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スポットライトリサーチ

オキシトシンを「見える化」するツールの開発と応用に成功-謎に包まれた脳内オキシトシンの働きの解明に新たな光-

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第428回のスポットライトリサーチは、慶応義塾大学・医学部・薬理学教室 塗谷グループの中村 花穂(なかむら かほ)さんにお願いしました。

塗谷グループでは、新しい標識物質・手法を用いた伝達物質のイメージングや、光の吸収による物質の励起を伴わない2光子現象を応用したイメージングを一例とする、最先端のイメージング技術や分子・細胞生物学的手法を駆使して心や脳の働きの謎に迫る研究を行っています。本プレスリリースの成果はオキシトシンについてで、オキシトシンはホルモンとしての働きに加え、脳内において神経伝達物質として働き、生物の社会行動に関与することが近年明らかにされています。オキシトシンがどのようにして私たちの脳の中で働き、精神機能を発揮するかを理解するためには、オキシトシンの脳内における作用部位や動態の解明が必要不可欠ですが、従来の蛍光タグは分子量が700 ほどもあるため、わずか1000 程度の分子量のオキシトシンに付加するとオキシトシン本来の挙動をゆがめてしまい、真の姿をとらえることは困難でした。そこで本研究では、オキシトシンにアルキンタグを結合させる方法を考案し、新たなツール「アルキンオキシトシン」を開発しました。

この研究成果は、「Analytical Chemistry」誌およびプレスリリースに公開されています。

Probing the Spatiotemporal Dynamics of Oxytocin in the Brain Tissue Using a Simple Peptide Alkyne-Tagging Approach

Kaho Nakamura, Keiko Karasawa, Masato Yasui, and Mutsuo Nuriya

Anal. Chem. 2022, 94, 35, 11990–11998
DOI: doi.org/10.1021/acs.analchem.2c00452

トップ画像は、中村さんにこの記事のために作成頂いたもので、これまで適切なプローブがなく見ることのできなかったオキシトシン(左側)が、アルキンタグの付加により見えるようになった(右側)ことを表現しました。「幸せホルモン」とも呼ばれるオキシトシンの温かみや人との繋がりを、手や背景の色で表しています。

研究グループを主宰されている塗谷 睦生 准教授より中村さんについてコメントを頂戴いたしました!

今回の研究は、私がかつてよりずっと興味を持っていた、私たちの心を司る小さな分子を可視化してその働きを理解する、というとてもチャレンジングなプロジェクトの成果です。いつかやってみたいと思って温めていた中、当時学部3年生だった筆頭著者の中村花穂さんが同じ興味を持って下さり、この研究が始まりました。類似した研究さえ無い挑戦的なプロジェクトでしたが、中村さんは果敢に挑み、熱意と丁寧な実験によって研究をグングン進めて沢山の興味深い成果をもたらしてくれました。今回発表した成果を基に、中村さんは更に挑戦的な実験に挑み、研究を一層高次のものへと展開してくれています。中村さんの研究は、「面白い」と思って研究できることが「世界初」につながる一番の力となることを示してくれおり、同じような志を持つ方がこのような研究にチャレンジして下さることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

脳内のペプチド性神経伝達物質の一種であるオキシトシンを可視化する新規プローブの開発と応用を行った研究です。

オキシトシンは、従来から知られてきた分娩促進や授乳促進などの作用に加え、他者との社会的絆形成の役割が明らかにされ、生物の精神を強力に調節する脳内神経伝達物質として注目を集めています。

しかし、オキシトシンはその重要性にもかかわらず、脳内における作用部位や動態が謎に包まれてきました。オキシトシンの分子量は非常に小さく、通常可視化に用いられる蛍光標識を付加すると、本来の動きや性質に影響を与えてしまい、真の姿をとらえることができません。

本研究では、これらの影響を最小限に抑えた極小タグであるアルキン(アセチレン系炭化水素)をオキシトシンに付加した「アルキンオキシトシン」の開発に成功しました。さらに、この新規プローブを用いて、これまで謎に包まれてきたオキシトシンの脳内における作用部位や時空間的動態をとらえることに初めて成功しました。

【図1】本研究で開発したオキシトシンの可視化法

本研究で開発した新規ツールは、ペプチド性神経伝達物質一般に広く応用可能なため、本研究成果により、まだまだ謎の多い精神機能の分子基盤への理解が深まり、脳研究を大きく前進させることが期待できます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

マウスの急性脳スライスを用いた実験では、異なる条件下でアルキンオキシトシンを適用したスライス間での比較や、異なる個体から得られたスライスとの比較が伴うため、脳全体におけるスライスの位置をできるだけ正確に把握するように工夫しました。本研究で注目していた海馬では、スライスの位置やマウスの週齢によってシグナルの局在に違いが見られたため、何度も実験や観察を繰り返すことで場所を正確に見分けられるようになりました。

また、競合実験やPulse Chase実験では、データ数を増やすために同じ実験を繰り返し行う必要がありましたが、既に得られる結果を知っている状態で実験を行うため、結果に対して実験者のバイアスがかかってしまう懸念がありました。その打開策として、ブラインド実験を行うなどの工夫もしていました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

「これまで謎に包まれてきたことを明らかにする」というテーマだったため、当然直接的に参考にできるような先行研究はほとんどなく、得られる結果の予測が全くつかなかった点が、本研究の難しさでもあり面白さでもあったように感じます。

本研究を始めた当初は、得られた結果に確証が持てず、誤った情報を世に発信してしまう可能性があるということに、強い恐怖心を覚えました。この恐怖心を克服するためにも、毎回の実験後の考察を一人で済ませるのではなく、必ず言葉にして先生に説明し議論していただくようにしてきました。

これらの丁寧な取り組みにより、結果に自信が持てるようになり、今ではどんな結果が得られるのかわくわくして実験に取り組むことができています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は次の4月で総合職として就職をするため、これまでのように研究者として生化学に関わっていくことはできませんが、研究を始める際に抱いていた「ヒトの感情や心の正体を理解したい」という想いは、今も変わらず持ち続けています。

これまでの研究活動を通して得た学びや経験を活かすことはもちろん、「ヒトの感情や心の正体は何なのか」という問いに対する自分なりの回答を見つけることができるように、人の気持ちや行動原理などに真摯に向き合う働き方をしていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究に失敗はつきものですが、その失敗を無駄にせずに、いかに多くのことを吸収し次に活かすかということが、研究活動を行う上で非常に重要なことだと考えます。

この考えの根底には、動物実験を行う立場として命を無駄にしたくないという想いがありますが、本研究を通して、むしろ失敗からこそ学ぶことが多いと感じました。

実験が思うように進まない時には、気持ちが沈んでしまいがちですが、それを逆にチャンスととらえ、常に前向きな気持ちで研究活動を行っていきたいです。

最後になりますが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導いただきました、塗谷睦生准教授、安井正人教授、唐沢啓子さんにこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:中村 花穂(なかむら かほ)

所属:横浜国立大学・環境情報学府・自然環境専攻 M2

所属研究室:慶応義塾大学・医学部・薬理学教室

略歴:

2021年3月横浜国立大学理工学部化学・生命系学科卒業

2021年4月横浜国立大学環境情報学府自然環境専攻 修士課程入学

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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