[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

直鎖アルカンの位置選択的かつ立体選択的なC–H結合官能基化

[スポンサーリンク]

位置選択的かつ立体選択的なC–H活性化

有機化合物の炭素-水素結合を切断し、有用な官能基へと変換するC–H結合直接変換反応はハロゲン化等の事前官能基化が不要であり副生成物も少ないため、有機合成における究極の変換反応の一つであると言えます。しかし、有機化合物に最も多く存在する炭素-水素結合のうち、望みのC–H結合を位置選択的かつ立体選択的に活性化させること容易ではありません。とりわけ反応性が乏しいsp3C–H結合を活性化させることは困難を極めます。エモリー大学のDavies教授らは、C–H直接変換反応において頻繁にみられる制限(分子内反応や配向基を用いた反応)を受けないより理想的な変換反応を目指して触媒開発を行ってきました。例えばこれまでにロジウムカルベノイドを用いたベンジル位やアリル位および、アルコキシ基のα位等のsp3C–H結合の位置選択的・立体選択的な活性化及び炭素-炭素結合形成反応を報告しています (scheme 1)。1

2016-10-07_22-56-08

Scheme 1. Site- and stereoselective C–H functionalization with rhodium carbenoids.

最近Davies教授らは最も難易度の高い基質の一つである、直鎖アルカンの位置および立体選択的なC–H結合官能基化を達成しました(Scheme 2)。論文はこちら。

“Site-selective and stereoselective functionalization of unactivated C­­–H bonds”

Liao, K.; Negretti, S.; Musaev, D. G.; Bacsa, J.; Davies, H. M. L.;Nature 2016, 533, 230. DOI: 10.1038/nature17651

本記事ではDaviesらの行った過去の研究における知見2を踏まえて論文本文中では触れられていない本反応の選択性発現の機構を中心に補足説明してみましょう。

2016-10-07_22-57-19

Scheme 2. Rhodium-catalyzed site- and stereoselective C–H insertion of pentane.

触媒設計に基づく位置選択性および立体選択性の発現

  • 位置選択性

本反応はロジウムカルベン種の生成と続くカルベンのC–H結合への挿入によって進行します(scheme 3)。反応の位置選択性は電子的要因と立体的要因によって決定されます。C–H結合切断の際、水素原子はヒドリドとしてカルベン炭素上に転移すると考えられる。電子的要因を考えると超共役によってC­–H結合切断の際に生じる正電荷を安定化できる3級および2級炭素上での反応が進行しやすいと考えられます。一方、立体的要因を考えた場合、嵩高い配位子を用いているため、立体障害の少ない1級炭素上での反応が進行しやすいと予想できます。

2016-10-07_22-58-08

Scheme 3. Reaction mechanism and tendency of site-selectivity.

今回著者らは配位子のカルボキシ基のジェミナル位に3,5-二置換アリール基を導入した際、ペンタンの2位炭素選択的かつ立体選択的に挿入反応が進行することを見出しました。

  • 立体選択性

今回の反応に用いた触媒は嵩高い3,5-ジアリールフェニル基がジロジウム触媒のつくる平面に対して互い違いに配置された構造をもち、D2対称性を示します(論文中 Figre 5)。これを模式的に表すと、Figure 1のようになります (青色の壁は、3,5-ジアリールフェニル基を表している)。

2016-10-07_23-00-50

Figure 1. Structure and configuration of D2-symmetric rhodium catalyst.

 

生成物のカルボニル基α位の3級炭素の立体化学はロジウムカルベン錯体に基質が接近する際の面選択性によって決定されます (Figure 2a, A)。まず、ロジウムカルベン錯体においてカルベン炭素に結合したアリール基はカルベン炭素の作る平面に平行になるような配座をとり、エステル基はこの平面に直行するような配座を取ることが計算によって明らかにされています(Figure 2b)。3このときカルベン上で最も嵩高いトリクロロエトキシ基 (Figure 2bではメトキシ基) が錯体の最も空いた空間を占めるように配置されます。この配座では、基質はトリクロロエトキシ基および配位子 (青色の壁)との立体反発を避けるようにロジウムカルベン錯体に接近するため、立体選択性が発現します。

2016-10-07_23-01-48

Figure 2. The steric factors that influence the facial selectivity.

一方、生成物のカルボニル基β位の3級炭素の立体化学はロジウムカルベン錯体に基質が接近するときの基質の立体配座によって決定します (Figre 3)。本反応で用いたロジウムカルベン錯体の反応中心まわりの立体障害は、(1)嵩高いジアリールフェニル基 (青色の壁)によるものと (2) 配位子のジアリールフェニル基以外の部分によるもの2つに分けられる。基質がロジウムカルベン錯体に接近する際最も嵩高い置換基 (L)は (1)および(2)を避けるように配置され、2番目に嵩高い置換基 (M)は、(1)を避けるように配置されます (Figure 3a)。この結果、基質がロジウムカルベン錯体に接近する際の立体配座が制限され立体選択性が発現します (Figure 3b)。

2016-10-07_23-02-20

Figure 3. Configuration of substrate approaching to rhodium-carbene complex.

まとめ

今回著者らは、嵩高い不斉ロジウム触媒による直鎖アルカンの位置選択的かつ立体選択的なC–H結合官能基化に成功しました。ここで紹介したペンタン以外に、オクタンや末端にハロゲノ基やシリル基、エステル基をもつ基質においても同様に高選択的に反応が進行することが示されており、有用な反応であると言える。また、C–H結合のわずかな性質の違いを利用して高い選択性の制御に成功した本研究は今後の有機金属化学の発展に大きな影響を及ぼすと考えられます。

 

参考文献

  1. (a) Qin, C. M.; Davies, H. M. L. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 9792. DOI: 10.1021/ja504797x (b) Guptill, D. M.; Davies, H. M. L. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 17718. DOI: 10.1021/ja5107404
  2. Davies, H, M, L.; Daniel, M, Chem. Soc. Rev. 2011, 40, 1857. DOI: 10.1039/C0CS00217H
  3. Hansen, J.; Autschbach, J.; Davies, H. M. L. J. Org. Chem. 2009, 74, 6555. DOI: 10.1021/jo9009968

関連書籍

[amazonjs asin=”3319246283″ locale=”JP” title=”C-H Bond Activation and Catalytic Functionalization I (Topics in Organometallic Chemistry)”][amazonjs asin=”148223310X” locale=”JP” title=”C-H Bond Activation in Organic Synthesis”]
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 不安定炭化水素化合物[5]ラジアレンの合成と性質
  2. 次なる新興感染症に備える
  3. 『ほるもん-植物ホルモン擬人化まとめ-』管理人にインタビュー!
  4. 幾何学の定理を活用したものづくり
  5. 【日産化学 21卒】START your chemi-story…
  6. NMR が、2016年度グッドデザイン賞を受賞
  7. 研究者1名からでも始められるMIの検討-スモールスタートに取り組…
  8. 不正の告発??

注目情報

ピックアップ記事

  1. 有機合成の進む道~先駆者たちのメッセージ~
  2. 事故を未然に防ごう~確認しておきたい心構えと対策~
  3. 比色法の化学(後編)
  4. ビス(トリ-o-トリルホスフィン)パラジウム(II) ジクロリド:Bis(tri-o-tolylphosphine)palladium(II) Dichloride
  5. クライン・プレログ表記法 Klyne-Prelog Nomenclature System
  6. Corey系譜β版
  7. 有機合成化学協会誌2019年2月号:触媒的脱水素化・官能性第三級アルキル基導入・コンプラナジン・アライン化学・糖鎖クラスター・サリチルアルデヒド型イネいもち病菌毒素
  8. Q&A型ウェビナー マイクロ波化学質問会
  9. 「遷移金属を用いてタンパク質を選択的に修飾する」ライス大学・Ball研より
  10. ベン・シェンBen Shen

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

2024年度 第24回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク会議(略称: …

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

開催日時 2024.09.11 15:00-16:00 申込みはこちら開催概要持続可能な…

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!

化学コミュニケーション賞は、日本化学連合が2011年に設立した賞です。「化学・化学技術」に対する社会…

相良剛光 SAGARA Yoshimitsu

相良剛光(Yoshimitsu Sagara, 1981年-)は、光機能性超分子…

光化学と私たちの生活そして未来技術へ

はじめに光化学は、エネルギー的に安定な基底状態から不安定な光励起状態への光吸収か…

「可視光アンテナ配位子」でサマリウム還元剤を触媒化

第626回のスポットライトリサーチは、千葉大学国際高等研究基幹・大学院薬学研究院(根本研究室)・栗原…

平井健二 HIRAI Kenji

平井 健二(ひらい けんじ)は、日本の化学者である。専門は、材料化学、光科学。2017年より…

Cu(I) の構造制御による π 逆供与の調節【低圧室温水素貯蔵への一歩】

2024年 Long らは、金属有機構造体中の配位不飽和な三配位銅(I)イオンの幾何構造を系統的に調…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP