[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

なんと!アルカリ金属触媒で進む直接シリル化反応

[スポンサーリンク]

 

ご存知のようにヘテロ芳香環を有する医薬品や有機材料は数多く存在します。これらに対するシリル基(R3Si-)の導入(シリル化反応)はその性質を変換させるだけでなく、様々な官能基へと変換可能なプラットホームとなるため合成的有用性を秘めています。

ヘテロ芳香環のシリル化反応は、ヘテロ芳香環を有機金属反応剤に変換した後に、求電子的なシリル化剤([SI]-LG)を作用させる方法が最も一般的でした(図1上)。

しかしながらこの手法では、自然発火性のリチウム反応剤(R–Li)やグリニャール反応剤(R–MgX)を化学量論量用いる必要があります。また生じた有機金属反応剤が強い求核剤となるため基質適用範囲が限られていました。

近年では、イリジウムやロジウムなどの遷移金属触媒を用いた触媒的炭素–水素結合の直接C–Hシリル化反応が開発されていますが、高価な遷移金属触媒をもちいるため、大スケールの合成には適用しづらいといった難点があります(図1下)[1]

 

図1 従来のシリル化反応

図1 従来のシリル化反応

 

この2つの代表的なシリル化反応に対して、最近、Nature誌にカリフォルニア工科大学のStoltzGrubbsらのグループらが“第三”のシリル化反応を報告しました。

 

“Silylation of C–H bonds in aromatic heterocycles by an Earth-abundant metal catalyst”

Toutov, A. A.; Liu, W.-B.; Betz, K. N.; Fedorov, A.; Stoltz, B. M.; Grubbs, R. H. Nature 2015, 518, 80–84.

DOI:10.1038/nature14126

 

今回報告された反応は、触媒的かつヘテロ芳香環のC–H結合を[SI]–Hを用いて直接的にシリル化します。触媒としてはなんとアルカリ金属塩基であるカリウムtert-ブトキシド(KOt-Bu)を使うとのこと。KOt-Buは一般的に強塩基として用いられますが、それを触媒とした反応とはいったいどのようなものでしょうか。それでは簡単に見てみましょう。

副反応からはじまった研究

この反応開発のきっかけとなったのは2013年にGrubbsが開発したアリールエーテルの還元的開裂反応です[2]。ジベンゾフランに対して、トリエチルシラン(3〜5当量)と当量のKOt-Buを加え、加熱することでエーテル結合(炭素–酸素結合)の切断が起こりフェノール誘導体が得られます(図2)。

その反応の副生成物として、思わぬ化合物が得られたのです。この副生成物は、電子豊富な芳香環のC–H結合を直接シリル化しされた化合物です。つまり、KOt-Buを触媒量にして副生成物の収率を向上させることが可能となれば、触媒的なC–H結合シリル化が実現できます。そこで、芳香環としては電子豊富なヘテロ芳香環を選び、反応の最適化を図りました。

 

図2 開発のきっかけとなった炭素–酸素結合開裂反応

図2 開発のきっかけとなったアリールエーテルの炭素–酸素結合開裂反応

 

新規C-Hシリル化反応と反応機構

反応最適化の結果、触媒量(20 mol%)のKOt-Buとトリエチルシラン(3当量)を用いることでインドールのC2位選択的なC–Hシリル化を達成しています。それ以外にも40種以上のヘテロ芳香環のC–Hシリル化を試しており、比較的電子豊富なヘテロ芳香環ならばかなり有用な反応であるといえます。さらにGloriusらの手法[3]を用いてこの反応における官能基耐性を調査しています。これらの詳細については論文をご覧ください。

しかし気になるのは反応機構です。一体どのようにしてこの反応は進行しているのでしょうか。

著者らははじめに異なるヘテロ芳香環を用いた競合実験を行っています(図3a)。電子豊富なヘテロ芳香環であるほど反応性は下がっているため、求電子的置換反応とは相補的な反応性であると示唆されます。

さらにフリーラジカルを有するTEMPOなどを添加することで反応は進行しなくなることから、ラジカルが生成していることが考えられます(図3b)。しかしながらピリジンに対しては反応が進行しないため、ヘテロ芳香環へラジカル付加する反応(ミニシ反応)とは異なるタイプの反応であることが示唆されます。

また、添加剤としてエポキシドを加えても全く反応に影響を与えなかったためシリルアニオン種(R3Si–K)が生じる機構も考えにくい結果となりました(図3c)。

 

図3 反応機構解明に向けて

図3 反応機構解明に向けた各種実験

 

これらの結果から、本反応はこれまで知られている炭素–水素結合官能基化反応とは全く異なる機構で反応が進行していることが示唆されます。

 

大量合成や合成最終段階にも使える

さて、未知の反応機構で進行するこの反応はどれほどの有用性があるのでしょうか。著者らは様々な応用を試みていますが、その一部を紹介します。

この反応は100 gスケールで行うことが可能であり、濾過と蒸留を行うことで簡便かつ大量にシリル化体を得ています(図4上)。

また、抗ヒスタミン剤であるthenalidineや抗血小板薬であるticlopidineの合成最終段階での誘導化も可能としています(図4下)。

 

図4 合成的有用性

図4 合成的有用性

 

合成の初期段階においても最終段階においてもこの反応を用いることができるため、幅広い用途があることがわかります。この他の応用についてもぜひ論文に目を通してみてください。

今回の報告では反応機構の解明までは達成されませんでしたので、今後詳細な検討により明らかとなることに期待したいと思います。

 

参考文献

  1. (a)Cheng, C.; Hartwig, J. F. Science 2014, 343, 853-857. DOI:10.1126/science.1248042 (b)Lu, B.; Falck, J. R. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 7508–7510. DOI:10.1002/anie.200802456
  2. Fedorov, A.; Toutov, A. A.; Swisher, N. A.; Grubbs, R. H. Chem. Sci. 2013, 4, 1640–1645. DOI:10.1039/c3sc22256j
  3. Collins, K. D.; Glorius, F. Nat. Chem. 2013, 5, 597–601. DOI:10.1038/NCHEM.1669

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3319070185″ locale=”JP” title=”Metal Free C-H Functionalization of Aromatics: Nucleophilic Displacement of Hydrogen (Topics in Heterocyclic Chemistry)”]

 

外部リンク

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 兄貴達と化学物質
  2. 第34回ケムステVシンポ「日本のクリックケミストリー」を開催しま…
  3. 第五回ケムステVシンポジウム「最先端ケムバイオ」開催報告
  4. トンネル効果が支配する有機化学反応
  5. 近赤外吸収色素が持つ特殊な電子構造を発見―長波長の近赤外光を吸収…
  6. 近況報告Part V
  7. 理研の一般公開に参加してみた
  8. 酵素を模倣した鉄錯体触媒による水溶液中でのメタンからメタノールへ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ヒドロホルミル化反応 Hydroformylation
  2. 富士通、化合物分子設計統合支援ソフト「キャッシュ」新バージョンを販売
  3. マテリアルズ・インフォマティクス活用検討・テーマ発掘の進め方 -社内促進でつまずやすいポイントや解決策を解説-
  4. 鉄触媒を用いたテトラゾロピリジンのC(sp3)–Hアミノ化反応
  5. 一般人と化学者で意味が通じなくなる言葉
  6. Nature Catalysis創刊!
  7. そこまでやるか?ー不正論文驚愕の手口
  8. ジョン・トーソン Jon S. Thorson
  9. 難溶性多糖の成形性を改善!新たな多糖材料の開発に期待!
  10. 半導体ナノ結晶に配位した芳香族系有機化合物が可視光線で可逆的に脱離する機構を解明!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第54回ケムステVシンポ「構造から機能へ:ケイ素系元素ブロック材料研究の最前線」を開催します!

今年も暑くなってきましたね! さて、本記事は、第54回ケムステVシンポジウムの開催告知です! 暑さに…

有機合成化学協会誌2025年7月号:窒素ドープカーボン担持金属触媒・キュバン/クネアン・電解合成・オクタフルオロシクロペンテン・Mytilipin C

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年7月号がオンラインで公開されています。…

ルイス酸性を持つアニオン!?遷移金属触媒の新たなカウンターアニオン”BBcat”

第667回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科 野崎研究室 の萬代遼さんにお願いし…

解毒薬のはなし その1 イントロダクション

Tshozoです。最近、配偶者に対し市販されている自動車用化学品を長期に飲ませて半死半生の目に合…

ビル・モランディ Bill Morandi

ビル・モランディ (Bill Morandi、1983年XX月XX日–)はスイスの有機化学者である。…

《マイナビ主催》第2弾!研究者向け研究シーズの事業化を学べるプログラムの応募を受付中 ★交通費・宿泊費補助あり

2025年10月にマイナビ主催で、研究シーズの事業化を学べるプログラムを開催いたします!将来…

化粧品用マイクロプラスチックビーズ代替素材の市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、化粧品…

分子の形がもたらす”柔軟性”を利用した分子配列制御

第666回のスポットライトリサーチは、東北大学多元物質科学研究所(芥川研究室)笠原遥太郎 助教にお願…

柔粘性結晶相の特異な分子運動が、多段階の電気応答を実現する!

第665回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科(芥川研究室)修士2年の小野寺 希望 …

マーク・レビン Mark D. Levin

マーク D. レビン (Mark D. Levin、–年10月14日)は米国の有機化学者である。米国…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP