーションを減らす事で、各受容体への親和性に差が生じる事を期待しました。その結果、(恐らく色々トライしたのでしょうが) 1-methyl-3-benzazepine構造が5-HT2C選択性を有する事を見出して、Lorcaserinの創薬に成功しています。

Lorcaserin Arena.gif

 2004年11月及び2007年7月に論文が受理されています。論文データによると5HT2C活性はEC50=7.9nMであり、5HT2A / 5HT2Bに対しそれぞれ20倍 / 100倍の選択性を有してます。私見ですが、1位メチル基は「選択性を狙って入れた」んじゃなくて、「有った方が合成が楽だから入れてみた」ように見えるんですが、如何でしょうか?

Lorcaserin Synth.gif

 

Astellasの戦略

Astellasは、Ro 60-0175をリード化合物として候補化合物YM348を創出し、臨床試験に進めていました。しかし、副作用発現が懸念された事から、より優れたバックアップ化合物が必要となました。

YM348.gif

  2007年11月受理 (Arena社2報目と同時期) の論文で、バックアップ研究が報告されています。彼らは、新たな骨格を有するリードを得るためにHTSを行いました。HTSのヒット化合物からの最適研究を行いましたが、結果として得られた物はロルカセリンと極めて構造が類似する6,7-置換-3-benzazepineでした。論文データによると5HT2C活性はKi=8.8nMであり、5HT2A / 5HT2Bに対しそれぞれ11倍 / 11倍の選択性を有してます。Lorcaserin YM.gif

論文データ上ではロルカセリンの選択性には及ばないです。幸か不幸か、YM348の臨床試験が続行したため、この化合物の開発は進んでいないようです。

 

メチル基は果たして “What to Make?” の産物なのか??

活性値や選択性のデータは、施設間で異なった数字になる事は良くあるので、実際にどちらの化合物が優れているのかは論文からでは判断できませんし、論文で書かれていない薬物動態や毒性のデータも不明です。更に、たとえ同じ化合物/データを持っていても、臨床のGo/No Go判断は組織によって異なります(ビジネス判断の要因が絡む)。
そういった種々の要因を敢えて無視して、論文データだけを比較すると「メチル基の有無」が創薬成功の成否を握っているようにも見えてしまいます。さて、このメチル基は果たして、狙って入れたものでしょうか?論文中、彼らは「配座固定化のために環化した」としか言ってないので、「兎も角、早く環化体創りたいから、メチル基入っちゃうルートで良いや!」と思って創ったんだと、私は想像します。よく創薬化学は「How to Make?ではなくてWhat to Make?だ!」と言われるんですが、考え抜いて創った物がイマイチな結果で、あれこれ考えずに早く創った物が勝ちな時もままあります。ロルカセリンの創薬成功は、その好例ではないかと思いました。

教訓 : 考えるより産むが易し(の時もある)

補足:「How to make?」で気になるキラル体合成法は、特許明細書(WO2008070111)を見る限り、不斉合成では無くて L-(+)-tartaric acidを用いたジアステレオ塩の光学分割を行なっているようです。

 

関連記事

* ケムステニュース:Arena/エーザイ 抗肥満薬ロルカセリンがFDA承認取得

 

関連論文

  1. * Discovery and SAR of new benzazepines as potent and selective 5-HT 2C receptor agonists for the treatment of obesity Bioorg. Med. Chem. Lett. 15 (2005) 1467–1470
  2. Discovery and Structure−Activity Relationship of (1R)-8-Chloro-2,3,4,5-tetrahydro-1-methyl-1H-3-benzazepine (Lorcaserin), a Selective Serotonin 5-HT2C Receptor Agonist for the Treatment of Obesity J. Med. Chem., 2008, 51 (2), pp 305–313 DOI: 10.1021/jm0709034
  3. Synthesis and structure–activity relationships of a series of benzazepine derivatives as 5-HT2C receptor agonists Bioorganic & Medicinal Chemistry 16 (2008) 3309–3320

 

関連サイト

 

関連記事

  1. ゲルセジン型アルカロイドの網羅的全合成
  2. 室温、中性条件での二トリルの加水分解
  3. フッ素のチカラで光学分割!?〜配向基はじめました〜
  4. 有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含…
  5. 学振申請書を磨き上げるポイント ~自己評価欄 編(前編)~
  6. 薬学部6年制の現状と未来
  7. ビアリールのアリール交換なんてアリエルの!?
  8. 【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START you…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 薬学会年会も付設展示会キャンペーンやっちゃいます
  2. 韮山反射炉
  3. エピスルフィド合成 Episulfide Synthesis
  4. 構造生物学
  5. ジョン・アンソニー・ポープル Sir John Anthony Pople
  6. グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体選択的な酸化的カップリング反応
  7. 最も安価なエネルギー源は太陽光発電に
  8. ジ-π-メタン転位 Di-π-methane Rearrangement
  9. 第92回―「金属錯体を結合形成触媒へ応用する」Rory Waterman教授
  10. ヴァリンダー・アガーウォール Varinder K. Aggarwal

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

ファンデルワールス力で分子を接着して三次元の構造体を組み上げる

第 656 回のスポットライトリサーチは、京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川…

第54回複素環化学討論会 @ 東京大学

開催概要第54回複素環化学討論会日時:2025年10月9日(木)~10月11日(土)会場…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP