[スポンサーリンク]

一般的な話題

一流科学者たちの経済的出自とその考察

[スポンサーリンク]

Tshozoです。突然ですが筆者が産まれたあたりに相当する全共闘世代と言うのはそりゃまぁアレな時代で、大学の中を学生さんが角棒(ゲバルト棒・独語の”暴力”に相当するGewalt(f,sg)からきた模様)持ち歩いて火炎瓶で警察に応戦するケースもあったという、まさに”This is 昭和”でした。

当時は筆者は幼児期で全く背景など知らなかったのですけれど、色々資料を見てみると活動自体に意味が無かったとも言い切れませんが意味があったとも言い難い、不思議な時代だったという印象を受けます。正直右道とか左道とか中道とかどうでもいいのですが、最近勉強のために当時「流行り」であった左道系の教条根幹的思想であるマルクス主義、その経典とも言うべき「資本論」という書物を個人都合で色々見ております。

「資本論」原著表紙
もちろんめんどくさいので日本語訳しか見てません

その中で彼の思想(の一面)を著す言葉に「社会構造が思考を規定し得る」というものがありました。色々解釈はあるのですが、社会学者の方々がよく言われている観点から要点を言うと「(収入を含めた)生まれ育った環境によってどういう人物になるかが(おおよそ)決まってしまう」という仮説ですね。基本的にその環境の人間は再生産されてしまうというのが一般的な見方のもようです。

econo_01

カール・マルクス
哲学者
ヘーゲル・フォイエルバッハの考え方を継承した思想家
その労働者に根差した考えは”貧乏人の僻み”と言われるケースもしばしば

この仮説は色々と興味深いものですが、では一体現代の主要たる化学者・科学者の方々は一体、経済的にどういったご出自であるのか。今回、筆者が注目している色々な科学者のご出自をわかる範囲で整理し、果たして上記の仮説が本当なのかをザラッとさらってみることにしました。(内容は筆者の先入観と思い込みがかなり見え隠れする内容ですが、お付き合いください)。なお今回は、「基本的に親父さんの職業によって家庭収入が決まる」という前提で調査を行いました。男女平等云々、職業の貴賤云々というご指摘は色々ありますが今回は耳を塞がせていただきたく。

【調査方法】

・情報ソース:Web 主にノーベル賞サイトBiographyの項目、各インタビュー類
・調査年代:基本的に1930-2010に活躍された方々
・調査範囲:化学者が中心、情報が胡乱な方については不掲載
・選抜基準:ノーベル賞受賞者級の方々 特に前回のおはなしに加え分子生物学者・生物化学者を一部追加
・分類  :実際の収入は明確に数値化出来ないため、「一般的な」印象で4つに分割

ということで結果発表です(全て敬称略・ミドルネーム略といたしました)。お名前の下に()でくくってあるのが各位の親父さんのご職業です。

econo_re_02econo_re_03econo_re_04econo_re_05

で、上記の結果をどのように解釈しましょうか。少なくとも事実としては

★高収入と思われるグループに頻度的に人数が多いわけではなく、低収入と思われるグループで頻度的に人数が少ないわけではない
★だいたい中庸のご家庭に頻度的に比較的人数が多く居る、要は収入正規分布を取ってる可能性あり
★つまり経済的に裕福だからと言って、すげぇ方が出る頻度が高いわけではない
(★遺産とか考慮に入れてない時点でこの結果正しいのかと言われる恐れがありますが・・・)

という感じでしょうか。つまり最初に挙げた仮説は正しいものではなく、親父さんの収入がどうのこうの以前に

「すげぇ方々はどんな境遇でもすげぇ」
「親がどうとか、地位がどうとか、大体関係ない

ということですね。要は(少なくとも化学者界隈に至っては・そしてここ100年くらいにおいては)父さんの収入や職業とかにはさほど関係なく、広くすげぇ方々が輩出されているという、非常にまっとうな結果なのだと思います。つまり、社会が健全に、たとえば家庭の収入に対し正規分布を取っていればすげぇ方々もきっとその数だけ多数出てくるということなのではなかろうかと。

おわり。

ということではあんまりなので、上記のことに加え気づいたことをいくつか。

まず第一に、あたりまえですが、各位親父さんのご職業だけで語れるものでもないということ。例えばKary Mullisはご両親が離婚した後でも母方の祖父の農場で比較的不自由なく暮らしていますし、Elias Coreyのように親父さんが亡くなられた後も親類の方々の多大なサポートを受けて育ったケースもありますので、どの事例にも例外はあるということでご理解ください。

その逆で、例えばHaberは人生の途中で勘当同然で家を追い出されましたしKarplusは比較的経済的に恵まれた家庭で育ったもののナチスの迫害をギリギリで逃れた結果、生活基盤を根こそぎ奪われています。またGroup-CのHoffmann, Somorjai, Kohnのご両親に降りかかった人為的災厄には言を要しませんが、それにもかかわらず各位偉大な科学者として大成されています。ここらへんは後に述べるご本人の実力以外の何物でもないことは言を要しません。

第二に、経済的にあまり恵まれていなかった先生方のケースでは共通項として

①貧しくても、両親が教育の重要性を正しく理解していた(特にHeck, Stoddart, Schrock)
②才能を見抜く協力者、経済的に支援してくれる方々が身内・身近にいた
(特にCorey, Woodward, Evans, Suzuki, Kohn, Hoffmann, Somorjai)

③ご本人がむっちゃ頑張った(全員)

のいずれかがだいたい当てはまったということ。③は別にして前2つは極めて重要なことと思われます。①はどの収入層においても共通していることであり、結局教育こそがこうした分野の一流となることの恃みとするところなのでしょう。

一方、②は社会的に極めて重要なものと思われます。要は科学に対するセーフティネットがきちんと形成されているのかどうか(なおユダヤ系の方々の場合は、危機的状況であってもこれらを支えるコミュニティがあったことがキーである気がしています)。そうした条件さえ保たれていれば、すげぇ方々はたとえ困難な環境下に育ったとしても確率的にきちんと社会に出現していくのだと思われる結果でした。

しかしながら。

科学に対して社会状況・経済状況が極めて悪化した環境では、親御さんの職業云々以前に、大規模な不景気により家庭への収入が断たれ、その道を諦めざるを得なくなる可能性があります。つまり、未来の著名化学者が出てくるであろう目を社会自らが摘み取っていることに他なりません。不健全な社会に向かっていることの証左でもあるのでしょう。

ともかく、こうした科学者のタマゴに投資するということは未来に投資するということ。しかし逆に未来は目の前にないことから、一番搾取の対象になるわけです。そりゃそうです、未来と言っても目の前に何も無いんですもん。仮にそうした方々が成功したとしても、その金を出した人間が現世で利益を得られる保証も無いですしね。

もっとも、可能性というある意味胡乱なものに賭けを張るのは論理的に言えば常軌を逸した行動で、たとえばですが(オーナー社長ならともかく)一般企業の経営者がそういう「不明確なモン」に会社の金を使って大枚をはたいたら株主代表訴訟とかにもなりかねないでしょう。論理を優先すればするほど、きっとこの未来を搾取する風潮は強まっていく印象を受けます。

とまぁ全く世知辛い世の中ですが言い訳ばかり言ってても仕方なくて、筆者も微力ながら論理に縛られ過ぎないよう何とか貢献していきたい次第ではあります。

なんでこんなことを調べたか

西欧科学史に興味があった関係から様々な科学者達の経歴や育ちを見ていた時。量子力学の黎明期に活躍したルイ・ド・ブロイについて調べていたところ(こちら)、このやろうなんなんだ貴族で一流科学者でそれなりにイケメンで若いときのインスピレーションで物理学の金字塔を立てやがって、と薄暗い嫉妬心が炎のように猛り狂ったわけですよ(他にも立派な方々が数々居るのに何故筆者がド・ブロイ氏のみに対して直情的になったのか特に理由はありません)

econo_07

ルイ・ド・ブロイ 詳細はこちらを参照
量子力学はこの方の比類なき発想に端を発する

そういう筆者の薄汚い嫉妬心はともかく、社会的に恵まれている人を色々と見てきた短い人生の中で、科学は経済的な要因によって左右され得るのだろうかというのはずっと考えていたことではあります。

ともかく、結局こうしたすげえ方々は全て「実力」で自らの業績を成し遂げたのだと今回の調べで実感した次第です。ここで言う実力とは科学的な才能のみを言うのではなく、運、人間関係、ストレス耐性、氣合、要は全部ひっくるめたものを言います。節目節目でこうした総合力が生きてくるのが人生というもので、親父さんの経済力云々をどうこう言う以前に自らを引き上げるような環境へのチャレンジをし続けていったことこそ、一流の科学者たる所以なのでしょう。経験的に見ても、こういう方々って「そうとしか生きられないくらい自らをその方向に追い込む」能力が最初から備わってる人が多いですね。筆者はそんなことが出来ない側の人間でしたが、そういうことが出来る人の近くに十年近く居れるのはある意味幸せなことな気がします。

それでは今回はこんなところで。

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 化学英語論文/レポート執筆に役立つPCツール・決定版
  2. ハプロフィチンの全合成
  3. ロピニロールのメディシナルケミストリー -iPS創薬でALS治療…
  4. J-STAGE新デザイン評価版公開 ― フィードバックを送ろう
  5. 書店で気づいたこと ~電気化学の棚の衰退?~
  6. 窒素を直接 “消去” する分子骨格変換
  7. 可視光を吸収する配位子を作って、配位先のパラジウムを活性化する
  8. 特許の基礎知識(2)「発明」って何?

注目情報

ピックアップ記事

  1. デヴィッド・ニセヴィッツ David A. Nicewicz
  2. 【太陽HD】”世界一の技術”アルカリ現像型ソルダーレジストの開発
  3. 薄層クロマトグラフィ / thin-layer chromatography (TLC)
  4. 第128回―「二核錯体を用いる触媒反応の開発」George Stanley教授
  5. アルミニウム-ポルフィリン錯体を用いる重合の分子量制御
  6. デ-マヨ反応 de Mayo Reaction
  7. 多環式分子を一挙に合成!新たなo-キノジメタン生成法の開発
  8. ウォルター・コーン Walter Kohn
  9. 製薬各社 2010年度決算
  10. 大学院から始めるストレスマネジメント【アメリカで Ph.D. を取る –オリエンテーションの巻 その 1–】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2025年6月号:カルボラン触媒・水中有機反応・芳香族カルボン酸の位置選択的変換・C(sp2)-H官能基化・カルビン錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年6月号がオンラインで公開されています。…

【日産化学 27卒】 【7/10(木)開催】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 Chem-Talks オンライン大座談会

現役研究者18名・内定者(26卒)9名が参加!日産化学について・就職活動の進め方・研究職のキャリアに…

データ駆動型生成AIの限界に迫る!生成AIで信頼性の高い分子設計へ

第663回のスポットライトリサーチは、横浜市立大学大学院 生命医科学研究科(生命情報科学研究室)博士…

MDSのはなし 骨髄異形成症候群とそのお薬の開発状況 その2

Tshozoです。前回はMDSについての簡易な情報と歴史と原因を述べるだけで終わってしまったので…

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究…

ケムステイブニングミキサー 2025 報告

3月26日から29日の日本化学会第105春季年会に参加されたみなさま、おつかれさまでした!運営に…

【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新

■ウェビナー概要プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波…

予期せぬパラジウム移動を経る環化反応でベンゾヘテロールを作る

1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。 合…

【27卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

熱がダメなら光当てれば?Lugdunomycinの全合成

光化学を駆使した、天然物Lugdunomycinの全合成が報告された。紫外光照射による異性化でイソベ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP