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スポットライトリサーチ

カゴ型シルセスキオキサン「ヤヌスキューブ」の合成と構造決定

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第38回のスポットライトリサーチは、群馬大学理工学府分子科学部門 海野・武田研修士課程修了生(現在はミシガン大学)の小栗直己さんにお願いしました。

紹介する成果は、(分割面をもつ)ヤヌス型のカゴ型オクタシルセスキオキサン「ヤヌスキューブ」に関するものです。カゴ型シルセスキオキサンはPOSS(Polyhedral Oligomeric SilSesquioxanes、Hybrid Plastics社の商標)[1] として有名で、有機−無機ハイブリッド材料として多く研究発表がなされてきています。シロキサン骨格の構造(T8=オクタ、T10、T12)や有機部位の設計により性質が変わることが知られており、カップリング剤、フィラー、ポリマー前駆体などへの応用例があります。今回はこれまで難しかったヤヌスキューブの効率的な合成に関する成果がプレスリリースおよび論文として公開されたことを機に、紹介させていただくこととなりました。

“Janus-Cube Octasilsesquioxane: Facile Synthesis and Structure Elucidation”
Oguri, N.; Egawa, Y.; Takeda, N.; Unno, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, Early View DOI: 10.1002/anie.201602413

Inside Cover

本研究を直接指揮・指導された海野雅史教授は、小栗さんをこう評しておられます。

小栗君は群馬大学で進めているフロンティアリーダー育成コースの3期生で、海外留学や2年次からの研究室早期配属など、様々なプログラムをこなしたうえで、研究を始めました。3年終了時に早期卒業をして大学院に進学したため、研究の年数は少ないのですが、ターゲットを絞って集中的に研究をすすめる能力に長けています。ヤヌスキューブの合成も10年以上、数多くの学生が関わりましたが、ついに小栗君が単離、構造決定を成し遂げました。あまり自慢できることではないですが、僕はテーマを出した後は、合成ルート検討や目的化合物の変更などは、学生自身のアイディアがあれば、あまりアドバイスをせず自由にやらせています。彼にとって、好きなように何でもできる、という枠組みがよかったのかもしれません。

それではいつものように、小栗さんから現場のお話を伺っていきましょう。

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ヤヌス型カゴ型オクタシルセスキオキサン(ヤヌスキューブ)の合成とその構造決定です。

カゴ型オクタシルセスキオキサンは有機—無機ハイブリッド分子の代表例であり、これをビルディングブロックとして用いた材料は高い機能を示すことが知られています。
カゴ型オクタシルセスキオキサンのなかでも、立方体の対面に異なる置換基が4ずつ導入されたものをヤヌスキューブと呼ぶことが、ミシガン大学のRichard Laineにより10年ほど前に提唱されました。同一分子上に2種類の置換基が存在することで分子間の相互作用が異方的になり、界面活性を示す、多様な自己組織化構造を形成するなど、様々な分野への応用が期待できる分子です。

これまでいくつかの研究グループが合成を試みてきましたが、多くの不純物が生成するため、単離および結晶構造に関しては報告されていませんでした。本研究では、これまでになかったアプローチでヤヌスキューブの合成を試み、その単離と結晶構造を初めて報告しました。

januscube

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

ズバリ、環状フルオロシロキサンを前駆体として採用したことです。選択的にSi–O–Si結合を形成する際には、シラノールとクロロシランのカップリング反応がよく用いられます。しかしクロロシランは水に不安定で取り扱いが難しく、シラノールとの反応による塩化水素発生が原因でシロキサン骨格が壊れてしまうことがあります。以前、当研究室で環状クロロシロキサンを調製しヤヌスキューブ合成を試みましたが、解析不可能なポリマー状化合物を得るのみに終わっていました。

本研究で用いた環状フルオロシロキサンは他の環状ハロシロキサンより遥かに簡便に合成でき、空気中および水溶液中で安定な、取り扱いやすい前駆体です。環状フルオロシロキサンと環状ケイ酸塩を反応させることにより、目的のヤヌスキューブを合成・単離することができました。

januscube_scheme

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

環状フルオロシロキサン合成の条件検討にかなり苦労しました。[2] ひとつのケイ素原子上に2種類の置換基を有する8員環式シロキサンには4つの立体異性体が存在します。フッ素原子を導入する際に立体構造を保てず、異性体が生成してしまう場合が多々ありました。反応条件の検討を執念深く行うことで、all-cis型環状フルオロシロキサンを選択的に合成できるようになりました。

ヤヌスキューブの単離も一苦労でした。反応条件・精製法を検討することにより、収率は最終的に21%まで向上しましたが、初回の合成時にはかなり低い収率であり、GPCやHPLC、PTLCなどを駆使してようやく単離に成功しました。終夜で29Si NMRの測定を行い、スペクトル上に2本のピークが見えたときは、測定室で思わずガッツポーズをしてしまいました。最終的にはGPCによる精製のみで単離が可能になっています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

どちらかと言うと私は「化学が大好き!」というタイプではなく、化学を問題解決の手段として捉えているタイプの人間です。ですので、自分のキャリアを化学だけに縛り付けるつもりはありません。そうは思いながらも、化学はあらゆる事象にミクロ・マクロの視点からアプローチできる非常にバランスのよい学問であり、その魅力を感じずにはいられません。化学という学問に出会えたことを嬉しく思います。

将来は化学の分野だけに留まらず、知識や技術を幅広い分野・産業へスピンオフできる人材になりたいと思っています。「人類の発展に貢献する」ことこそ、私の根元的な夢です。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

まずはご指導していただいた海野雅史教授、武田亘弘准教授、測定(構造決定)・ディスカッションで貢献していただいた江川泰暢博士研究員、スタートアップの際に尽力いただき有力なサジェスチョンをくださった遠藤央之博士、川上義輝博士に感謝の意を表したいと思います。

合成化学の分野に身を置いていると数多くの実験をこなさなければならず、深夜まで研究室に残ることも多いと思います。実験を長時間続けていると集中力と生産性が低下します。ただ闇雲に手を動かすのではなく、実験デザインにしつこいくらいの時間をかけ、論文というアウトプットの場を意識して研究を進めていくことが重要であり、それこそが短期間で結果を出すコツだと思っています。

ハードワークで研究をやり遂げるのも大事ですが、サイエンスの楽しさは研究生活に伴う苦しみなどではなく、研究を達成できたときの歓喜の瞬間だと考えています。科学に携わるすべての人たちが、科学を楽しめる世界であって欲しいと思います。

参考

  1. What is POSS? – Hybrid
  2. “Facile Synthesis of Cyclic Fluorosiloxanes”, Oguri, N.; Takeda, N.; Unno, M. Chem. Lett. 2015, 44, 1506–1508. DOI: 10.1246/cl.150692

関連リンク

研究者の略歴

noguri小栗 直己(おぐり なおき)

所属:群馬大学理工学府物質・生命理工学教育プログラム 海野・武田研究室 修士課程修了
(現在はミシガン大学・9月博士課程進学予定)

研究テーマ:高機能性材料を指向した構造規制シロキサン合成ならびに新規合成法の開拓

略歴:2014年3月群馬大学工学部化学・生物化学科早期卒業、2014年9月–2014年1月フランスÉcole Nationale Supérieure de Chimie de Montpellier研究留学(Dr. Michel Wong Chi Man研究室)、2016年3月群馬大学理工学府物質・生命理工学教育プログラム修士課程修了、同年9月Macromolecular Science and Engineering, University of Michigan博士課程進学予定。

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大学JK->国研研究者。エアロゲルやモノリス型マクロ多孔体を作製しています。専門分野はあいまいです。ピース写真付インタビューが化学の高校教科書に載りました。

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