[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

創薬化学における「フッ素のダークサイド」

[スポンサーリンク]

フッ素は全元素中最大の電気陰性度を有するなど、化学的物性値に外れ値を示す事が多く、元素として特殊な扱いが成されます。

これを医薬構造中に入れこむことで、薬効を調節したり、疎水性を高めたり、代謝安定性を改善したり、動態追跡のPET応用に用いたり・・・などの良い効果があるとされています[1]。この有用性から「分子にフッ素を効率良く導入する反応」が歴史的にも沢山開発されてきています[2]。

しかしその一方で、フッ化医薬構造の分解により予期せぬ悪影響が生じてしまうことも指摘されています。この事例をNovartis社の研究員がまとめておりましたので、今回はこれを取り上げてみます。

”The Dark Side of Fluorine”
Pan, Y.  ACS Med. Chem. Lett. 2019, DOI: 10.1021/acsmedchemlett.9b00235

フッ化構造分解による悪影響

C-F結合は切れづらく(BDE=109 kcal/mol)、酸化的代謝も受けづらいため、とくに医薬構造に含まれる弱い結合を代替する目的で導入されます。

しかしながら耐性をもつのは均等開裂条件に対してであり、フッ素アニオンとして脱離していく不均等開裂条件に対しては案外脆いところがあります。壊れた骨格が毒性代謝物として働いたり、フッ素アニオンが骨集積することで、様々な副作用のもとになります。

SN2反応を介して分解する例

下記は生理的条件下で加水分解を起こしたり、生体内グルタチオンとの置換反応を起こしたりする構造例です。特に分子内に求核部位を持つ構造、ベンジル位やアリル位のように活性化されたC-F結合をもつ化合物の場合は注意が必要です。こういった傾向は立体障害基の導入に加え、ジフルオロメチル基・トリフルオロメチル基にすげ替えることで減ずることができるようです。

ヘテロ原子の非共有電子対関与で分解する例

非共有電子対の関与によってカルボカチオンが安定化される構造においては、CーF結合の分解が見られます。ビニロガス位のような遠隔でも効いてくるので要注意。窒素上への電子求引基の導入によってある程度抑制が可能です。

酸化的代謝がトリガーとなって分解する例

酸化的代謝がトリガーとなってフッ化水素を放出する経路も考えられます。 代謝物がしばしばマイケルアクセプター様構造となることも相まって、CYP阻害やグルタチオン付加体などの形成につながります。代謝標的になる水素をメチル化するなどの対応が取られます。

2-フルオロエチル基や1,3-ジフルオロ-2-プロピル基などは特別の注意が必要で、酸化的代謝によって猛毒のモノフルオロ酢酸が生成しえます(クエン酸回路の阻害物質として働く。半数致死量はシアン化ナトリウムと同程度)。

まとめ

化学的には「言われてみればそうですね~」な事例ばかりなのですが、普段から可能性を頭に置いておかないと、ふとした拍子に気づきにくい話とも思えました。

良い面ばかりのみならず懸念面もあるのだ、ということを頭に置いておくことで、より適切な使用が行えるようになるのはどんな技術でも同じです。こういう情報は時間を見つけて適宜仕入れておきたいところですね。

関連文献

  1. Gillis, E. P.; Eastman, K. J.; Hill, M. D.; Donnelly, D. J.; Meanwell, N. A. J. Med. Chem. 2015, 58, 8315. doi:10.1021/acs.jmedchem.5b00258
  2. (a) Gouverneur, V.; Szpera, R.; Moseley, D. F. J.; Smith, L. B.; Sterling, A. J. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, doi: 10.1002/anie.201814457 (b) Yang, L.; Dong, T.; Revankar, H. M.; Zhang, C.-P. Green Chem. 2017, 19, 3951. doi:10.1039/C7GC01566F

関連書籍

[amazonjs asin=”4274506916″ locale=”JP” title=”創薬科学入門 ―薬はどのようにつくられる? (改訂2版)”][amazonjs asin=”1405167203″ locale=”JP” title=”Fluorine in Medicinal Chemistry and Chemical Biology”]

ケムステ関連記事

外部リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. マイクロ波を用いた革新的製造プロセスとヘルスケア領域への事業展開…
  2. ペプチドの特定部位を狙って変換する -N-クロロアミドを経由する…
  3. フルオロホルムを用いた安価なトリフルオロメチル化反応の開発
  4. 企業の研究を通して感じたこと
  5. 5-ヒドロキシトリプトファン選択的な生体共役反応
  6. トランジスタの三本足を使ってsp2骨格の分子模型をつくる
  7. 光で狙った細胞を選択的に死滅させる新技術の開発に成功~副作用のな…
  8. 化学の学びと研究に役立つiPhone/iPad app 9選

注目情報

ピックアップ記事

  1. コンベス キノリン合成 Combes Quinoline Synthesis
  2. 好奇心の使い方 Whitesides教授のエッセイより
  3. JACSベータ
  4. 【ジーシー】新たな治療価値を創造するテクノロジー -BioUnion-
  5. カガン・モランダーカップリング Kagan-Molander Coupling
  6. 化学結合の常識が変わる可能性!形成や切断よりも「回転」プロセスが実は難しい有機反応
  7. ミツバチに付くダニに効く化学物質の研究開発のはなし
  8. 盧 煜明 Dennis Yuk-ming Lo
  9. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  10. 3色に変化する熱活性化遅延蛍光材料の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP